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2004年7月24日 (土)

『疾走』重松清

少年犯罪の当事者の心に寄り添って書く重松清の面目躍如の作品。傑作だと思う。この作品が好きかどうかと聞かれれば、あまり好きとは言えないのだが。舞台は、「ゆめみらい」というプロジェクトで田んぼがつぶされ、タワーが建てられ、そしてプロジェクトが頓挫して荒れ果てる町。重松が繰り返し書く多摩ニュータウンと同じようなコンセプトだ。、そこに住む、夢を持たず、心のつながりもない家族がいる。家族の期待の星だった長男シュウイチの引きこもり、そしてさらなる転落。父親の失踪、母親の転落と、絵に描いたような家族崩壊が進んでいく。

主人公シュウジが生まれてからを丹念に追いかけていく長編小説。赤ん坊にとっては、家族が世界のすべてであること。子どもにとって、自分の家族と数人の知り合いと、自分の足で走って行かれる場所が、世界のすべてであること。「にんげん」はどうして死ぬの? 問いかけはまずそこから始まる。それは、無力な赤ん坊が「にんげん」として成長していく過程で、喜びや、心のときめきや、全世界からの愛を全く手に入れることなく「ひとり」で生きていかなければならなかったら、どうしたらよいのだろう。そういう問いかけにつながっていく。

少年犯罪の原因を追及したり、犯罪を犯した少年を特別な存在として表現したりすることなく、生まれた時には無力な「にんげん」誰もが、シュウジに、シュウイチになり得ること、それが書かれている。以前も当ブログで批判した『グロテスク』との決定的な違いはそこだと思う。重松は、人とつながりたい「ひとり」の人間として少年を描くことに徹している。誰もがその少年になり得る存在として描く、これが小説家の想像力だと思う。

性や暴力の激しい描写もあって、読んでいて快適な本ではない。しかし、本書のように少年の心に寄り添うという文脈でしか、今、現実に起きている事件の意味というのは理解できないのではないだろうか。少年犯罪を犯してしまう少年たちは、決して望んでいたわけではないのだ。結果的にそういう方向に行ってしまったのだ。その心の道筋がわからなければ、一歩も前に進めない。暴力の衝動を抱えているにとどまらず、実際に行動に移してしまったのは何故なのか。本人自身が最も理解できず、説明できないというのが実態なのではないか。

小説として違和感を感じるのは、冒頭から「おまえ」とシュウジを呼ぶ案内役の設定。いわゆる小説で言う「神の視点」で、それを二人称で描くことによって、シュウジと近い場所から、しかも客観的に描写している。手法としては納得できるのだが、これ以上、その点に触れると、未読の方の読む楽しみを奪うことになるので控えなければならないが、最後まで大きな違和感を覚える点だった。単なる三人称の描写で良かったのではないかと感じる。

ここまで書いて、ブックアサヒコムに、池上冬樹による書評を発見。彼は、「二人称」の設定の効果を評価しているが……。 こちら

『疾走』 重松清  株式会社角川書店  2003年発行  bk1へGO

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コメント

ひたすらに重い。私はこの小説でひとつだけ気に入らないところがある。それはシュウジが死ぬ場面。いくら人を刺しているし、人質をとっていていたからといって、少年に向かって警察官が発砲するというのは少し考えられない。生意気だか、そう思ってしまった。

投稿: Dead Run | 2007年7月24日 (火) 01:26

重松清は「ナイフ」から好きでずっと読んできたんだけど、短編では描ききれなかったテーマ(わたしは、「愛」とか「幸せ」とかだと思うんだけど)を描ききってるって感じたんだ。確かに残酷すぎるし、生々しすぎるけど、そこまで描ききらないと、あのラスト1ページの感動はないと思うんだ。わたしは、途中から完全にエリとシュウジ重なってしまいながら読んでいたんだけど、シュウジの最期は仕方ないなって感じてた。せめてエリだけは…って。エリが幸せになんて想像もできなかったから涙止まんなかった。やっぱ、重松清…好き!

投稿: K.Otani | 2009年7月 1日 (水) 19:16

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