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2004年5月10日 (月)

『遊動亭円木』 辻原登

0241753500001.jpg この作者の作品はまず、オリジナリティがとても高い。文体も、描かれる世界も、独自性をきっちりと持っている。今まで知らずに損をしていた。いや、こうやって出会って、得をしたのか。どっちでもいいけど、とても面白かった。ジャンルは、何と言えばいいのか、江戸っ子人情幻想小説かな。

90年、『村の名前』で103回芥川賞受賞だそうだ。

主人公の円木は落語家。その紹介部分の描写をそのまま写すとこんな具合。

円木は二つ目だったが、真打ちもそのうちというところで、不養生がたたり、遺伝体質の糖尿病が悪化して、白内障がすすみ、すっかり水晶体が濁ってしまった。もともと克己とか摂生なんぞは大きらいなたちときてるからもういけない。一度なんぞは昏睡に陥った。下半身のほうもからきしいくじがなくなった。目のほうも大学病院で手遅れといわれた。毎週一回、御茶ノ水までインスリンの注射をうけにゆく。

この円木っていうお人、妹夫妻がやっている小松川の賃貸マンション(ボタン・コーポ)の一室にころがりこんでの居候。昔のひいき筋の明楽(あきら)のだんなやら、ボタン・コーポの住人やら、昔のなじみの女性やら、その他、不思議な行きがかりでかかわり合う人たちとの、情の絡んだ、ちょっと幻想的な出来事を描く短編連作集である。この始まりから想像すると、うだつの上がらない男を想像するが、いやいや、どうして、なかなかの男前らしく、女性が寄ってくる。艶っぽい話もちゃーんとあります。

落語家の話だけあって、あちこちに落語のネタが出てくるのは当然だとしても、見えない目で姿を見て、ジャコメッティの作品のようにほそーーい像をイメージしたり、モネの睡蓮のような池と庭をつくる話が出てきたり、はたまたアリストテレスが出てきたりする。チェーホフの作品を踏まえた会話を交わし、塙保己一について蘊蓄を語る会話があるかと思えば、今度はカルヴィーノの木登り男爵。それは、まあ、さまざまなジャンルにまたがる教養溢れる話題が散りばめられている。それなのに、ちっとも嫌みじゃないのである。

幻想じみているのは、こういうくだりがそこここにあること。円木さん、最初の話『遊動亭円木』の中で、マンションの住民に池に突き落とされる。

円木は、地上にいるとき、ものやひとの動くのを、あおみどろの水を通してみていた。濁った水晶体の比喩としてつかわせてもらった水の中に、いまほんとうにこの生身を投げ込んでみると、なんだかとても自由になったような気がした。息がちっとも苦しくないのもふしぎだ。

あくまでも歯切れよく、チャキチャキした文章だが、なかなか怖いところもある。どこか現実離れしていて、油断すると、後ろから何かが化けて出そうな怖さがある。何しろついて回って大事な役割を果たすのが金魚だ、水だ、川の流れだ。そして自在に動き回る主人公が目の見えなくなって、不思議な神通力を時に持ってしまうような男前の落語家ときたら、背筋がどこか寒いまま、しかし面白さにひかれてぐんぐん読み進んでしまう。そこには江戸時代の怪談のイメージが、西洋文化の話題が出てきたときにも、つかず離れずついて回る。

作者の幅広ーい知識と、職人の味の小説仕立て。全くのお任せ状態のまま、最初から最後まで楽しませてくれる極上の娯楽作品。しかもオリジナルの風味。木戸銭以上にたっぷりサービスいたしましょう!という心意気を感じて、大満足。

平成12年度第36回谷崎潤一郎賞受賞
  これは大いに納得。
  そして同時受賞は、なんと! 村上龍の『共生虫』。 いやはや・・・

『遊動亭円木』 辻原登
  文芸春秋社 1999年発行
  文春文庫   2004年発行

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コメント

リクさん はじめまして。

トラバをありがとうございます。
こちらからもトラックバックさせていただきますね。

投稿: とみきち | 2004年11月30日 (火) 10:27

やっとこの本読みました。
いいですねぇ。
辻原昇はどれを読んでもいいです。

投稿: uota | 2005年7月10日 (日) 22:07

>uotaさん

お久しぶりです~。
独特の世界ですね。時間軸も、見える世界も、違いますよね。この本を読んだあと、現実に戻るのに少々時間がかかります。ちょっとアナーキーな感じもするのだけど、しっかり義理人情の世界でもあるような、幻惑される世界。

投稿: とみきち | 2005年7月11日 (月) 00:56

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» 村の名前 辻原登 [熊野のひとびと。]
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受信: 2004年11月30日 (火) 07:15

» 読書日記 遊動亭円木 [den_en relax]
辻原 登盲目の噺家の遊動亭円木が主人公のお話。妹由紀の経営するマンションには山下(101号)と堀(202号)と陳(305号)という気の置けぬ仲間もいて、現代の長屋のような趣を感じられる小説。一話目の『遊動亭円木』で、いつもの辻原ワールドに引きずり込まれてしまいました。円木が... [続きを読む]

受信: 2005年7月10日 (日) 22:05

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