『雪沼とその周辺』 堀江敏幸
しみじみと余韻が残る、是非とも一読をお勧めしたい短編集。
雪沼は、山あいの架空の町。そこにひっそりと生きる市井の人々の人生が丁寧に描かれている。著者のいつもの視線は健在だ。文明を拒むがごとく、自分のこだわりの物、なじみの物に囲まれて、ひっそりと生きる人。それぞれの人の心にしまわれた大事な時間と別れ。生きている以上、すべての人に、他人には伺いしれない葛藤や、心が大きく動いた瞬間や、こだわりがある。それが人生なのであり、それぞれの人間はそれぞれのこだわりの中で、それぞれの生き方で、それぞれの思いを抱えて生きてゆくもの。読後、そんな当たり前のことをしみじみと改めて感じる、味わいと余韻のある珠玉の短編集だった。
冒頭の作品は「スタンス・ドット」(川端康成文学賞受賞)。ピンが倒れる時の音に魅了されて、廃物同然の旧式な機械をアメリカから入手して経営していたボウリング場の最終日。お客もないまま閉店しようとしたそのときに、トイレを借りるために立ち寄った若いカップルとのやりとりの中、補聴器を必要とするようになっている老齢の経営者は、過去に思いを馳せる。ボウリングにまつわる出来事や、亡き妻のこと。スタンス・ドットとは、立ち位置の目安となる、床の印のこと。当然ながら人生の立ち位置をも象徴しており、短編全体に通ずる一つのテーマをも象徴している。
一篇の詩のように、あるいは短編映画のように完成度が高いと感じたのは、「送り火」。大雨が降って川と化した道路を見て、本物の川を見に自転車で出かけた息子を、その水で亡くした夫婦。その夫婦の心が出会ったいきさつの描写が、硬質な筆致ながら、とてもリリカルであたたかく、ロマンチックなだけに、読者の胸の内で想像される、息子の死の衝撃の大きさが際立つ。妻の心の喪失の大きさは、あの日、自転車に発電機式のライトでなくて、カンテラみたいな脱着式ライトをつけていたら、という自転車屋さんの後悔を聞いてから、旅行に行くたびにランプを買ってくるという形になってあらわれる。そして、このランプを「送り火」に・・・というやりとりの周囲にまた哀しみが……。美しく、心にしみいる傑作。
そのほかの作品も、静かに暮らす人々の心のひだや哀しみを映し出す。作家自身の分身のような一人称の主人公が、まちを眺め、市井の人々と出会い、内面に響く心の声を描写するというこれまでの形式とは違い、各短編の主人公はさまざま。共通なのは、人生の最期の時期を迎えているということ。そういう目で見ると、「緩斜面」だけは、まだ若い男が主人公になっている。この主人公も、死んだ友との別れを心の中にしまっているものの、終末を迎えた自分の人生を振り返るのではなく、自分の立ち位置を再確認して、また一歩踏み出してゆくという設定になっている。そういう作品が、書き下ろしで、しかも短編集最後の一篇となっているのは偶然ではなく、むしろ意図的な配慮であろう。冒頭の「スタンス・ドット」に始まり、「緩斜面」で終わる、全体の配置を見ても完成度の高い短編集だ。
bk1では今、「品切れ増刷未定」のため、取り扱い中止になっていると言う。
一日も早い増刷を願うばかりである。
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2004年4月9日(金)現在、調べてみたら、取り扱い再開されていました。
増刷されたんですね。是非ともご一読を!!
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七篇中四篇が、新潮社の季刊紙「考える人」に掲載されたもの。この雑誌もお勧めです!!
『雪沼とその周辺』 堀江敏幸 新潮社 2003年刊行
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