『100万回生きたねこ』 佐野洋子
久し振りにまた読んでみた。何度読んだか知れないのに、また「あっ」と心をつかまれる。こびない絵と文。すべての甘ったるい感傷を排除する意志の潔さ。
この文章のぶっきらぼうさ。絵本の主人公のとらねこの可愛くなさ。ふてぶてしさ。100万人の人に愛され、涙を流してもらっても、何とも感じない憎々しさ。
ねこは、王さまなんか きらいでした。
ねこは、海なんか きらいでした。
ねこは、サーカスなんか きらいでした。
ねこは、どろぼうなんか だいきらいでした。
ねこは、おばあさんなんか だいきらいでした。
佐野洋子のかく絵は、いつも怖い。お世辞や追従、見かけだけの優しさを拒否する怖さ。情に訴えても無視されそうで、伝わらなさそうな怖さ。
ふてぶてしくて、何回死んでも生き返るとらねこは、ある時初めて「自分の生」を生きる意味を知る。それゆえに、死の本当の意味を知ることになる。それを読んで、私たちも命の意味を知る。嘆き悲しむとらねこの姿は圧倒的!
この絵本を書いた時点で佐野洋子は、『神も仏もありませぬ』を書いた64歳の佐野洋子が見つめる世界を、既に見据えていたことがわかる。すごい。
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コメント
はじめまして☆
僕もこの本大好きです!
最後、ふてぶてしいねこが
大好きなネコを見つけ、
心動かされていくシーンが心に残りますよね。
人生とは目的無く生きると長いが、
目的を見つけると短い。
そんなことを考えさせられました。
また遊びにきまーす☆
投稿: seiG | 2004年5月20日 (木) 13:53
seiGさん はじめまして。
ご来場ありがとうございます。
seiGさんのセンスいいブログも拝見しました。
この絵本でつながるなんて、世代を超えて(笑)、
ベストセラーというわけですね。
もちろん文章もいいんだけど
このふてぶてしくも、存在感のある猫の絵があってこそ
成り立っていますよね。
「100万回しんだんだぞ」って威張ってたとらねこなのにね。
どんなに貢ぎ物をもらっても、ふん!とやっていたのにね。
投稿: とみきち | 2004年5月20日 (木) 14:28