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だいぶ長いあいだ放置してしまったので、もろもろ整理しなければならないと思っています。
トラックバックにしても、友人・知人のブログご紹介欄にしても。
時間はかかるかと思いますが、少しずつ手を入れていきます。
過去の記事もいただいたコメントも削除させていただく可能性もあります。
少しずつやってまいります。ご了承くださいませ。
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Yahoo!ニュース|本屋大賞 2021年 ノンフィクション本大賞 受賞
本書の著者、上間陽子さんは、第14回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」(NOP法人わたくし、つまりNobody主催)に選ばれた。(2021年3月)
そして、2021年10月に開設された若年出産のシングルマザーを保護するシェルター「おにわ」の共同代表である。
(2ページ目)暴力から逃げて貧困に陥る女性は「自己責任」なのか 日本社会の歪を考えずにはいられない『裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち』 - wezzy|ウェジー (wezz-y.com)
上間さんは、琉球大学の教授。沖縄で未成年の少女たちの支援・調査をしている。本書は、身辺のことを書いた短いエッセー風のものの集積だ。沖縄の日常の描写の中に、上間さんの心の叫びがほとばしっている。
あとがきより
「青い海が赤くにごったあの日から、目の前で起こっていることをぼんやり眺めるような日々でした。沖縄の暮らしひとつひとつ、言葉のひとつひとつがまがまがしい権力に踏みにじられるようななかにあって、書くことになにか意味があるのかと逡巡するような時間でもありました。(中略)何も書けなくなり、約束していたいくつもの原稿を断り続けている私に、「いま、上間さんに必要なのは、SNSに書いているような目の前の日々を書くことではないでしょうか」と担当編集の柴山浩紀さんに声をかけられて書いてみたのが、「アリエルの王国」でした。
書き上げた原稿を読んではじめて泣くことができ、同時に、自分のなかにまだひとになにかを聞いてもらいたいという思いがあることに驚きました。(中略)
自分の声を聞く日々のなかでひりつくように思っていたのは、私が調査の仕事でお会いしている若い女性たちが、いかに声を聞かれていないのかということでもありました。」
『まっくら』の記事に書いたように、「聞き取る人がいなければ聞かれることのない声」を聞き取っている。「聞き取り」をした帰りにおう吐したり、眠れなくなり、無力感にさいなまれたり。そんな大変な思いをしながら。そんな上間さんの、風花ちゃんという娘さんも含めた日常が綴られる。沖縄に暮らすことの意味、現実の重さ。そして、風花ちゃんに向けた祈りにも似た言葉。
描かれている現実はとても厳しいものなのに。私たちが避けて通ることのできない問題が突きつけられてもいるのに。この本がいま世の中で広く受け入れられているのは、上間さんの言葉の力によるところが大きいと思う。表紙のデザインも、行間の空いた装丁もよい。沖縄の空気と上間さんの息づかいが宿っている感じがする。
「何かお勧めの本はない?」と聞かれたら、この本を是非。
帯より
「没後100年 「独裁的」「非立憲的」と批判され、不人気だった原。その評価は今なぜ高いのか――。大衆迎合と一線を画した現実主義者の軌跡」
あとがきより
「原は青年時代から日記を書き始め、外交の現場に立った28歳からは死去する日まではほぼ毎日続けた。48年間、和綴じで83冊という膨大な記録である。
若いころの日記は精気に溢れて小気味よいが、大臣に就くころからは日記そのものが原にとっての政治の場になっていく。彼は日々メモをつけ、週末になるとそれらをまとめて翌週に向けた戦略を練っていた。日々の記録は政治家たちの言動とそれに対する原の分析、批評、そして時に悪口に溢れている。
この詳細な政治の記録は、政治に関心を持つ者にとってきわめて魅力的に映る。同時にそれは研究者をして「原敬史観」、つまり原の主観に強い影響を受ける罠に陥るおそれがあると、研究者のあいだで警鐘が鳴らされるほどであった。」
この充実した日記があるがために、かえって、世論や国民が原をどう捉えたのかについては十分に論じられてこなかった、と著者は書く。そのため、原を取り巻く人々の日記や書簡、そして新聞、雑誌記事などをふんだんに活用して、原に対する同時代の評価を再構築した、という。
そのおかげで、読者は、原に入り込み過ぎることもなく、また、原のその都度の判断の失敗、挫折や成功に一喜一憂することもなく、時代の中での原をメタに捉え続けることができる。「独裁的」と批判された原因の一つに、その態度もあったのかもしれないが、現実主義であるというよりはむしろ無私であるがゆえの自信に基づく強行な態度があったのではないかと想像した。
当時の元老たちがいかに力を持ち続け、また、その力を失うまいとして立ちはだかったのか。さらにいえば、戊辰戦争で敗北した藩に生まれたことの悲哀がいかに大きなものだったのか。そのようななかで、日本の政党政治確立のために原が果たした役割の大きさに改めて驚く。
章の終わり、あるいは、大きな出来事を書き終えたあと、次の流れへの控え目な予告が時折挟まる。その著者の原敬への温かな眼差しが感じられるガイドに導かれ、壮大なドラマを見るような思いで読み進んだ。
つらく思ったのは、ジャーナリズムや国民のむごさ、身勝手さ。そして、矛先、ターゲットを見つけて怒りをぶつけるときの野蛮な国民性にも震撼する。政治に足りないものはいろいろあるのだろう。しかし、日本全体として何が変わればよいのだろうか。
『まっくら 女鉱夫からの聞き書き』読了
森崎和江著 岩波文庫
『文芸』2021冬 号の「特集 聞き書き、だからこそ」
高橋源一郎×斎藤真理子 対談「聞書きには、闘いのすべてがある」
を読んで、手にした一冊。
対談の末尾の斎藤さんの言葉。
「聞書には、知恵と表現とケアと闘いのすべてがあるという気がします。ストーリーに回収されない何かがそこに溜まっていて、読み手によっていくらでも引き上げることができる。」
この対談は、藤本和子『ブルースだってただの唄』のあとがき(斎藤)にある「藤本和子は森崎和江と石牟礼道子の正統な後継者だ」という部分を読んだときの衝撃(高橋)から始まる。
この石牟礼・森崎・藤本の系譜で重要な点の一つは、「聞き手である彼女たちの対象となっているのは、言葉を出せない状態にさせられている人、放っておいたら誰からも言葉を聞かれることがない人たちです。自分で表現できる人は対象にならない。言葉を聞かれないとは、どういうことなのか。それは、存在しなかったことにされてしまうということです。「歴史学では、資料がないとそれが存在しなかったことになるんです」と知人の歴史学者が言ってました」(高橋)ということにあると思う。
『まっくら』の付録「聞き書きの記憶の中を流れるもの」の森崎和江の言葉。
「私は文字文化の中の日本人は、もう結構だった。十代を戦時下に育っていたし、植民地ではいっそう文字世界が世界の中心になっていた。(中略)やげて敵国文化として否定され、母国からとどく書物の味気ないこと。人間の質の貧しさが、つらかった。あの頃の、砂を噛むような孤独がよみがえる。私にとって、文字に縁なく、そんなものを無私して暮らす人びとは、新しい泉に思えた。私は救われたかった。
以上は、私の聞き書きの事始めである。(中略)つまり私にとって聞き書き、いや、聞き取りの旅は水を飲むようなものだった。十人十色の聞き書き法があっていいが、私は、心を無にして、相手の思いの核心に耳をすます、という方法をとった。相手の語りたく伝えたく思っておられることの、その肌ざわりを感じとること。けっして、こちらの予定テーマを持たぬこと。日本人として生きがたく暮らしている女が、あなたはこの日本でどう生きておられるのですか、と問う。ただ、それだけだった。」
紹介されている本の中で未読のものがまだ幾つかある。ゆっくり読んでゆきたい。
読者としての感想を一言で言えば、「面白かった」!!。
再読したのだが、読み終えた途端、もう一回読んでもいいなぁと頁を繰ってしまうような連作短編集。テレビで連続ドラマを見たあとに、「ああ、終わっちゃった」と名残惜しさを覚え、「あのシーン」「このシーン」と思い出すのと似たような気持ちになった。また、韓国小説を読んだことのない人の韓国小説デビュー作としてもイチオシ。「何か面白い本、ない?」と読書習慣のない人に言われたときにも、本好きの人にも安心してオススメできますよ。是非是非。
どんな作品かということを丁寧に説明しようと思うと、「訳者あとがき」がこれ以上ないほどの充実ぶりなので、正直なところ、「訳者あとがきを読んでください」と言ったほうがいいくらい。が、それでは身も蓋もないので、私なりの感想を以下ランダムに書いてみたいと思う。
帯の惹句をご紹介。
「痛くて、おかしくて、悲しくて、愛しい。50人のドラマが、あやとりのように絡まり合う。韓国文学をリードする若手作家による、めくるめく連絡短編小説集。」
異議なし! とはいえ、これでも手がかりが少ないですね。解説を試みます。
「痛い」――ある地方都市の病院とその周辺を舞台としているため、登場人物が病院関係者、あるいは入院患者であることも多く、大怪我や殺傷事件の被害者、病人なども多く登場するし、死にまつわるエピソードが多いということで、文字通りの意味の「痛い」シーンが多い。また、社会情勢、家庭環境が原因の心を痛めずにいられない現実が描かれているという意味での「痛い」もあり。
「おかしい」――人物設定・人物造形、会話のユーモアが秀逸。人生のペーソスと裏腹というか紙一重と言うべきか、そういうある種の「おかしさ」をたたえた小説でもあります。
「悲しい」――悲しみは至るところに散りばめられています。「描かれているのは悲しみばかり」と言ってもいいかもしれません。
「愛しい」――読む人それぞれに感じていただければ。
「50人のドラマ」――個人名のついた49編(うち、3名の連名が1編、これで51人)+「そして、みんなが」の最終編の全部で50編で成り立つ一冊です。
韓国の人名は日本人にはピンと来ないので、各編の冒頭にそれぞれの主人公の顔のイラストが。これは訳者の提案だというが、とても助けになる。ソフトカバーのカバーにもそのイラストが可愛らしく並べ配されている。このイラストのせいもあると思うが、読んでいる最中ずっと『プチ・ニコラ』を思い出していた。日本とは違う世界の、ちょっとシュールだったり、不可思議な価値観や感覚が支配していて、安っぽい情緒に流されず、厳しめな出来事の多い日常が繰り広げられる、という点が似ている気がした。そして知らず知らずのうちに引き込まれてしまう。
ドキドキしたり、ハラハラしたり、ギョッとしたり、小さな拒否感を覚えたりしながら、どうしても目が離せず、人ごとじゃないという感覚で読み続けることになる。一篇が10ページ前後と短いので、思い入れをしても、途中ではしごをはずされるというか、深入りできないまま、もう少しこの主人公のことが知りたいと思っているところで「続く」となってしまう連続ドラマのようだ。でも、これは連続ドラマではないので、主人公のその後が気になったまま、また別の主人公の話にお付き合いすることになる。そして、また新たな主人公(のいずれか)に気持ちを重ね合わせて読んでいき……。その繰り返し。ぐいぐいと読ませる吸引力、磁力のある一冊である。
しかも、51人のメインの登場人物が微妙に時々交錯するのである。この仕掛けと按配が心憎い。「ドラマ」と称される所以である。覚えのある人物が違う文脈でさりげなく登場すると、「あっ、しまった。さっきちゃんと読んでいなかった」「この人のこと私はしっかり把握していなかった」「軽く読み流しちゃってた。ごめん」みたいな気持ちになって、慌てて前のほうを読み返すなんていうこともしばしば。その時点で作者の術中に見事にはまっている。何故そんな気持ちにならなきゃならないのかわからないけど、一人ひとりの登場人物をリアルに感じているからなんだろう。だから脇役を見落としていたとわかると、「大変大変、大事なところを見落としていた」となるのだ。
考えてみれば、隣の国なのに韓国のことってほとんど知らない。帰化して日本人として暮らしている人とは知らないうちに知り合っていたし、韓国に留学した友達を頼ってソウルに遊びに行ったこともあるけれど、日常についてはまったく知らないと言っていい。第一名前も覚えられないし、ハングル文字も読めないし、知っている言葉は2つ3つ程度である。知っている有名人も少ない。韓流ドラマも見ていないからなぁ。とにかく何にも知らない。そういう国の話なのに、まるで月9を見ているときのように「〇〇さん」の気持ちに同化したり、「△△さんみたいなこういう人、いるいる。困っちゃうのよね~」なんて自分の身に引きつけて感じたりする。小説っていうのはすごいなぁと思う。
これはひとえに、作者が登場人物を観念のみで作り上げていないからだろうと思う。今を生きる生身の韓国の庶民の状況をきちんと把握し、それを過不足なく書き込んでいるからこそ、「登場人物がここでこういう気持ちになり、こういう台詞をはき、こういう行動をとる」という一つひとつに違和感を覚えずに読めるのだと思う。日本人と比べて、好悪の感情がはっきりしていることや、男性は女性に比べてやや優柔不断で頼りなく描かれていること、世代や親の職業その他の環境要因に左右される度合いが日本よりも大きいこと、映画館ではポップコーンだけでなくするめを売っているんだなとか、日常に突然降って湧く大きな事件がこれでもかと書き込まれているけれど、本当にこんなにいろいろな事件が起きているのかな、などさまざまな感想を持ちながら、いつの間にか登場人物を応援している。10ページ前後の分量で。
異文化を理解するというのは、あるいは、理解するまではいかずとも、少しずつ慣れていくっていうのは、こういう小さなディテールの積み重ねのプロセスがあって初めて可能になるのではないかと思う。
ありがたいことに、韓国社会独特の習慣や社会のルールなどについて、本文に簡潔な注を入れてくれている。例えば「ワカメスープを飲ませた」とあれば、ワカメスープはどういうときにどういう意味で飲まれるものなのか、という注が入っている。また、医師養成課程についての詳細な説明が巻末にある。今は、何度も何度も友達の紹介で異性に会うソゲッティングをしなければならない風潮があるとか、住宅事情とか、結婚式、お葬式の習慣とか、韓国の人には当たり前でも日本人にはわからない社会習慣や今の流行、価値観などにも注釈を付してくれている。本文中に挿入された二行分かち書きの注を最初に見たときパッと思い出したのが、小学生の頃に読んだ少年少女世界文学全集。「これは日本とは違うところのお話なんだ」とちょっと興奮したことを思い出す。海外文学を読むってこういうことだったなぁ。実際のところ、当時は注を読んでもよくわからないことが多く、想像力の限界に落胆したことも多かったのだけど。
本書の冒頭には苛酷で苛烈な医療現場を描いた作品が幾つかあって、こういう場面や出来事が続くのかと一瞬ひるむのだが、途中には、ほのぼのと心温まる人と人の心の交流や、さまざまな試練をかいくぐってでも明日に向かって力強く歩もうとする主人公や、へまばかりやっているけれど、この人はいずれしあわせになるだろうと予感させるような話も出てくる。大きな事件もなく、人間関係の継続を望むのか望まないのか、微妙な駆け引き自体がテーマの話もある。こんな感じのところが好き、というところを具体的に引用してみます。(ネタバレです)
「オ・ジョンビン」という作品。オ・ジョンビンは小学生の男の子。パパが交通事故に遭って植物状態になってしまっている状況。実は、ジョンビンのママは前のほうの「チャン・ユラ」という作品で、夫のホニョンが雨道でスリップしてセンターラインを越えてきた25トントラックに襲いかかられて寝たきりになった、という話の主人公として登場している。ジョンビンは、そこでは母親から見た6歳の息子という存在で描かれていた。
今度は「オ・ジョンビン」であるから、彼が主人公。放課後、おばあちゃんが迎えに来るまで、鉄棒のところで一緒に待ってくれている同級生のダウンに「ママは僕のこと、あんまり好きじゃないみたい」と話すところから始まる。ダウンは同級生たちからは「いつも同じ服を着ている子」として軽んじられているのだが、ジョンビンにとっては、ダウンは優しくて大切な友達だ。そのダウン自身にも心配事はある。実は未熟児で生まれた妹は病院にいるし、パパはどうやら家にはいないらしい。でも、悩みがいっぱいあるはずのダウンはいつもにこにこ笑っている。そんなダウンをジョンビンはうらやましく思っている。歩くのが遅いから迎えに来るのも遅いおばあちゃんがようやくやって来ると、ダウンとは手を振って別れる。
「あの子は誰も迎えに来ないの?」
おばあちゃんが尋ねる。
「うん、ダウンちは……ちょっと複雑なんだ」
「あらあら、複雑なんて言葉使うとは、大きくなったねえ」
学校から帰るとジョンビンは、通いたくないお絵かき教室に行き、「いちばん仲のいい友達を描いてみよう」というテーマを与えられてダウンを描く。おばあちゃんの発案で、その絵を額に入れ、裏に名前と電話番号を書き、ジョンビンにプレゼントしたところ、ダウンは期待以上に喜んでくれる。この短編のエンディングはこうだ。
「何回目の「うわー」を数えながら、ジョンビンも嬉しくなった。プレゼントをあげることが恥ずかしくなくてよかった。
「トッポッキ、食べる? お礼に僕がおごるよ」
「ううん、いいよ。おばあちゃんに食べさせてもらおう。うちのおばあちゃん、何か買ってくれるの好きだから」
「お前んとこのおばあちゃん、好きだな」
「うん、おばあちゃん、いいよ」
そうして二人は鉄棒にぶら下がっておばあちゃんを待った。ダウンが歌詞の間違っている歌を歌いはじめ、二人はそれに合わせて脚を揺らした。おばあちゃんが来るのは遅くて、おやつを食べたくなったけど、もうちょっとぶら下がっててもいいなと思った。
泣ける……。
「うん、おばあちゃん、いいよ」
がいい。
語彙のまだ少ない年齢の子ども同士が、少ないことばに気持ちを込めて、そして相手への思いやりを持ちながらコミュニケーションをしていて、それが成り立っているところがグッとくる。大切な人にどうしても伝えたい、つながりたいという気持ちがあれば、おばあちゃんを含めて、年齢や社会的立場を超えた真のコミュニケーションが成り立つこと、安心できる場が形成されること。そのことがこの3語であらわされていて見事だと思う。
これが「オ・ジョンビン」。
そして、忘れた頃に「チョン・ダウン」。つらい現実が容赦なくダウンの身に襲いかかる。しかし、心のつながりが示す一条の光、ジョンビンの描いた絵もここ登場。ジョンビンのママの違う横顔も見られて――。
同居している姉妹の話が描かれる「チョン・ジソン」も好きなストーリー。寄り添い、かばい合う感じがどこかせつない。
一つひとつの話、一人ひとりに心を奪われながら読み進むうちに、自分がこの街のいろいろな人をよく知っているような気分になってくる。知り合いが増えてきて、だんだんと「そろそろあの人が出てくるんじゃないか」とか「トカゲ(特に意味はないけれど、皆を結ぶ一つのキャラクター、シンボルのようなものとして時々ランダムにあらわれる)が、ほら、出てきた」とか、「映画館はどうなる?」「ベーグルショプはどうなる?」という調子で、全体を俯瞰する視線も醸成されてくる。そして、「韓国の工事現場は本当に危ない」とか、「道路事情も住宅事情も改善の余地あり」とか、「職場での差別、人権軽視の状況は言語道断、まったく腹が立つ」とか、「親と子の職業意識、倫理観は相容れないことが多いものだけど、儒教をもう少し良いほうに活かせないものか」とか、「人生の節目の決断の難しさにはくじけそうになるものよね」とか、「ひどい家族に生まれ落ちてしまったら、それは自分のせいじゃない。逃れるしかないだろう」とか、主人公とともになんとか解決策を探そうと思うし、主人公をかばいたくなる気持ちにもなってくる。なんとか幸せになってほしいと願ってしまう。ひとごととは思えなくなってくる。気づけば心は既に易々と国境を越えているのである。
本書全体の舞台は、光と影、格差や差別が厳然と存在する生きづらく、閉じられた小さな社会である。血縁関係における不条理や愛憎がゆえの圧迫感や居場所の無さなど、出口がないように思える日々。そんななかで、近くにいる人、偶然出会う人同士の触れ合いやつながりがほんの少し運命を変える要因になることがある。必ずしも深い愛情があるわけでなく、ちょっと気にかけているというだけであっても、それがふとした拍子に思いもよらぬ結果を引き起こすことになったりする。
大きな解決には結び付かなくとも、人はどこかで交差し、何かの偶然で言葉を交わし、助け合い、支え合うことがある。どの人も小さな存在だけれど、そういう人たちが無数に集まっているのが社会なのだ。今与えられている居場所になじめず、息苦しさや恐怖を感じている主人公たち。さまざまなひずみがあらわれる家族や職場。ひずみは弱いところに集中する。本人のせいではなく現代韓国の問題である。しかし悩みや痛み、苦しみを覚えるのは常に個人である。
訳者あとがきに、「渋谷のスクランブル交差点をビルの上から眺めているとき、大勢の人々が一斉に行き交うようすをとても美しいと感じ、「私が小説に描きたかったのはあれだ」「お互いがお互いの人生と交錯している様子を描きたい」と思ったそうである。」とある。俯瞰してみれば、一日いちにちを悩み傷つきながら生きる51人が、ほら、今日も、こうして偶然に交錯しているでしょう。見えない力で人と人は出会い、影響し合って生きているのだ。作者はそんな景色をこの一冊で見せてくれた。
思いつくままに書いてみたけれど、読み物として抜群の出来だと思う。一つの話が10ページ前後でコンパクトに完結する。絶妙な台詞や気持ちの描写で人と人の間に広がる溝や共感をあらわすのが巧みである。しかもバラエティに富んでいるため、飽きずにぐいぐい読み進められる。途中でやめてもわからなくなることがない。読書を楽しみたいと思うすべての人に安心してお勧めできる一冊だ。あ、そうそう、『プチ・ニコラ』とともに安野光雅の絵本も思い出していた。巡礼者である主人公の姿や、有名な童話やキリスト教のエピソード、隠し絵などを探すのを楽しみながら何度も眺めた「旅の絵本」。「あっ、ここにこんな仕掛けが!」と見つけたときは、作者と直接やりとりしている気持ちになった。
そして最終話。そうか、映画館ね。病院ではなく、こちらがスクランブル交差点だったのか。
2回読み終えた今も、「この人はどういう人だっけ?」とまた頁を繰って確かめたくなっている。それにしても人名は覚えられないなぁ。作者のチョン・セランという名前はようやく記憶に定着した(たぶん)と思うのだけれど(笑)。
最後になったけど、斎藤真理子さんの翻訳のすばらしさは言うに及ばず。
備忘的にメモ
目次は
Ⅰ 時間と知性
Ⅱ ゆらぐ現代社会
Ⅲ 〝この国のかたち〟考
Ⅳ AI時代の教育論
Ⅴ 人口減少社会のただ中で
特別対談 人口減少社会を襲う〝ハゲタカ〟問題(内田樹×堤未果)
以下、抜粋。
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Ⅰ 時間と知性
ここでは「サル化する社会」というテーマに関連する文章がまとめられている。
「サル化する世界――ポピュリズムと民主主義について」(2019年5月27日)より
私見によれば、ポピュリズムとは「今さえよければ、自分さえよければ、それでいい」という考え方をする人たちが主人公になった歴史的過程のことである。
(略)
「今さえよければいい」というのは時間意識の縮減のことである。平たく言えば「サル化」である。「朝三暮四」のあのサルである。集団の成員のうちで、自分と宗教が違う、生活習慣が違う、政治的意見が違う人々を「外国人」と称して排除することに特段の心理的抵抗を感じない人がいる。「同国人」であっても、幼児や老人や病人や障害者を「生産性がない連中」と言って切り捨てることができる人がいる。彼らは、自分がかつて幼児であったことを忘れ、いずれ老人になることに気づかず、高い確率で病を得、障害を負う可能性を想定していないし、自分が何かのはずみで故郷を喪い、異邦をさすらう身になることなど想像したこともない。
(略)
自分と立場や生活のしかたや信教が違っていても、同じ集団を形成している以上、「なかま」として遇してくれて、飢えていればご飯を与えてくれ、渇いていれば水を飲ませてくれ、寝るところがなければ宿を提供することを「当然」だと思っている人たち「ばかり」で形成されている社会で暮らしている法が、そうでない社会に暮らすよりも「私」が生き延びられる確率は高い。噛み砕いて言えば、それだけの話である。
「サル化」にまつわる話は、この考え方をもとに展開されている。引用が長くなるが、
「倫理」というのは別段それほどややこしいものではない。「倫」の原義は「なかま、ともがら」である。だから「倫理」とは「他者とともに生きるための理法」のことである。他者とともにあるときに、どういうルールに従えばいいのか。別に難しい話ではない。「この世の人間たちがみんな自分のような人間であると自己利益が増大するかどうか」を自らに問えばよいのである。逆に、「非倫理的な人」というのは、「自分のようにふるまう人間が他にいない世界」を願うような人である。「倫理的」とは「サル」の対義語である。だから、ポピュリズムの対義語は「倫理」である。
賛成。
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Ⅱ ゆらぐ現代社会
民主主義の困難さについての論考、講演などがまとめられている。
「気まずい共存について」(2017年8月16日)より
民主主義というのは、例えば投票して、51対49で多数を得た方の案が採択されるとういだけのことです。「多数を制した」ということと、その案が「正しい」ものだったということは別のレベルのことです。後から振り返ってみたら少数派の方が正しかったということはしばしばあります。
だから、立法府で多数を制した場合でも、その執行者である行政府は「公人」としてふるまわなければならない。「公人」というのは多数派を代表するもののことではありません。反対者を含めて組織の全体を代表するもののことです。そのことを勘違いしている人があまりに多い。
オルテガ・イ・ガセットというスペインの哲学者がおりましたが、この人がデモクラシーとは何かということについて、非常に重要な定義を下しています。それは「敵と共生する、反対者とともに統治する」ということです。それがデモクラシーの本義であるとオルテガは書いています。これはデモクラシーについての定義のうちで、僕が一番納得のいく言葉です。
僕はこのところ『フォーリン・アフェアーズ・リポート』というアメリカの外交専門誌を購読しているんですけれど、それを読んでいると、アメリカの政治学者の論調がずいぶん変わったことに気がつきました。
このところのアメリカの政治学者が言い始めているのは、アメリカはもう国際社会に対する指導力は失ってしまった、ということです。アメリカはもう世界に対して指南力のあるメッセージを打ち出せなくなった。これからは、中国とかロシアとかドイツとか、国情も違うし、国益も違うし、目指している世界のありようも違う国々と、角突き合わせながら、なんとか共生してゆくしかない、そういう諦めに似たことを語り出すようになってきた。その中に「気まずい共存」という言葉がありました。
(略)
日本でも同じです。日本の政治文化が劣化したというのは、シンプルでわかりやすい解をみんなが求めたせいなんです。正しいか間違っているか、敵か味方か、AかBか、そういうような形で選択を続けていった結果、日本の政治文化はここまで痩せ細ってしまった。
それをもう一度豊かなものにするためには、苦しいけれども、理解も共感も絶した他者たちとの「気まずい共存」を受け入れ、彼らを含めて公共的な政治空間を形成してゆくしかない。
賛成だけど、どこからどう変えていけばよいのだろう。教育からだろうか。しかし、教育については、このあと述べられるように、本当に悲惨な状況であるというのが実態……。
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Ⅲ 〝この国のかたち〟考
ここでは、憲法問題を中心に「国のかたち」を論じているものが多い。司馬遼太郎への手紙というかたちで語っているものもあれば、加藤典洋の『9条入門』(創元社、2019年)に示唆を得て展開している文章もある。
最も面白かったのが「比較敗戦論のために」(2019年3月20日)だった。「比較敗戦論」という言葉は、白井聡との『永続敗戦論』(太田出版、2013年)での対談のときに思いついたものだそうだ。日本以外の敗戦国はどのような敗戦の総括を行なったのか。白井の「敗戦の否認」というキーワードから、日本だけが例外的に「敗戦を否認」したのかどうか。他の症例研究をする必要があると考えたという。
ここで展開される「フランスは実は敗戦国」ではないか、という議論が非常に興味深い。
僕がフランスにおける反ユダヤ主義の研究を始めたのは1980年代のはじめ頃ですが、その頃フランスの対独協力政権、ペタン元帥の率いたヴィシー政府についての研究が続々と刊行され始めました。ですから、その頃出たヴィシーについての研究所も手に入る限り買い入れて読みました。そして、その中でも出色のものであったベルナール=アンリ・レヴィの『フランス・イデオロギー』(国文社、1989年)という本を翻訳することになりました。これはフランスが実はファシズムと反ユダヤ主義というふたつの思想の「母国」であったという非常に挑発的な内容で、発売当時はフランスでは大変な物議を醸したものでした。
という経験が語られたあと、歴史を簡単にまとめている。1939年9月のドイツによるポーランド侵攻を契機にイギリスとともにフランスのドイツへの戦線布告、1940年6月の独仏休戦協定締結。フランスの北半分はドイツの占領下に、南半分がペタンを首班とするヴィシー政府の統治下に入る。第三共和政の最後の国民会議が、ペタン元帥に憲法制定会議を委任することを圧倒的多数で可決、フランスは独裁制の国に。フランス革命以来の「自由・平等・友愛」のスローガンが廃され、「労働・家族・祖国」という新しいファシズム的スローガンを掲げた対独協力政府ができる、という記述のあと
フランスは連合国に対して宣戦布告こそしていませんけれども、大量の労働者をドイツ国内に送ってドイツの生産活動を支援し、兵站を担い、国内ではユダヤ人やレジスタンスの摘発を行いました。フランス国内で捕らえられたユダヤ人たちはフランス国内から鉄道でアウシュヴィッツへ送られました。
対独レジスタンスが始まるのは1942年くらいからです。
今、新型コロナウイルス禍に見舞われるなか、読まれている『ペスト』を書いたアルベール・カミュは最初期からのほんもののレジスタンス闘士だったと書かれている。
そして、このような経緯があった対独協力国、事実上の枢軸国であったフランスがぎりぎりのところで対面を保ち、連合国の一員になったのは、シャルル・ド・ゴールの軍事的・外交的実力のおかげだった、という話が展開している。
このド・ゴールが力業でフランスの対面を救ったことによって、フランス人は戦争経験の適切な総括を行う機会を奪われてしまった。本当を言えば、ドイツの犯したさまざまな戦争犯罪に加担してきたフランス人たちはもっと「疚しさ」を感じてよかったのです。でも、フランス人は戦勝国民として終戦を迎えてしまった。フランス人は「敗戦を総括する義務」を免除された代わりにもっと始末におえないトラウマを抱え込むことになりました。
このような各国の戦争時の事実の否認について検証したうえで、では、どうしたらよいのか、という話になっていく。そこで出てくるのが「タフな物語」を作れるかどうか、という観点である。
それぞれの国は自国について、長い時間をかけてそれまで積み上げてきた「国民の物語」を持っています。これは戦争に勝っても負けても手離すことができない。だから、自分たちの戦争体験を、世代を超えて語り継がれる「物語」になんとかして統合しようとした。日本人は歴史について都合の悪いことは書かないと指摘されます。それは全くその通りなんです。でも、それは程度の差はあれ、どこの国も同じなんです。
(略)
もし敗北や、戦争犯罪についての経験を「国民の物語」に繰り込むことができた国があるとすれば、それは非常に「タフな物語」を作り上げたということです。
自分たちの国には恥ずべき過去もある。口にできない蛮行も行った。でも、そういったことも含めて、今のこの国があるという、自国についての奥行きのある、厚みのある物語を共有できれば、揺るがない、土台のしっかりとした国ができる。逆に、口当たりの良い、都合のよい話だけを積み重ねて、薄っぺらな物語を作ってしまうと、多くの歴史的事実がその物語に回収できずに、脱落してしまう。
そして、アメリカは、戦勝国としての戦争の総括に成功したとは思わないが、「文化的復元力」に恵まれていたから強国になり得た、と話が展開していく。アメリカのカウンターカルチャーの強さは突出している、反権力・反体制の分厚い文化を持っている、というのである。ベトナム戦争のあと、精神を病んだベトナムからの帰還兵が無差別に人を殺すというような映画がいくつも作られたが、同じことを日本でできるだろうか、と。日本にも「タフな物語」が必要だと言うのである。
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Ⅳ AI時代の教育論
教育は、内田樹が本分と心得るところであるから、一段と舌鋒鋭くなるのも必然である。学習指導要領改訂で登場した「論理国語」については、くそみそ(失礼)。
「論理は跳躍する」(『すばる』2019年7月号より)
契約書や例規集を読める程度の国語力を「論理国語」という枠で育成するらしい。でも、模試問題を見る限り、これはある種の国語力を育てるというより、端的に文学を排除するのが主目的で作成されたものだと思いました。
このあと、結構手厳しい発言があり、内田氏のいつもの考えが披瀝される。
自分たちは子どもの頃から文学にも何も関心がなかったけれど、そんなことは出世する上では何も問題がなかった。まったく文学と無縁のままにこのように社会的成功を収めた。だから、文学は学校教育には不要である、と。たぶんそういうふうに自分の「文学抜きの成功体験」に基づいて推論しているんだと思います。政治的にもビジネスにも何の役にも立たないものに教育資源を費やすのは、金をドブに捨てているようなものだ、と。そういう知性に対して虚無的な考え方をする人たちが教育政策を起案している。これは現代の反知性主義の深刻な病態だと思います。
ここから、常人には真似のできないような「論理の跳躍」の話になる。
カール・マルクスや、マックス・ウェーバーや、ジーグムント・フロイトはいずれもすばらしい知的達成をなしとげて人類の知的進歩に貢献したわけですけど、彼らに共通するのは常人では真似のできないような「論理の跳躍」をしたことです。目の前に散乱している断片的な事実をすべて整合的に説明できる仮説は「これしかない」という推理に基づいて前代未聞のアイディアを提示してみせた。(略)同じ断片を見せられて、誰もが同じ仮説にたどりつく訳じゃない。凡庸な知性においては、常識や思い込みが論理の飛躍を妨害するからです。
(略)
「論理的にものを考える」というのは、この驚嘆すべきジャンプにおける「助走」に相当するものだと僕は思います。そこで加速して、踏切線で「常識の限界」を跳び越えて、日常的論理ではたどりつけないところに達する。
でも、凡庸な知性は、論理的に突き詰めて達した予想外の帰結を前にして立ちすくんでしまう。論理的にはそう結論する他ないのに、「そんなことあり得ない」と目をつぶって踏切線の前で立ち止まってしまう。それこそが「非論理的」ということなんです。
(略)
ですから、意外に思われるかも知れませんけれど、人間が論理的に思考するために必要なのは実は「勇気」なのです。
学校教育で子どもたちの論理性を鍛えるということをもし本当にしたいなら論理は跳躍するということを教えるべきだと思います。
このあと、文科省批判、教育政策批判がかなり辛辣な口調で語られている。
そして最後に「corollary」という単語の説明がある。「論理が要求する結論」のことで、日本語ではこれを一語で表す対応語がない、と書いている。私にしばしばテープ起こしを依頼されるある人物は、時々この「コロラリー」を用いることがある。コロラリーとそのまま書いておくか、何かしらの注を付けるかそのたびに迷う。私が起こしたものではない著書には、「付論」という注がついているものがあったが、それは違うんじゃないかなと感じたものである。本書のこの論考を読んで、コロラリーという言葉が私の中できちんと位置づけられたように感じている。
「AI時代の英語教育について」(『東京私学教育研究所所報』84号、2019年3月)より
ここでは、外国語を学ぶことの本義とは「目標文化」にたどりつくことだ、ということが語られる。これは、たどり着きたい「目標文化」をどのように設定するかによって、同じ外国語であっても学ぶ内容が変わってくる、ということでもある。例として挙げているのが、自身の世代にとって英語の目標文化はアメリカ文化だった。英米のポップ・カルチャーにアクセスしたいから、英語を学んだ。あるいは、高校、大学時代は、人文科学、社会科学分野での新しい学術的知見はフランスから発信されることが多かった。そこにアクセスするためにはフランス語ができなければいけない。だから学んだ。しかし、今の英語教育には目標文化が存在しない。「英語という目標言語はあるけれども、その言語を経由して、いったいどこに向かおうとしているのか。向かう先はアメリカでもイギリスでもない。カナダでもオーストラリアでもない。どこでもないのです。」
このあと、『文科省の「英語が使える日本人」の育成のための行動計画の策定について』について、徹底的な批判が展開される。いや、本当にそのとおりだと思うのだけれど、なかなか共有されない高度な主張なのかもしれない、と思わないでもない。「とりあえずしゃべれたほうがいいでしょう?」という反論が出そうな気がしてしまう。
外国語を学ぶ目的は、われわれとは違うしかたで世界を分節し、われわれとは違う景色を見ている人たちに想像的に共感することです。われわれとはコスモロジーが違う、価値観、美意識が違う、死生観が違う、何もかも違うような人たちがいて、その人たちから見た世界の風景がそこにある。外国語を学ぶというのは、その世界に接近していくことです。
フランス語でしか表現できない哲学的概念とか、ヘブライ語でしか表現できない宗教的概念とか、英語でしか表現できない感情とか、そういうものがあるんです。それを学ぶことを通じて、それと日本語との隔絶やずれをどうやって調整しようか努力することを通じて、人間は「母語の檻」から抜け出すことができる。
外国語を学ぶことの最大の目標はそれでしょう。母語的な現実、母語的な物の見方から離脱すること。母語的分節とは違う仕方で世界を見ること、母語とは違う言語で自分自身を語ること。それを経験することが外国語を学ぶことの「甲斐」だと思うのです。
でも、今の日本の英語教育は「母語の檻」からの離脱など眼中にない。(略)外国語なんか別に学ぶ必要はないのだが、英語ができないとビジネスができないから、バカにされるから、だから英語をやるんだ、と。
(略)
「勉強するとこんないいことがある」とか「勉強しないとこんなひどい目に遭う」というようなことをあらかじめ子どもに開示すると、子どもたちの学習意欲はあきらかに減退する。というのは、努力した先に得られるものが決まっていたら、子どもたちは最少の学習努力でそれを獲得しようとするに決まっているからです。
学習の場では決して利益誘導してはならないということを理解していない人があまりに多い。
学習の場での利益誘導、教育にビジネスを持ち込むことは絶対に駄目、ということは、内田樹が至るところで繰り返して言っていることである。私も、ご褒美で釣って努力させようとするなんて、恥ずかしいというか、情けないというか、人間に対してそんなこと……と思うのだが、小さい頃から周囲にその価値観を見ることは結構あった。「テストでいい点を取ったら、〇〇を買ってもらえる」と。意味不明。そんな発想をする親も親だし、子どもも子どもだ。そういう人間でなくてよかった、と自分では思うし、内田さんの「外国語を学ぶことは母語の檻からの脱却」というところに強く共感する。
言葉を通して想像力というものは培われると思うし、想像力を通して未知のものにアクセスすることができると思う。ということは、本を読まない、言葉を大切にしないという態度では、見知らぬ物事へのアクセスの手段を手にすることができない、ということになるように思う。その結果、人の気持ちがわからない、自分さえよければそれでいい、自分と違う人や考えを尊重できないことにもなるのではないか。
未知の世界への扉は言葉によって大きく開くのだと思う。今や、世界中のあらゆる景色や事物が簡単に見られるようになり、想像力を働かせるチャンスが少なくなっている。そのことは、それをきっかけに興味関心を持つようになり、「もっと深く知りたい」と思うようになるというメリットがある反面、ちょっと見たりちょっと聞きかじっただけでわかったつもりになるというデメリットもある。内田樹さんの言う、異なる「世界の分節」や「コスモロジー」という未知の世界へのアクセスは、簡単な画像を見るくらいで達成できるわけはなく、言葉を通して想像したり、葛藤したりするなかで、ほんの少しずつ近づくことができるようなものだろう。英語を学ぶ向こうにどんな文化を想定しているのか。文科省にそれを尋ねたところで……という感じではあるが。
このほか、日本の学校教育をよくする方法は「成績をつけないこと」であるとか、教育は集団の義務であり、集団で行うものである。教育を受けるのは個人だけれど、その個人の行動から受益するのは子どもたち個人ではなく、共同体そのものであるとか、本当にそのとおりと深くうなずく事柄が述べられる。同時に、実現することはおそろしく困難であろうという気持ちになる。
さらに展開して、江藤淳や村上春樹の例を挙げたあと(この説明を入れるとさらに長くなるので割愛)、「母語の過去に遡ること、母語の深みに沈み込んでゆくこと、これが創造において決定的に重要なことなのです。これもまた僕たちが日常的に囚われている「現代日本語の檻」から利達するための重要な手立てであるのです。」と語っている。「外国語を学ぶことも、母語の「淵」深く沈潜してゆくことも、ともに「母語の檻」から抜け出ることをめざすという点では少しも矛盾していません。言葉を学ぶということは、この二つのいずれをも欠かしてはならない、僕はそう思います。」
本当にまっとうな考えだと思うし、説得力もあると思うのだが、これに反論するとしたら、どういう考え方があるのだろうか。反論している人がどこかにいるだろうか。もし公開されているなら読んでみたいと思う。
『狂喜の読み屋 (散文の時間)』 都甲幸治 株式会社共和国 editorial republica co., ltd. 2014年
『読んで、訳して、語り合う。 都甲幸治対談集』 株式会社廣済堂 2015年
この2冊を続けて読了。二冊とも「小説を読むのは楽しいね~」の気分満載で、ああ、本が読みたい、読みたい、あれもこれも読みたい! という気持ちに火を付けていただきました。ありがたいやら、ありがた迷惑やら(笑)。
都甲さんの文章が躍動するときは、常に都甲さん本人の切実さが伴っているときである。ご自身で「人と話すことが大好き」と書かれているが、書かれたものでも、対談でも、読んでいると、本当にそうなんだろうなぁと感じる。基本的には「俺、俺」の人ではなく、共感を求める精神の持ち主じゃないかと思うのだが、「ここだ」と思うポイントになると、時に暴走する。そこがとても面白いし、ああ、この人、信用できる、という感じがする。お名前もまったく知らず、たまたまネットで駒場で開催される堀江敏幸を対象にした文学インタヴューの聞き手、ということで、興味をもって読んでみた。そうしたら、まあ、なんというか、あれ~、こういう水先案内人の方が登場していたとは! と驚き、かつ、喜んでいる次第なのである。
都甲さんについても書きたいし、この2冊の紹介もしたい。何をどう書くか迷う。『読んで、訳して』のほうでは、対談相手の魅力がたっぷりあらわれているし、現在の海外文学の様子もよくわかる。また、村上春樹論も楽しいし、おまけに、星野智幸という希有な小説家のすごさの片鱗を知ることができたのも大収穫。いしいしんじの予想以上の常人離れしたすごさ、堀江さんの(やはり、と思ったけれど)他の人にはない魅力、学生時代の仲間であった芥川賞作家の小野正嗣(寡聞にしてその存在すら知らなかった……)。
それから、翻訳ってこういうものだよね、という話から、小説は本来、こういうふうに楽しんで読むべきものだよね、とか、うん、そうそう、そうそう、と膝を乗り出したくなるような内容がわんさか詰まっていて、何か一つを紹介すると、これら2冊の本が持つ魅力のバランスを崩してしまいそうで、「いや、それだけじゃなくて」と次から次へと引用したくなりそうだ。
どうしたものか。。。
もう少し考えてから追記しようと思う。
その間に、駒場で6月4日に行なわれる飯田橋文学会主催の<現代作家アーカイヴ>「文学インタヴュー 第15回」は、まだ受付期間中ですよ~。
http://iibungaku.com/news/15.php
こちらのサイトから転載させていただきまーす。
飯田橋文学会、UTCP(東京大学大学院総合文化研究科附属共生のための国際哲学研究センター西原育英文化事業団助成プロジェクト)、科学研究費基盤B「世界文学の時代におけるフィクションの役割に関する総合的研究」の共催により、2018年6月4日に小説家の堀江敏幸氏をお迎えして〈現代作家アーカイヴ〉文学インタヴュー第15回の公開収録を行います。
開催日時:2018年6月4日(月)18:00~20:00(17:30開場)
語り手::堀江敏幸(小説家、早稲田大学教授)
聞き手::都甲幸治(翻訳家、早稲田大学教授)
会場::東京大学駒場キャンパス21KOMCEE East 2階 K214教室
事前申込制(先着順) 定員:90名(無料)
申込方法:下記申込画面よりお申し込みください。
https://goo.gl/forms/goABTqILLRfFp8jp2
申込受付:5月11日9時から6月3日9時まで申込に関する問い合わせ先:takeda@boz.c.u-tokyo.ac.jp
※定員に達し次第締切
※申込完了のご案内がお手元に届くまで時間をいただくことがございます。急ぎご確認いただきたい方は、問い合わせ先メールアドレスにご連絡ください。
作家自選の代表作
『雪沼とその周辺』(2003:新潮文庫)
『魔法の石板』(2003:青土社)
『河岸忘日抄』(2005:新潮文庫)本イベントは、現代作家アーカイブ構築のためのインタヴュー収録を公開で行うものです。当日の模様は撮影され、映像はインターネット等で公開される予定です。映像に関する権利はすべて飯田橋文学会に帰属し、個人の映像の削除等のご依頼にはお答えできません。また、当日の質疑応答の時間は限られているため、 質問の数を制限させていただく可能性がございます。以上ご了承のうえ、参加をお申し込みください。
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『昭和の読書』荒川洋治(幻戯書房、2011年)を読んだ。6割が書き下ろし、その他は、2009~2011年の間に「毎日新聞」、「日本経済新聞」、「モルゲン」、「日本近代文学館年誌 資料探索」、「學鐙」、「週刊朝日」に書かれたもの、そして、夏葉社『レンブラントの帽子』の解説、である。
はっとする言葉が、いつもながら、随所に散りばめられている。付箋を貼りながら読み進めると、付箋だらけになり、あまり意味を成さないほど。長年、荒川さんの書かれるものを読んでくれば、「あ、また怒っている」とも思うし、「この作品が好きなんだな」と思うし、「この主張はやはり変わらないのだな」とも思う。
本書の特徴は、タイトルでもある「昭和の読書」シリーズである。あとがきによれば……
昭和という時代に、内容、形態の面で、いまはあまりみかけない書物が刊行された。そのなかから、文学の風土記、人国記、文学散歩の本、作家論、日本文学史、文学全集の名作集、小説の新書、詞華集などを選んだ。(中略)
作家論は、何冊くらい刊行されていたか。文学史は、どうなのか。名作集は、いつまで存在したのか。(中略)本を並べる作業は、単純だ。でも並べて見つめると、それまでは感じなかった一冊の世界や位置が見えてくる。新しい楽しみがはじまるのだ。(中略)
昭和が終わるあたりから、読書の世界は変わった。失われたもの、よわまったものも見えてきた。この時期、自分なりに整理をしておきたくなったのだ。
とある。
昭和の時代を振り返るために、書物の世界を広く眺めての力作。しばらく読書から離れていた私は、改めて本の世界の地平を示してもらえた心地がする。
作家論を紹介するくだりでは、荒川さんのまとめはこのような感じ。
読者にとって、作家論とは何か。その作家像を知るための基礎的な参考資料である。作家単位なので、読み物としても味わえる。だが作家論はいきなり、<野間宏が「暗い絵」で書いたように>とか、<丸岡明は、「生きものの記録のような>というふうに作品名を出して、どんどん前へ進む。読む人の知識は顧慮せずに。ある程度作品を知らないと、つらい。十分な読書経験のある人が対象なのである。いっぽう、こんなこともある。
たとえば二〇人の作家論で、興味のある作家のところを読んで、時間が余るとき、興味のない人のところをしぶしぶ読むうちに引き寄せられ、興味の幅がひろがることも。現在は、ひとりの国際的人気作家の論集は出るが、その人だけをめぐるものがほとんど。複数の作家を論じるものは、読者に敬遠される。知らない人のものは読みたくないという思いが強いからだ。いまは自分の興味をひろげないための読書が押し進められている。(「昭和の本Ⅰ」より)
前半は、知識のない一般読者に寄り添っているのに、後半は、いきなり現状への怒りのトーンに満ちている。「自分の興味をひろげないための読書が」という表現がすごい。
「昭和の本Ⅱ」では、文学史のおもしろさについて語る。
意外なものを結びつけて、読者の興味をひろげる。それが文学史のおもしろさだ。次に挙げる文章は、文学史の本のなかにあるものではないが、文学史的な見方とはどんなものかを教えてくれる。『日本の文学9徳田秋声(一)』(中央公論社・一九六七)の「解説」で、川端康成は記す。
日本の小説は源氏にはじまって西鶴に飛び、西鶴から秋声に飛ぶ。
これには、いわれがあるという。(中略)
こんな視点があるのかと、おどろく人も多いはず。「飛ぶ」ということばで、すべてがおおえるわけはないとしても、直線的で、爽快だ。どこかで何か「飛んで」いないか。そんな興味も生まれる。文学史の風景は、作品のもつ景色よりも楽しみが深い。見たことのない世界を加える。(中略)
少し置いて、村松定孝による『丹羽文雄』(東京ライフ社・一九五六)については、「作家論の本筋を離れて、大胆な見方を披露。明治から昭和の歩みを、ひとふでがきで表す。」として、次のような紹介をする。
(略)
そのあと、新感覚派、プロレタリア文学、そして戦争期へと続き、丹羽文雄登場の意味へと導く。川端康成と村松定孝の文に共通するのは、徳田秋声、丹羽文雄という個々の文学者の存在を中心にして書かれている点だ。顔のないものをただつらねるのではなく、個人に焦点を合わせるとき、文学史は熱くなる。その熱さが個人と全体をつらぬくとき、文学史は輝きをます。
後半は、いかにも荒川さんらしい文章。輝いている。そして、続くのが現状批判。厳しい。
現在、文学はどのようになっているのか。それをクリアなことばで表現できる批評家はとても少ない。波風を立ててでも、全体をひっぱって行こう、景色をゆさぶろうという人はほとんどいない。作家たちの話題作はいつも出て、読書界、文学の世界をにぎわすが、すべて単発。騒ぎは、点で終わる。線にならない。作家の個人活動が、新聞の文芸欄や広告欄に掲載されるだけで、文学そのものの方向を考察する記事は少ない。あっても内容が鈍い。表面的には文学は存在するものの、実は「なにもない」という状態なのだが、作家も批評家も、いつも誰かのそばにいるという感じで、飛び出す力をもたない。気がつくと、書く人だけがいて、歴史どころか景色すらない世界になってしまった。
ああ、もう絶望的。。。「文学史のない時代」と、このあとの文学史に記されるのかもしれない、とまで。
ある種の詩人への批判の激しさはいつものことなので、ここで挙げることは控えるが、本書で救われたのは、「散文と詩歌のとけあう空間」への肯定、賛美であった。「詞華集の風景」の中で、荒川さんはその点を繰り返す。山本健吉『現代文学風土記』(一九五四)の紹介のなかで、紹介された詩を丁寧にすべて列挙したあと、このように書く。
二四〇頁の本文のなかで、これだけ多数の詩歌を適所におさめること、語ることはいまの批評家にはできない。各地の風土を伝えるには、短い詩歌が適切ではあるが、詩歌についての知識がなければ、こうしたことは不可能である。それはともかく、散文のなかに出てくる詩歌はうけいれやすい。違和感がない。散文は砂だとすると、詩歌は石みたいなもので、やわらかい砂がないと、石そのものがぶつかったり、割れたりする。散文と詩歌のとけあう空間を知る。それが山本健吉の著作の卓越した点だと思う。
またまた、いまの批評家にはできない、と言うわけだが、日本は著しく散文偏重だ、というのが従来からの荒川さんの主張。そんななかでのこの指摘には救われる。結びは、必ずしも希望に満ちているわけではないが、トーンはだいぶ穏やかだ。
それでもぼくは山本健吉の本のなかで詩が現れるようすが、とてもいいものだと感じている。石は砂をかぶり、砂は石をかぶる。詩と散文が引き合い、とけあう情景だ。人間の書物として、自然なものだ。一般的な文章の歩調のなかで、ものを感じるひとときも与えられる。このような本を書ける批評家も、そのような本を読む人も、そのあと少なくなったように思う。石は石だけになり、砂は砂だけになった。
さらにいえば、一冊の本の内容だけでも、形式だけでもないものに、何かがひそんでいる。そのような書物がなくなる方向にあるのかもしれない。
昭和の読書関連の紹介はこれくらいで終えておくとして。
さて、本書を読んで、『トニオ・クレーゲル』(本書では『トーニオ・クレーガー』と記載されている)を再読してみたいという気持ちにさせられた。余りにも魅力的に本作を紹介している「芸術の人生」を読んだから。「読んだばかりでも、また読みたくなるのは、この小説のことばと、そこに示される真理に、何度でもさわりたいためだ。ずっとふれていたいのだ。こうして読者の内側に新しい読者が、無数に現れることになる。」などと書かれていたら、ええっ、そうなの? 大変、大変。全然覚えていない。読まなきゃ損しちゃう、という気持ちにさせられるのである。
挑発的で、楽しい本。現在の文学の世界、詩の世界への怒りは時にとぐろを巻き、容赦ない言葉で切り捨てる。そう、荒川さんは怒る人だから。そして、荒川さんは、本当に読むことが好きなのだなぁとしみじみと感じる本でもある。荒川さんの目に映る現在の文学状況がたとえ絶望的であろうとも、さまざまなかたちの読書の喜びを示してくれる。もっともっと紹介したいところはたくさんあるけど、あとは、ご自身でお読みください。
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明5月22日(日)、「第33回鬼子母神通り みちくさ市」が開催されます。
いつもの場所に、いつもの<とみきち屋>として出店させていただきます。
詳細につきましては、お手数ですが番頭、風太郎のブログをご覧くださいませ~。
品切れ本、絶版本はいつものようにご用意しております(ようです)。
大きくこけるか、大ウケするか、出入りの激しいとみきち屋の特集ですが、今回は「文壇・文士(人)の世界」というミニ特集コーナーがございます。さてさて、結果はいかに(笑)。
暑くなりそうです。十分な暑さ対策をして、雑司ヶ谷にどうぞ足をお運びください。お待ちしております♪
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いつ以来の更新でしょうか。沈黙が長すぎて……。
明日、2016年5月3日(火・祝)は、「第18回不忍ブックストリート 一箱古本市」に <とみきち屋>として出店させていただきます。
心配されたお天気も、なんとかもちそうで、ホッとしております。ただ、風が強いとの予報がちょっと心配。できるだけ穏やかにお願いしたいところです。。。
出店場所は、根津教会。以前は教会前の細い道沿いでしたが、今回は中庭が会場になるそうです。
出品本などのご紹介は、番頭・風太郎のブログで2回にわたりご紹介しておりますので、そちらをご覧になってください。
http://ramble-in-books.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-8581.html
http://ramble-in-books.cocolog-nifty.com/blog/2016/05/post-f315.html
ぜひ足をお運びください。お待ちしております!!
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