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2005年1月16日 (日)

『戦争が遺したもの』 鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二

戦争が遺したもの
鶴見俊輔著・上野千鶴子著・小熊英二著

出版社 新曜社
発売日 2004.03
価格  ¥ 2,940(¥ 2,800)
ISBN  4788508877

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読んで良かった。本当に良かった。帯より。「今こそ、すべてを話そう アメリカでの投獄、戦時下の捕虜虐殺と慰安所運営、60年安保とベトナム反戦、丸山眞男や吉本隆明との交流……。戦争から戦後を生き抜いた知識人が、戦後60年を前にすべてを語る。」

小熊英二と上野千鶴子が、3日間にわたって鶴見俊輔の話を聞き、すばらしい鼎談本に仕上げたもの。妥協しない三者の知的な対決と、互いの持つ深い尊敬の念が、読者の心を打つ。

最も感動したのは、鶴見俊輔の人間の大きさ。「今回は、完全に三日間を空けてありますから。もう私も八十歳だから、余命から計算した大した時間ですよ(笑)。聞いていただければ、なんでもお答えします。」と鶴見は開口一番発言している。その言葉どおり、矛盾を突かれても、答えにくい問いかけに対しても、自分の過ちに対しても、逃げることなく、言葉を尽くして対応している、その姿勢に心の底から感銘を受けた。

鶴見が評価する人物は、「一番病」でない人、学歴が低いのに才能があったり、努力したり、人間的な心を持っている人、ヤクザの仁義を解する人、言葉だけでなく行動で示す人、なのである。こういう特徴から、イデオロギー的な矛盾が生じてくるのは、鶴見の信ずるものが「言葉」や「思想」でないことのあらわれなのだろう。そこをひとは矛盾であると指摘する。そんなことは百も承知の鶴見は、それでも「あの人はいい人ですよ」、といった表現で、その矛盾を隠したり、ごまかしたりしない。

80歳を超えてなお、小熊英二の『〈民主〉と〈愛国〉』を1日でざっと読み、さらに3日かけて再読したと言う。その頭脳は衰えることを知らない。さらに驚くのは、40年も年下の、しかも無遠慮な質問を突きつけてくるその若者に対して、愛情を持ってその著作を褒めている。この柔軟な心、懐の深さは尋常ではない。「私がとても感心したことの一つは、昨日から私が言っている『ぼんやりした確かさ』っていうことが、あの本の中ではちゃんと守られていること。『民主』とか『愛国』とか『ナショナリズム』という言葉の意味が変わっていくんだけれども、無理に一つの定義に追い込まないで、時代時代の意味をそれぞれに尊重して捉えていくという方法をとっている。細やかなんですよ。面白いもんだ」。

戦時というのは、非常に嗅覚が発達してくるんです。誰が自分を密告するか、わからない時代でしょう。だから表面的なディシプリンとか党派とか、彼はマルクス主義であいつは記号論とかいうレベルではなくて、物の言い方とか身振りから信頼できるかどうかを嗅ぎつける。いわば「もやい」という感じですね。それが重大なんだ。

だから戦時中とか敗戦直後のほうが、同じ流派じゃない、つまり他流の人たちとの合流とか接触というのがあり得たんです。戦後には、それがかえってないんです。

こういう姿勢で、立場も、思想も違う人間とも交流を持ち、意気に感じれば損得を度外視して義理を果たす。終戦を勝つ側で迎えたくないと考えて、わざわざ日本に交換船で戻ってくる。戦後、「これからアメリカとの戦いが始まる」と心に刻み、どんなにアメリカから招聘があろうとも、一度もアメリカの土地を踏まない。しかし、個々のアメリカ人への感謝、愛情は人並み以上に熱い。

まえがきに小熊が「鶴見氏の経験は、それじたいが戦争と戦後の時代における、一つの歴史ともいえる」と書いているが、そのような鶴見俊輔という巨人を相手に、上野、小熊の勉強ぶり、奮闘ぶりは見事である。最後に私は、上野によるあとがきを読んで、目頭が熱くなった。

鶴見さんは、たくさんの文章をご自分で書いてきた稀代の書き手である。座談の名手であり、数多くのインタビューも受けてきた。わたしたちは、あえて鶴見さんが語ってこなかったこと、鶴見さんの近くにいる人にとっては聞きにくいだろうことに踏みこんで、話を聞こうとした。だからこの対話は、長年の崇拝者の追従や、なれあいの賞賛にはなっていない。聞き手としての小熊さんは、わたしの目からは、あっけにとられるほど無遠慮な聞き手だったし、小熊さんの目からは、わたしはあまりにも容赦のない追及者だったことだろう。活字の面にはあらわれないが、対話の中には苦渋に満ちた沈黙が、しばしば訪れた。鶴見さんは宙を仰いで、ことばを絞り出した。

こうした厳しい対決をしてでも、やはり言い残しておきたい、伝えておくべきことがあると鶴見は考え、また、それだけの価値のあることだからこそ、上野も小熊も追及の手をゆるめなかったのだろう。本当に価値ある一冊である。

葉っぱ64さんが、昨年のベストに挙げておられた本である。いつか読もうと思っていた未読の下記の2作も、必ず読まねばならない、と思った。

期待と回想』 上下 鶴見俊輔
『〈民主〉と〈愛国〉』 小熊英二

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コメント

トラバありがとうございます。
ほんと、これは誰にでも勧められる良い本です。
読書会、東でもされたらいかがです?
「民主と愛国」もぜひ挑戦してください。これも素晴らしいです。この二冊を読んだらしばらく感動の余韻にひたれますよ

投稿: ピピ | 2005年1月17日 (月) 22:28

『民主と愛国』は「敗戦後の思想史を大河小説のように描いた大作」と上野氏が書いてますね~。読んだらまた興奮さめやらぬうちに感想文をアップします(笑)。

おお、東の読書会! でも私、「感動した」「この人好き」ってな程度の感想しか言えないから (^^ゞ

投稿: とみきち | 2005年1月17日 (月) 23:01

またまたご謙遜を!
わたしもとみきちさんに刺激されて読んだ本が何冊もありますよ。

投稿: ピピ | 2005年1月18日 (火) 00:11

ぴぴ姫さんとか、葉っぱ64さんのような方がいらしたら、きっと楽しい読書会になるでしょうね~。私は上記のような程度の感想を言ってもいい、と言ってもらえるような読書会なら参加したいです。でも、よかった本については、どうしても人に言いたくなっちゃって、頼まれもしないのにせっせと推薦して回ってしまいます(笑)。

投稿: とみきち | 2005年1月18日 (火) 00:32

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