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2006年3月30日 (木)

『放哉評伝』 村上護

放哉評伝
放哉評伝
posted with 簡単リンクくん at 2006. 3.30
村上 護著
春陽堂書店 (2002.10)
通常2-3日以内に発送します。

本書の中で注目されるのは、一般的に流布されている放哉像の一つひとつについて、研究者というスタンスから再確認することを怠らない点である。一例として、放哉の人生を決めたのは、従姉妹との結婚話の破綻である、とする説に対する疑問を呈していることが挙げられる。

また、放哉の会社勤務のいいかげんぶりについても、次のように書いている。

放哉の句作への熱情は、なかなか理解できる質のものでない。もともと会社員として適応できないところから出発しているのだから、会社で受け容れられるはずもなかった。とすれば、会社とは生きがいを得る場所でなく、生活の資をかせぐところ。ことに俳句に熱中しはじめからは徹底していたようで、無駄がなかった。その一つは出退社の時間で、当時の同僚は後にこう語っている。

「平生は無口でして、ほとんど無駄口をきかぬほどです。会社に出て来るのがたいがい十時、帰るのは三時ごろ(笑)この時間は非常に几帳面だった。契約課の仕事は各支店、支部から申込書が郵送されてきますから、その書類の整理は野沢さんの係で、よりわけてお昼までに決定を課長の判できめなければならぬ。従って十時よりもおそくは出られないわけです。十時前に来ても仕事にはまだ早いのだから、無駄のない時間を使っていらっしゃったといってもいいでしょう。午後は何かの決済の判をおすとさっさと帰られた。その点は非常に時間が正確でした(笑)」

この証言によって、放哉の勤めぶりが鮮明になる。ただ自堕落なための遅刻と早退とは違うのだ。立派に機能を果たしている。いかに東大出だからといって、学歴だけで契約課長には抜擢されまい。大阪支店の勤務では失敗したから、係長から平社員に格下げになっている。それを回復して、再び契約課長になったのは大正五年。そして大正七年には内務部契約課長に昇進。大正十年には契約課長兼財務部調査役、ときに三十六歳の若さであった。

このように放哉は最初からつまずいた人生を送っていた人間ではないと本書は書いている。むしろ自らすすんでそこから転がり落ちてしまった人間なのではないか、という印象が私にもある。世俗的な成功では満たされない、幸せになれない、もっと違うものを求めてやまない心があったのだと感じる。現世的な幸福は放哉にとっての幸福ではなかったことは、東大時代の同級生たちの「俗人ぶり」を嘆く言葉からも伺える。

放哉は、日頃は本当に物を言わないおとなしい性格であるのに、酒を飲むと世の中を罵倒し、相手を罵倒する。そして生涯に書いた手紙の数は膨大な数にのぼり、またそれが饒舌で、ウイットに富んだ飄逸で面白いものなのだ。

著者は、文章、俳句、物事の捉え方、すべてに通じて放哉を読み解く独特の価値観をあらわすキーワードとして「呼吸の面白さ」を挙げている。もう少し的確な表現があったらと思わないでもないが、この視点は著者ならではの独自のもので、なるほどと思わされる。

あとがきより

山頭火の場合は、私の若き日の放浪途上で発見した俳人であった。放哉は終焉地である小豆島で庵を得たとき、喜んで「之デモウ外ニ動カナイデ死ナレル」の句を作り、どこにも出歩かない。その坐せる放哉に親しみがもてなくて、これまでは敬遠気味。だけどこの傲岸とも見える男にも人知れぬ哀しみがあり、孤絶の世界に入るまでにはそれなりの理由があった。これが俳句のリズムに現れていて、稀有のすばらしさに気づいたわけだ。それに放哉書簡のユニークさ、こんな手紙を書く日本人がほかにいたかという驚き。

ここには著者の本音が現れていると思う。山頭火というのは、自分とは無関係な人としては非常に親しみの持てる人物だと思うし、ある種キャラクタライズしやすいところがあるとも思う。好き勝手をやった俗人。だけれど聖なるところを持っている、子どものような大人、というイメージ。聖と俗の同居、という甘いイメージにまとめやすいかもしれない。放哉のこの人を寄せ付けない生き方は、山頭火の対極にある。そもそも彼は「俗」を嫌っていたのだから。

吉村昭の著書と本書を読めば、放哉という人物がどういう人間でどういうふうに生きたのか、というイメージはしっかりとでき上がると思う。

本書はいまや入手が難しいが、春陽堂文庫になっており、それはいまでも手に入る。

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