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2005年5月 7日 (土)

『日本の心を語る』 平山郁夫

日本の心を語る
平山 郁夫
中央公論新社 (2005.3)
通常24時間以内に発送します。

平易な文章で、日本人であることの誇りとあるべき姿を語る本。画家としてだけでなく、文化財保護、国際支援における役割を果たし続ける著者の語る言葉であるだけに、一言ひとことの重みを感じる。死語になりつつある「徳」という言葉を読んで、はっとさせられる。こんな年長者がもっと多くいて、若い人たちに心をこめて語りかけていくことが必要なのだろう。実践と信念を兼ね備えた人の言葉は、奇をてらう必要などみじんもなく、淡々と、しかしぶれがなく、私たちに真っ直ぐ届く。

第一章 幼少年時代/第二章 私の生活信条/第三章 子供を育てるということ/第四章 日本文化の成り立ち/第五章 文化の継承と武士道/第六章 争いを超えて

第五章、第六章、あとがき、このあたりが本書の白眉であるが、著者の主張をより深く理解するためには、第一章から第三章までの、著者自身の生い立ちを含めた、考え方の基礎を読む必要がある。

第五章より

宮本武蔵ではありませんが、人間性をともなわない剣術は「殺人剣」に過ぎず、武道ではありません。武道は「活かす」ことに意味がある。自分を守るためではなく、人を活かすためにある。「道」とは倫理観であり、それを極めようとすることが人間修養なのです。

武士道とはまさに武士階級の道徳的あり方を律してきた価値体系です。責任をとる、嘘をつかない、人を誹らない、名誉を重んじる……。そうした価値観を叩き込む思想です。

現代の日本人は武士道の価値観を失ってしまったかに見えます。

西洋人の合理的な個人主義の背景には、キリスト教があります。ところが現代の個人主義の背景には、それはありません。しかも武士道の価値観が失われ、責任をともわなない利己主義だけが横行している。

目新しいことは全く述べられていない。だから陳腐ということは決してない。著者には、「文化財赤十字」運動を提唱し、例えば20年の内戦で人心の荒廃したカンボジアで、現地の人と協力して文化の修復を進めている等々の実績があるからである。「文化財を修復しようと思ったら、同時に、生きた現地の人をも救わなければならない」との信念のもと、日本人だけが修復をするのでなく、現地の人たちにかかわってもらい、自分たちの文化に対する誇りを自覚してもらおうとしている。そうした実績と体験のなかからつむぎ出された言葉、信念なのである。

著者の頭には、「文化国家」日本という将来のイメージがある。それは、これまでの日本の歴史や文化を十二分に学び、砂漠を描き、現地の人たちとの交流を育んできたなかで、アジア圏のなかの日本という認識を体得した著者の、日本の目指すべき方向はこれしかない、という確かな信念のようだ。自分たちの世代で達成できなければ、次の世代に託せばよい。「連続性」が日本文化の最大の特徴だから、と著者は考えている。

このような人物とボランティア活動等のなかで巡り会えた若者がいれば、その心に灯った火は消えることがないだろう、と思う。実践して、若者を導き、夢と誇りを与える年長者との巡り合いが、その若者の人生を決めることがある。

上記を少々短くして、bk1に書評を投稿いたしました。

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