« 『反時代的毒虫』 車谷長吉 | トップページ | 『がんばらない』 鎌田實 »

2004年11月 4日 (木)

『野中広務 差別と権力』 魚住昭

野中広務差別と権力
魚住昭著

出版社 講談社
発売日 2004.06
価格  ¥ 1,890(¥ 1,800)
ISBN  4062123444

bk1で詳しく見る オンライン書店bk1

非常にすぐれたノンフィクション。出生から国会議員になるまでの部分に野中広務という「人間」が描かれている一方で、国会議員になってからは、権力の渦の中で動き回る政治家の一人としての眺めになってくるところが、非常に印象的である。

一段一段と権力の階段をよじ登っていく過程で見せる野中の猛烈な仕事ぶり。33歳の若さで町長になり、町政を建て直してゆく手腕は見事である。例えば、今はやりの「ワンストップサービス」を昭和30年代前半に実現している。野中が役場の玄関に張り出した紙。

  窓口には仕事のもちばに違いはありません。何でも相談に応じます。
  窓口と相談係には聞き捨てにするクズかごはありません。
  窓口と相談係りはくさいものにするふたはありません。
  窓口と相談係にはたらいまわしにするたらいはありません。
  町行政上の疑問は何でも遠慮なく相談係にたずねてください。

初々しく、やる気に満ちた町長像が思い浮かぶではないか。

魚住の描く野中像を端的にあらわしている部分を引用する。

もともと野中は元郵政相幹部が的確に指摘したように「潮目を見る」政治家であって、潮目をつくり出す政治家ではない。利害や思想の異なる集団同士の「調停」では突出した能力を発揮するが、かつての田中角栄のように大きなスケールで国家の将来像を創出する力はない。野中が政界の出世階段を駆け上ったのは、その時々の政治状況に素早く反応し、周囲が求めるパイプ役や、「裏の掃除役」を完璧にこなしてきたからである。そこには一貫した政治思想やイデオロギーは見られない。融通無碍に変化する彼の政治行動に通底する思想を読みとろうとしてもほとんど徒労に終わってしまう。

だが、半世紀にわたる彼の政治人生でまったく変わらなかった思いもある。差別を乗り越えるには、他人に頼らず自力で道を切り開くしかないという確信と、差別の「再生産」につながりかねない行為への激しい憎悪である。それは、彼と部落解放同盟との関係の変遷をたどっていくと、さらにはっきり浮かび上がってくる。

差別問題、同和問題は根が深い。普通に暮らしていると感じる機会は少ないかもしれないが。あとがきに込められた魚住の慨嘆が重い。

彼の引退は、差別性と平等性を内包しながら平和と繁栄を志向してきた戦後の終焉を象徴する出来事だった。新たな時代には平等と平和の四文字はない。それを思うと暗澹とする。

本書は、野中広務という政治家を描くことで、戦後の日本の政治の縮図と権力と差別の姿をわかりやすく描いた、すぐれた書である。

|

« 『反時代的毒虫』 車谷長吉 | トップページ | 『がんばらない』 鎌田實 »

コメント

この本は夫が図書館から借りて読んでいました。続いてわたしも読もうと思ったのですが、次に借りる方の予約が入っていたので、返してしまいました。
そうですか、おもしろそうですね。また借りてみます。とみきちさんもお奨め本の紹介がうまいなぁ。すぐ読みたくなってしまいます。困ります(笑)。

魚住さんとお会いしたことがありますよ。うちの図書館を利用されたので、そのときに声をかけました。魚住さんが通信社に勤務されていた時の同僚とわたしがちょっとした知り合いだったので、ほんの少しお話したのでした。

投稿: ピピ | 2004年11月 4日 (木) 19:48

>ピピ姫さん

こんばんは。魚住さんてどんな方でしたか?

この本は、豊富な材料がよく咀嚼されていて、すぐれた読み物になっています。部落問題についてはかなり詳しく書かれていますが、思想的な偏りがなく、非常に洗練された文章になっていると思います。知識がなくても十分理解できますし、その上で野中という人がどういう存在であるか、ということも明確に描かれています。

国の政治の中での野中が、ちょっと哀れです。もちろん野中に煮え湯を飲まされた人たちはたくさんいるのでしょうけれど。

私自身について言えば、政治の話を読んでも、歴史の話を読んでも、「個人」の生き様というところに目が行くのですが、その意味でも読み応えのある一冊でしたよ。お勧め、お勧め。

投稿: とみきち | 2004年11月 4日 (木) 21:33

魚住さんは、渋くてダンディなおじさまでした。

個人の生き様を描いて読み応えあり、ですか。
ますます読みたくなったわ~、こりゃいかん(笑)。

それはそうと、今日から始まったbk1の「みんなで選ぶ100冊」(だったっけ?)の「いつか王子駅で」のキャッチコピーはとみきちさんのお書きになったものからの引用ですよね?
名文ですねえ、改めて感心しました。

投稿: ピピ | 2004年11月 4日 (木) 23:01

魚住さん、そうですか、文章に余裕があるのですよ。
むきになっていないというか。
内容は濃いけど、読みやすい本でした。

「bk1の100冊」、始まりましたね。
いやーー、お恥ずかしい。
といいつつ、「雑記帳」のほうで宣伝しています。
だって『いつか王子駅で』はとっても素敵な本なのですもの。
pipi姫さんもブログに書かれていましたね。

そして「人生を変えた本」のイチ押し
『万延元年のフットボール』はpipi姫さんの
書評の最後のほうの一節ですよね。
pipi姫さんの文章は、しっかりとした構成力が魅力
といつも思って読ませていただいています。

投稿: とみきち | 2004年11月 4日 (木) 23:50

ども。COCO2です。勝手ながら本の水先案内として、いつも参考にさせて頂いてます。
ところで今年、個人的には小説で「これ」と思うことがあまりなかったような… 振り返っていかがでしたか? またお邪魔します。

投稿: COCO2 | 2004年12月16日 (木) 01:26

COCO2さん いらっしゃいまし。
新しい小説をしっかりフォローできたわけではないのですが、そうか、もう今年を振り返る時期なのですね。セカチューとか、お化けのように売れましたけど(読んでいませんし、映画も見ていませんが)あれは去年でしたっけ?

年内に、自分勝手な今年のランキングをやらなくちゃ。

投稿: とみきち | 2004年12月18日 (土) 22:47

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21746/1858692

この記事へのトラックバック一覧です: 『野中広務 差別と権力』 魚住昭:

» 「差別と権力」。 [退屈男と本と街]
 『野仲広務 差別と権力』(講談社/魚住昭著) を読んだ。第26回「講談社ノンフィクション賞」受賞。  ある自民党関係者の声。  〈「彼のやり方は恫喝... [続きを読む]

受信: 2004年11月21日 (日) 13:41

» 「野中広務 差別と権力」 [COCO2のバスタイム読書]
利害の異なる集団の境界線上に身を置くという意味では、彼の政治スタンスは、中央政界 [続きを読む]

受信: 2004年12月12日 (日) 13:49

« 『反時代的毒虫』 車谷長吉 | トップページ | 『がんばらない』 鎌田實 »