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2004年9月23日 (木)

『ブラフマンの埋葬』 小川洋子

ブラフマンの埋葬
小川洋子著

出版社 講談社
発売日 2004.04
価格  ¥ 1,365(¥ 1,300)
ISBN  4062123428

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一見、軽いおとぎ話のようだ。しかし、そこは小川洋子の世界である。タイトルによる暗示が、小説全体を支配している。いつものように、日常からかけ離れ、時がとまった、死と隣り合わせの世界。大事件は起こらず、声高に主張する人もおらず、しんとした、生と死のみに支配される現実。そんな中、僕の一人称で描かれるのは、ブラフマンがやってきて、ブラフマンと別れるまでの短い時間。

舞台はこのように描写される。

〈創作者の家〉は村の中心から車で南へ十分ほど走った、田園の中にある。畑と草地が広がる風景の中に、所々こんもりと茂った林があり、たいていその中に一軒ずつ農家が建っている。このあたりの土地特有の季節風を避けるためだ。〈創作者の家〉はそうした古い木造の農家を改装して作られた。

ぼくは、〈創作者の家〉の管理人である。

この小説には死が満ちている。ぼくが心を寄せる雑貨屋の娘が、列車に乗ってやってくる恋人と手をつないでデートをするのは、古代墓地である。ぼくが唯一心が通じ合って話をすることのある相手は、〈創作者の家〉に工房を持つ碑文彫刻家である。来る日も来る日も墓石に碑文を掘るのである。ぼくは、骨董市に出かけ、身寄りのない年寄りのところから集めてきたという、アルバムからはがしたような、変色した写真を一枚買って、部屋に飾る。見も知らぬ家族の写真だ。既に皆、死んでしまったであろう見知らぬ家族の古い写真を部屋に飾るという、その壮絶な孤独感。

ぼくの日常は、どこにも向かっていない。ブラフマンがやってきたこと、そして娘に淡い心を寄せること、これだけがほんの少しだけ生きていることを感じさせる。しかし、その日常も最後には……。

根拠のない人生礼賛を徹底的に否定する、死のにおいに満ちた閉じた世界。ブラフマンに寄せるぼくの愛情の行き場のなさが、孤絶した精神世界を際立たせている。

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