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2004年3月26日 (金)

「藤原新也の聖地」

「藤原新也の聖地」 旅と言葉の全軌跡
   2004.3.18-30 大丸ミュージアム

これほど雄弁な写真があるのか。私は心のどこかで、よりストイックな写真を想像していたのかもしれない。写真に言葉を重ねるスタイルの写真集。そしてメメント・モリ。死、自己からの解放、西洋文明の否定とアジアへの思い、画一化の否定、大量生産の否定。そんなイメージを重ね合わせて私がつくり上げていたもの。それを見事にくつがえす、命にあふれた世界だった。

点在するカラフルな色彩がスポット的に際立つ写真が多いのが、目を引いた。構図のとり方も、光の集め方も、芸術として完成している。もっと崩れている写真でもいいのにと感じるものもある。遠景を撮るときと近くの被写体を撮るときとでは、写真家の心は違っているのか。被写体と写真家は、必ず心を通わせている。被写体の熱や息づかい、問いかけや笑いかけが、じかに感じられる。子どもを写したときに、その感じは極まる。被写体がレンズに寄ってきているのだ。

最高に気に入った作品は2点。
 1つは、3人の5歳ぐらいの男の子の写真。日本の昔の子どもさながらに、色彩感覚も何もおかまいなしの服を着て、道路の端に並んで立ってカメラを見ている。真ん中の子の服には、胸のあたりにものすごく大きなしみがある。3人とも何日もお風呂に入っていないのか、あかぎれのような顔。韓国の子どもたちだったか。その作品についていたのは
   「一生懸命撮ろうとしている。
    一生懸命撮られようとしている。」
ほんとうに、顔じゅうに、からだじゅうに、ありったけの力をこめて被写体になっている。はじけるような生のエネルギー。子どもの体温。早い脈拍。無防備な傍若無人さ。これこそ命の塊だ。
 もう一点は、寄り添ってこちらを見つめる3匹の子犬のモノクロ写真。見る者に、写真家は動物と会話ができるに違いないと確信させる一点。物問いたげな、無垢なる彼らの瞳。理知と慈悲のあふれたその表情。

世の中を見る目の鋭さは、半端じゃない、意味を読み取るという意味も含めて。世界を切り取り、自分のものに咀嚼してから表現する力。歴史、政治、社会、文化。自己の持つ感覚で嗅ぎ分け、受容か拒否かをシンプルに決められる本能の力。

『なにも願わない、ただ手を合わせる』には、抵抗する心、闘う心が行き着くところまで行き着き、境地を獲得したかのごとき、内在した力を感じさせる、本質的な静けさがあったが、展覧会会場出口付近で流されていたビデオの中のインタビューに応じる写真家は、あっけないほど普通の人だった。話す声も、耳に届きにくい割れた声。オーラもあまり感じられない。写真と言葉を彼の表現のすべてと受け取ることが、私にとってのカリスマ性を減じないためにはよいことがわかった。

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コメント

とみきちさん

始めまして、時々、bk1に書評投稿している栗山光司(葉っぱ64)です。今度、すばる舎に『いつか王子駅にて』を書評アップするらしいですね。この本にも恥ずかしながら、書評投稿しましたが、何となく、とみきちさんに親近感を覚えておりました。(王子に長い間、住んでいました)

先日、ぼくはブログを始めたばかりで、今は器つくりに焦点を置いて色々なスキルを試している段階なのです。(あまりPCには詳しくないのです)
そして、トラックバックなるものを試したら、何ととみきちさんがいらっしゃて、「ららら科学の子」にリンクしている。
そして、ぼくの「ららら~」リンクは成功かどうか分らないが、というのは、間接技でキューブリックの「博士の異常な愛情」に手を伸ばしているのです。
そして、このサイトにたどりついたら、藤原新也の聖地です。
いや~あ、ぼくも梅田の大丸でのミュージアムに出かけ、彼の一筆書きの見事なサインをしてもらったのです。
第一、bk1に最初に投稿したのは、彼の「空から恥が降る」でした。「王子駅~」といい、「ららら~」「~聖地」とトリプルなので、嬉しくなって思わず、コメントを書いてしまいました。年甲斐もなく、ちょいと、ハイテンションでゴメン。
藤原新也と全くの同年のオヤジです。どうぞよろしく。

投稿: 栗山光司 | 2004年4月 4日 (日) 00:18

栗山光司さん はじめまして。
コメントをありがとうございます!うわ~嬉しいなぁ。bk1の投稿では、栗山さんが大先輩ですね。こちらこそどうぞよろしくお願いいたします。

藤原新也本物にお会いになったんですね。『東京漂流』は、私はちょっと肌に合わなかったんですけれど、『なにも願わない手を合わせる』の栗山さんの書評を拝読して、あ、これなら読んでみようと思って、読んだら、どっか~~ん。すごい衝撃を受けたのでした。ああ、すごいなと思って、HPもちょくちょくのぞくようになり(書評で言及されていましたよね)このたびの「聖地」を知って行ってみたのでした。

こうやって、自分の世界が何かのきっかけで少しずつつながり、広がっていくのってすごく楽しいですね。

ご覧のとおり、私もブログを始めたばかりです。bk1に投稿するのと違い、個人的なことを書く自由が欲しくなって始めました。もしよろしければ、栗山さんのHPを教えてください。ご迷惑でなければリンクを張らせていただきます。

投稿: とみきち | 2004年4月 4日 (日) 00:36

栗山さん

ブログ初心者ってことがバレバレですね。栗山さんのブログのURLはちゃんと届いていました。リンクを張らせていただきますね。もしご迷惑でしたら、その旨お知らせください。

投稿: とみきち | 2004年4月 4日 (日) 00:39

とみきちさん、

ハリツケは大歓迎です。
ぼくは結構、葉っぱ64のハンドルネームで
掲示板にレス書込みするのが、好きなのです。
ブログを立ち上げる前に、武田徹のBBSにお邪魔していましたが、
武田さん自身、ジャーナリスト育成などの仕事に集中すべく、
忙しくなり、BBSが一時閉鎖になったのです。
ただ、彼自身の武田徹オンライン日記として、継続していますが、そんなこともあり、ブログのことは念頭にあったのですが、ズボラな性格故に、引き伸ばしになっていたのです。
そんな、経緯で、『吟遊旅人』『保坂和志』『山寺』などの掲示板に葉っぱ64で、頻繁にカキコを始めたのです。
これらのサイトはぼくのブログのブックマークに紹介しています。
とみきちさんは、堀江さんに興味があるみたいですので、
多分、保坂和志にもシンクロするのではないかと、思い彼のHPをハリツケました。
保坂和志さん自身もよくカキコします。
訪問してみては?
そうそう、ぼくはとみきちさんをトラキチさんと、勘違いしていました(笑)。
王子から大阪に引越ししたら、凄いトラキチがまわりに一杯いますから…。
http://www.k-hosaka.com/

投稿: 栗山光司 | 2004年4月 4日 (日) 09:43

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