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2005年1月23日 (日)

『南の島に雪が降る』 加藤大介

南の島に雪が降る(知恵の森文庫)
加東大介〔著〕

出版社 光文社
発売日 2004.08
価格  ¥ 780(¥ 743)
ISBN  4334783058

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著者の加藤大介は俳優。兄は沢村国太郎、姉は沢村貞子。浅草生まれの芝居一家に育った人物。本書はその加藤大介の唯一の著書であり、従軍記である。しかし戦闘の記録ではなく、芝居の記録である。南の島、すなわちニューギニアにおいて、飢えとマラリアと、いつ果てるとも知れない「百年戦争」への絶望の中で過ごした2年半、数少ない経験者をもとに、大道具係や衣装係、脚本担当など、少しずつ人を集めて、素人演劇団をつくる。それがだんだんと本格化してゆき、しまいにはニューギニアにいる7,000人もの将兵を相手に、毎日毎日演目を演じ続けて終戦を迎える。信じられないような日常と非日常。戦争が庶民に突きつける現実の過酷さにおののき、他方、窮境に陥った人間を救うのは想像的な時空間なのだ、ということも強く感じる。

 江戸っ子加藤の筆は、戦争中の話とは思えないほど軽妙で、面白い。人の描写は、的を射ており、その人物の雰囲気ごとふわりと言い表す。目の前にその人があらわれそうなほどである。だんだんと本格化して腕を上げていく演芸分隊、略して演分は、全将兵の生きるハリとなってゆく。

「娯楽じゃない。生活なんだよ。きみたちの芝居が、生きるためのカレンダーになってるんだ。演分は全支隊の呼吸のペースメーカーだぜ。そのつもりでガンばるんだ」 ――わたしたちの耳には、そのことを裏づけるエピソードが、つぎつぎに入ってきた。「もうダメです。いろいろ、ご厄介になりました」そういって、息を引き取ろうとする病人がいた。「バカ野郎ッ。こんどの歌舞伎座は、すごくおもしろいっていうぞ。お前、見ないで死ぬつもりかッ!」班長が耳もとで怒鳴りつけた。すると、「ああ、そうですねえ。見なくっちゃ……」と、気をとりなおしたというのだ。(…中略…)観覧日が近づくと、病人が快方をたどりはじめる――ということは、もう定説になっていた。そのかわり、わたしたちは、そんなのとは逆の悲報にも、多く接しなくてはならなかった。楽しみにしていた観覧をすませて、部隊に帰った兵隊が、「アーッ、きょうの芝居はおもしろかったなあ」と、のびをしたまま、その場で昇天してしまったという類の報告だった。

人間の業や醜さや弱さが露呈する極限状況にあって、人が何を求め、何を救いとするのか、が描かれている。人間は弱く、現代においては誰もがいとも簡単に精神を病む可能性を持っていると言える。しかし、このような逆境においても耐えてゆける強さも持っているとも言える。何が人を支えるのか、ということを考えさせられた。

そんな重たい記録なのに、しかししかし、全般に、軽妙洒脱な文章のせいか、読み物としておもしろーーく読めるのです。演分がだんだんと形を整えていくまでの人選のところなど、ただただ楽しく滑稽です。

本書は、退屈男さんがブログで勧めておられたので読んでみたものです。読んでよかった! 退屈男さん、ご紹介ありがとう。(こちら

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