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2005年9月26日 (月)

『河岸忘日抄』 堀江敏幸

河岸忘日抄
河岸忘日抄
posted with 簡単リンクくん at 2005. 9.26
堀江 敏幸著
新潮社 (2005.2)
通常2-3日以内に発送します。

大好きなたぐいの小説の一つ。『いつか王子駅で』と同じテイストながら、同じところにとどまってはいるわけではなかった。ためらい、逡巡、迷いが同様に描かれているが、ここでの「彼」は一歩先に行っている。人生の荒波にしっかりと分け入っている。ためらう時間を、意識的につくり出し、そのあとの人生を見つめようとしている。どちらかといえば、これから自分の進むべき道、第一歩を見つけようとする逡巡であった『王子駅』とは、そこが違っているだろう。そして、気になるのは、何度か言及される「妹の死」である。結局「命の芯」という言葉が象徴的に語られただけで、「彼」の心の中でどのようなおさまりをつけたのか、わからないままになっている。

さて、下記の文章をbk1に久々に投稿した。書き尽くせたとは言えないのだが。

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 のっけから『いつか王子駅で』の再来かと思うような堀江節。息の長い文章といい、唐突な状況説明といい、段落の終わりにふと配された言葉をきっかけに、まったく別の時間に起きたストーリーが展開する構造といい。
 「あれもこれも、ぜんぶ好きに使ってくれたまえ」と持ち主に言われて、フランスのとある河岸に停泊中の船に暮らすことになる主人公「彼」は、「河岸でぼんやり日を忘れるという自身が課した仕事」を淡々と重ねていく。それは、物理的な時間の流れに支配されず、自分の内面の時間に身を任せて生きる日々である。
 船に移り住む数日前に購入した文庫本、ブッツァーティ作の『K』。中に描かれる化け物みたいな鮫「K」と、つきまとう「K」の意図を誤解した末に生涯を閉じるステファノ少年の影は、彼の心に住み着き、生活の一部となる。その作品だけでなく他の書物の一節や、自身の遠い過去、近い過去へと意識は自在に往来し、そのときどきの内省が綴られていく。これもまた、『いつか王子駅で』の手法と同じである。
 自己の内部の時間に身を任せて暮らしていても、その内省の日々はときに、極めて日常的な事柄によって均衡を破られ、物理的な区切りをつけられる。トナー切れを示すファクスの赤ランプの点滅や、自転車でやってくる郵便配達夫、フランス滞在資格取得の手続き等である。出来事とは言えないほどの出来事が、彼にとっては一つの事件である。
 忘日の日々はそもそも、自身の人生に「踊り場」を意識的に設けるものである。河の向こう岸に踏み出すまでの「ためらい」の時間をつくり出し、自分をそこに押し込める。迷いながら漂い続ける彼の立ち位置を、ファクスでのやりとりを通じて理解を示し、相対化する役目の人物、日本にいる枕木さんという年長の友人もまた、次に踏み出す一歩に迷っている存在だ。
 人生の機微をあらわすために選び抜かれた言葉の数々に触れるたび、作家がその言葉を選んだときの気持ちを思う。「命の芯」「並列型と直列型」「まっとうさ」「生活臭」「適切に沈む」等々。言葉が言葉を呼び、比喩が連想を呼ぶ。人間が言葉を使って考え、感じて生きる生き物であることを、しみじみと思う。そして、「踊り場」を自らつくり出すのは、次の一歩を踏み出すことよりも、大きな勇気と決断を伴う作業なのではないか、と思う。静かに心にしみ入る小説である。

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コメント

ねー、よかったでしょ!
これはいいですよねぇ。

この作品についていろんな人と語りあいたい、じっと噛みしめたいという気持ちになりますね。

作家の知性の高さを感じさせる作品です。清々しいですね。

投稿: ピピ | 2005年9月26日 (月) 21:42

>ピピ姫さん

うん、うん、とっても良かったです! ピピ姫さんのブログで、あっ、こんな本が出てたんだっけ!と教えてもらって読んだのでした。感謝です!!

投稿: とみきち | 2005年9月26日 (月) 21:48

再び >ピピ姫さん

ピピさんのブログにTBしようと思ったのですが、ピピさんのおうちで迷子になっちゃって、エントリーが探せませんでした。過去の記事を探す仕組みって、何かありますか。

投稿: とみきち | 2005年9月26日 (月) 22:31

過去のエントリーを探す方法は二つ。

読書関係だとわかっているなら、左側のCATEGOLIESから「読書」を選んでいただければいいのですが、これだと読み込むのに時間がかかるから、てっとり早いのは、左下に「ブログ内検索」というプラグインがありますから、その下(ちょっと空白が大きくて間延びしてますが)にある検索窓に「河岸忘日抄」と打ち込んでいただければ検索結果がでます。

投稿: ピピ | 2005年9月27日 (火) 00:06

>ピピさん

ありがとうございました。
無事に目的エントリーにたどりつき、コメント&TBできました。デザインがさっぱりしていたせいか、検索窓が目に入らなかったみたいです。

投稿: とみきち | 2005年9月27日 (火) 01:22

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