« 『椿山課長の七日間』 浅田次郎 | トップページ | 『古本夜話』 出久根達郎 »

2005年6月10日 (金)

『夜のピクニック』 恩田陸

夜のピクニック
恩田 陸 / 恩田 陸著
新潮社 (2004.7)
通常2~3日以内に発送します。

あろうことか、恩田陸の作品をこれまで読んだことがなかった。チャンスがなかっただけのことだけれど。本作品は、第2回本屋大賞受賞作品になったせいもあって、小説の簡単な筋や、本作を書くにあたり、作者が実際に舞台となる場所を歩いてみたことなど、さまざまな事前知識が入っていた。とはいえ、そういう周辺事実を知っていたとしても、恩田陸とはどういう文章を書く作家なのか、がわかるわけではない。

舞台設定は、修学旅行のかわりに毎年行われる全校行事、朝8時に出発して、仮眠の2時間以外を歩き通す夜間歩行の2日間。主人公は、西脇融(とおる)と甲田貴子。彼らの関係を軸に、それぞれに親しい友人達が、歩き、語る、思い出に深く刻み込まれる時間を描く。

他の数ある作品がどうなのかわからないが、恩田陸は、人物を描くときに、割合ストレートに「こういう人だ」と書くタイプだな、という印象をまず受けた。読者に想像させる余地を残さない。そして、物語の展開はスムーズで、如才ない。例えば貴子は、親友の遊佐美和子について、こう評している。

こういう、きちんとした「真っ当な」女の子を見ていると、人間、持って生まれたものがそれぞれ違うのだなと貴子はいつも思う。美和子は老舗の和菓子屋の娘で、今日び死語になりかかっている大和撫子。お茶、お花は言うに及ばず(…後略…)

このようにして、次々と、主なる登場人物が紹介され、それぞれの性格や、クラスでの位置どりなどが的確に説明される。さて、高校三年の最後の夜間歩行を通して、これらの主人公達は何を考え、何に気づき、最後はどうなっていくのか、お楽しみ~、という具合である。

それぞれの登場人物には十代の不安定さはあまりなく、むしろ人を見る目がシャープで、人との距離感もコミュニケーションも上手にとれるような、非常にしっかりとした、勘のいい子ばかりが登場する印象。時間とともにいや増す疲労の中、「ほんとうは誰が好きなのか」といった高校生にとって不変のテーマを中心に、本音を探り合ったり、大事な友達に隠し事をしていることを後ろめたく思ったり、心の中で小さな賭けをしていたり、揺れる心の描写の細かさやリアリティは見事。

夕方から夜になる描写、真夜中に歩いている気持ちの高揚ぶりなど、リズムが伝わってくる。途中、全くだれることなく、(歩いている彼らは疲れてきっていても)読者にとって、小説は小気味よく展開していく。

時間の感覚というのは、本当に不思議だ。

あとで振り返ると一瞬なのに、その時はこんなにも長い。一メートル歩くだけでも泣きたくなるのに、あんなに長い距離の移動が全部繋がっていて、同じ一分一秒の連続だったということが信じられない。

それは、ひょっとするとこの一日だけではないのかもしれない。

丸一日の経験が、時間の、世界の普遍性につながる描写がいい。

まるで、水平線が世界の裂け目であるかのようだった。障子か何かがそこだけ薄くなっていて、向こう側の世界の光が漏れてきているみたいだ。

しかし、上下から夜が攻めてきていた。少し視線を上げ下げすれば、漆黒の夜と波が水平線目指して押し寄せているのが分かる。今、あの水平線だけが、昼の最後の牙城なのだ。

こんな風景があるなんて。

貴子は見逃すまいとその光景を見つめていた。

あそこに誰かがいる。誰かがあそこで待っている。

そんな気がしてならなかった。

高校生最後の行事に込めるそれぞれの思い。それを理解して見守る友。なんだかあまりにもでき過ぎた彼らの言動が、少々気恥ずかしい。アメリカ在住の友人、杏奈、それから、融の親友、戸田忍がとても良い。そして、時間が永遠ではないこと、自分の周りには、自分が思っているよりももっと大きな心や力が働いていること等を知って、成長する彼らの姿が、全編を通して爽やかな印象であった。読みやすく、受け入れられやすい佳作。でも、やっぱり高校生としては、人間ができ過ぎかな。

|

« 『椿山課長の七日間』 浅田次郎 | トップページ | 『古本夜話』 出久根達郎 »

コメント

とみきちさん、ごぶさたでございます。
いつのまにやら、もう8月。月日が経つのは早いですねぇ。

私はこの作品を読んで、小学校から高校まで必ずクラスに一人はいた、妙に大人な同級生のことを思い出してしまいましたよ。私はどっちかというと、「従妹のためと思った行為でかえって従妹を傷つける」みたいなおバカな子供だったので、こういう「美男美女が自分たちの繊細さに悩む」といった話は別世界をのぞき見ているようで面白かったです。(さらに言うなら、どっちかっつうと、角田光代がよく取り上げている、だめだめ君の話の方が苦手です。どうせ読むなら、山田の悩みより、花輪君の悩みを読みたい。)

投稿: ぶーやん | 2005年8月 3日 (水) 16:16

>ぶーやんさん

あれまあ、ほんとにお久しぶりです。こんにちは。

>どっちかっつうと、角田光代がよく取り上げている、だめだめ君の話の方が苦手です。どうせ読むなら、山田の悩みより、花輪君の悩みを読みたい。

自分をどこに置いて読むかは、ほんとに人それぞれですね。最近私は、自分に引きつけて読むことができない小説が増えてきたました。多分年齢のせい。

だからなのか、しかしと言うべきなのか、あまりバランスが良いものは、読んでも仕方ないなぁ、と思ったりします。

一方的におかしな人とか、心の弱い人とか、そういうほうが好き、かな。これは好みですよね。

ぶーやんさんは、ご自分の好き嫌いやスタンスというものについて、自覚的なんだなぁ、といつも思います。

投稿: とみきち | 2005年8月 4日 (木) 14:46

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 『夜のピクニック』 恩田陸:

» [読書編]僕の歩行器は八十キロは無理です。 [千人印の歩行器(walking gentleman)]
<恥ずかしい読書…>のエントリーで紀伊国屋の現役書店員達が選ぶ小説で栄えある“キノベス2004”を紹介し、ベスト一位は恩田陸さんの『夜のピクニック』だったのですが、今日、図書館に寄ったら入荷していました。貸出票を見ると人気の程を納得しましたが、いざ、ページを捲ると、期待に膨らんだオヤジの脳内がちょっと、フリーズした感じになりました。恐らくぼくの脳内がリフレッシュしていないのでしょう。前日のカキコで特に小説のレビューの困難さを書きましたが、この小説はエンターティメントの分類に入るのでしょうが、いわば、... [続きを読む]

受信: 2005年6月11日 (土) 18:37

» 夜のピクニック(恩田陸) 出来杉くんたちの悩み大相談会!&貴乃花はアレだな [title]
●夜のピクニック(恩田陸)読了。 修学旅行のかわりに全校生徒が徹夜で80キロを歩 [続きを読む]

受信: 2005年7月 5日 (火) 14:39

» 小夜子のピクニック [屋上者の島へ]
旅に出たときやカフェで休憩しているときなどに絵葉書を書いて投函してくれる友人が何人かいる。ときおり郵便受けに届く、知らない土地の匂いや知らない時間の匂いがとても好きだ。 いただいたそんな絵葉書の1枚に、恩田陸の本のことが書かれていた。差出人はかつて私と同じ町で高校生活を送ったことのある人。 「恩田陸の『夜のピクニック』を読んで、サマンサさんの高校みたいな話だと思っていたら、本当にそうだったんですね」 先日、本屋さんでふとその言葉を思い出して恩田陸の本を探してみた。ところが、肝心のタイト... [続きを読む]

受信: 2005年9月 9日 (金) 13:36

» 「夜のピクニック」試写会-恩田陸原作 [バンパク!]
クラッシュって映画の試写会って聞いて行ってみたら、恩田陸原作の今秋放映予定の「夜のピクニック」でした。原作は何度か名前を聞いていたのですが、六番目の小夜子と同系列の話な雰囲気なのがちょっと不安でしたが・・・... [続きを読む]

受信: 2006年2月 9日 (木) 03:28

» 夜のピクニック [本を読もう]
青春学園モノのストーリーは、読む側の年齢や学校の雰囲気によって感じ方が大きく変わって、さまざまな反応があるのがおもしろいところ。 作品に似た雰囲気を体験した人にとってはそうだ!これ!っと昔の思い出がどわっとでてきてノスタルジーの世界に浸れるだろうし、そうでなければ少女漫画のような設定が鼻につくと思います。... [続きを読む]

受信: 2007年4月14日 (土) 08:26

« 『椿山課長の七日間』 浅田次郎 | トップページ | 『古本夜話』 出久根達郎 »