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2004年5月18日 (火)

『約束よ』 辻原登

0224827900001.jpg 『遊動亭円木』の続編は、「窓ガラスの文字」と「かな女への牡丹」の2篇。そして「かみにさわった男」には、円木は脇役として登場する。ヒッチコックが、自作の映画にちょろりと出演するかのように。

『遊動亭円木』の世界を想像して読み始めると、様子が違うことに気づく。時代も舞台も違う、約束の7つの物語。このたびの短編集は、まず、中国についての著者の造詣の深さがあらわれている。地名、政治状況、習慣、人間、知らないことはないかのように、あれもこれもと振りまかれている。そうかと思うと、現代の夫婦の心のすれ違いを描く、ごく現代的な「約束よ」のような作品も書ける。変幻自在で驚くばかりだが、私は、やっぱり円木ものが一番好きだ。下町の不思議な世界。金勘定や自己実現よりも、命や情が大事な世界。それはいつもどこか幻想的で……。

辻原の世界に共通するのは、暴力、血、虐げられた者の生き様、そして五感への並々ならぬ意識。前作の主人公円木は、そもそも盲人である。「窓ガラスの文字」「かな女への牡丹」の主人公かなは、その名のとおり仮名しか読めない。それがゆえに、自分を貶めるために書かれた文字にさえ、「私のことを書いてくれた」と心ふるわす。「約束よ」の中の冷め切った夫婦がそれぞれ不倫相手に感じる欲情のもとは、襟足から立ち上る匂い。その他、肌に関する描写も独特で、入れ墨の話が割合頻繁に登場するのは、いれずみが五感を刺激することと、血への希求のせいだろうか。天安門事件、9.11を意識したような作品を読めば、そこに広がるのは血や暴力と切り離せない世界である。

最近の2作しか読んでいないから断言はできないが、円木の世界で一つの独自性を獲得したように思える辻原だから、色気を出していろいろな世界に手を出さず、一つの世界を極めてもらいたいと思ってしまう。どんどん読めるという意味では、巧みな小説が多いが、読後の満足感は『遊動亭円木』に軍配を上げたい。

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『約束よ』 辻原登 新潮社 2002年刊行
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