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2005年5月20日 (金)

『雨にぬれても』 上原隆

雨にぬれても
雨にぬれても
posted with 簡単リンクくん at 2005. 5.20
上原 隆
幻冬舎 (2005.4)
通常24時間以内に発送します。

上原隆は、新しいタイプのノンフィクションを書く人である。それについては、解説の渡辺一史がうまくまとめているから、少々長いけれどまず引用する。

私は、上原さんの仕事を抜きにして、「これからのノンフィクション」は語れないと思っている。(…中略…)「ルポルタージュ・コラム」と上原さん自身が命名している一連の仕事は、この『雨にぬれても』で三冊目だ。これに先行して、すでに『友がみな我よりえらく見える日は』と『喜びは悲しみのあとに』という二冊の文庫が同じ出版社から出ている。

(…中略…)何の予備知識もなかったものの、何気なく手を伸ばしパラパラと読んで、そしてギョッとした。やられたー。完全にやられた、と思ったからだ。「フツウの人を、フツウに描くには、どうしたらいいのか」という、私が思い悩んでいた難問への一つの模範解答を見せられた気がした。

続けて、上原自身のあとがきを引用する。

本書の文章のほとんどが幻冬舎のウェブマガジンに月一回のペースで連載したものだ。2002年8月にスタートし、2005年1月に終わった。取材ものを月一で連載をするのは初めての経験だった。毎月、人と会い、話をきき、行動をともにし、原稿をまとめる作業は、ちょっと(いや、かなり)たいへんだった。しかし、訓練だと思って続けた。なんのための訓練かというと、私のひそかな夢のためだ。

その夢について少しだけ書く。私は本書に書いたような文章を新聞紙面に載せたいと思っている。アメリカのコラムニストのような仕事をしたいのだ。新聞の隅っこに載っていて、朝食を食べながら読んだ人がふとコーヒーカップを宙に止めるような文章。そしてその文章が心に残り、その日一日人に対してやさしい気持ちになるようなもの。

私がつけ加えるべきことは、もう残っていないように思う。一度読んでみてください、と言うだけかな。以下は蛇足。

語る人が、語ったことで、一歩でも、半歩でも前に進んでいるだろう、と感じられる文章が多い。上原は決して、相手に対して同情的だったり、思い入れを深くしたり、批判的だったりしないようにしている。しているけれども、上原が、好感を持っているのか、共感できずにいるのかなど、感じている気持ちは文章を通して伝わってくる。上原が書き取るのは、語る人の人生のほんの一部だ。終わった人生でもなければ、、生い立ちから調べつくされた人生でもない。ほんの一部、それも人生の真っ最中の本人の語る話。そんなほんの一瞬の接点から、教訓や結論が出てくるはずがない。上原は、そこで聞いた、見た話を、上原の感性のフィルターを通してそこに書く。それは、なかなかまねのできないことだろうと思う。上原自身が試されるからだ。上原の感性が、語り手からも、読者からも信用されなければ成り立たないからだ。

誰もが懸命に生きている。どんな人にも、その人にしか生きられない人生がある。上原の文章は、いつもそれをこちらに伝えてくる。

(ほぼ同様の文章をbk1に投稿。このごろ、投稿した後に、改行などの調整ができないから、投稿する前と、投稿後の文字配置が違っているので、非常に不便。結果的にとても見づらい字配りになっているのが困るなあ)

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コメント

TBさせていただきました。
上原さんの描く人々の姿には心打たれるものがありますよね。
次回作が楽しみです。

投稿: さかみち | 2005年6月 1日 (水) 09:49

>さかみちさん はじめまして

ひとごとには思えない、地続きの感じがありますよね。
一般的には幸せとは言えない人たちの、こだわりや悲しみ、そして底力のようなものが伝わってきますね。

上原隆は、こんなに多くの人の人生と共振して、受け取る一方で、つらくないのかなぁと思ったりします。それとも、話し手と聞き手の間には、相互のカウンセリング作用が働いているのでしょうか。

投稿: とみきち | 2005年6月 1日 (水) 10:04

そうですね。
話し手が話すことで癒されると同時に聞き手も聞くことで自分を見つめなおしている印象を受けます。
ただ、それが出来るのは上原隆氏が確立した自己を持っているからではないでしょうか。
「自分」を持っているからこそ主観的にも客観的にも人の人生を見つめることが出来るのだと思います。

投稿: さかみち | 2005年6月 3日 (金) 01:53

>さかみちさん

こんにちは。

確立した自己を持っている、という表現から感じられる
かっちりとした感じ、不動の視点というよりは
自分自身を一つの価値観にしばりつけないことによって
相対的な存在となっているような印象を私は受けました。

「客観的にも主観的にも」という点には、大いに
共感しますね~。

『雨の日と月曜日は』のエッセイも近々読む予定です。

投稿: とみきち | 2005年6月 3日 (金) 12:31

>とみきちさん

また、書き込みに来ちゃいました。
確かに作者は「自分自身を一つの価値観にしばりつけない」ことによって他人の人生と共振していると思います。
「確立した自己」というより「相対的な存在」の方が上原隆氏を表現するのには相応しいですね。
『雨の日と月曜日は』というエッセイがあるんですね。
知りませんでした。私も探して読んでみようと思います。

投稿: さかみち | 2005年6月 4日 (土) 21:09

>さかみちさん こんばんは。

「確立した自己を持っているから」とさかみちさんが
書かれたとき、ご自身と引き比べる気持ちがあったのかな
と想像しました。そして、その気持ちもよくわかるな、
って思いました。

投稿: とみきち | 2005年6月 5日 (日) 00:38

はじめまして。上原隆さん検索でたどり着きました。
自分もヤフーですがブログを書いています。
過去にエッセイ集を全国出版したこともあるのですが、
そのときのテーマが上原さんの世界と通ずるものが
ある感じで(オコガマシイですが…)、貴殿の記事やコメント
にも感銘を受けています!
自然体で生きることの難しさと素晴らしさを
今後も模索していきたいです。
何処かの雑誌に上原さんが
「コロッケパン」について書かれていて、
涙が止まらず、思わずブログ記事にしています。
よろしければ遊びに来てください。
http://blogs.yahoo.co.jp/ontakarin55

投稿: スペクトルオンタカ | 2006年3月 8日 (水) 16:32

>スペクトルオンタカさん(合ってるかな?)

はじめまして。
ようこそいらっしゃいました。

上原隆は何ものかに縛られることを嫌い、それと引き換えに鎧やかっちりとした足場を失うことも辞さない人、という感じがします。正直に生きている人を見つけて話を聞くことを、自身の力にしているのでしょうか。

現代の映し鏡的な作業でもあると思いますから、これからも書いていってほしいと思っています。

ところでブログ拝見しました。ヤフーのブログということでアバターが載っていた(笑)。

エッセイ集を出されたんですね。すばらしいです。書くのがご本職ではなくて、ですか?

またいらしてくださいね。お勧めの本などがありましたら教えてください。

投稿: とみきち | 2006年3月 8日 (水) 18:01

上原隆さんの本を読みました。
何か読んでいるとノンフィクションエッセイなのに、不思議にノスタルジックな気持ちになって、落ち着くんですよね。
友が皆我より偉く見える日は、喜びは悲しみのあとに、いい本でした。
ほろりとさせられるエッセイでした。

投稿: カナリア | 2006年5月 1日 (月) 21:36

>カナリアさん

はじめまして。
コメントありがとうございました。

読んでいて落ち着くというのは、きっと波長が合うのでしょうね。世の中には何かを鼓舞してくれるような本もあるし、気持ちを落ち着かせてくれる本もあるし。気に入った本に出会えると得した気持ちになりますね。

投稿: とみきち | 2006年5月 2日 (火) 15:01

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