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2006年3月30日 (木)

『尾崎放哉 ひとりを生きる』 石寒太

尾崎放哉
尾崎放哉
posted with 簡単リンクくん at 2006. 3.30
石 寒太著
北溟社 (2003.1)
通常1-3週間以内に発送します。

本書には、俳人で山頭火の研究家、金子兜太の文章が引用されている。ここに孫引きする。

山頭火は、言いかえれば現実的に不安定でありながら、同時に執着も強く、悪くいえば俗物的なのであり、生粋に内向的に、唯心的にはなり得なかったのだ。放哉はまったく内に籠って「咳をしても一人」であり、山頭火は外への関心とともにあって、「鴉啼いてわたしも一人」だったのだ。

山頭火と放哉を比較して、次のように著者は書く。

二人とも同じように孤独な放浪をつづけているが、放哉の句は暗く陰鬱である。山頭火は、野放図に明るい。山頭火も自殺を図ったことが何回もある。が、気がつくと雨に打たれ、飲んだカルモチン(催眠剤)が土に吐き出されていた。そして、次の朝は、前夜の自殺未遂がまるでうそのように、また、明るく陽気に旅をつづけるのである。また、放哉は海が大好きだった、と冒頭に書いた。山頭火の方は山が大好きだった。山の句が多い。こんなところにも、二人の差がはっきりとあらわれている。好みも山頭火は夏、放哉は冬の俳人である。

村上護の著書に比べると、かなり典型的、表面的な区分けであると言える。自殺未遂を図った翌日に明るく陽気に旅をつづける、というのは違っている。両者の生き様を表面的に見れば似ているが、内面は全く違っている、というのは確かに言えると思うが、このような粗雑な分け方はどうなのだろうか。

本書のすぐれた部分は、上記のような評伝部分ではなくむしろ、俳句の鑑賞編である。評伝部分に材料として用いられている手紙や文章は、その取捨選択があまりにも村上護の『放哉評伝』と酷似している点が非常に気にかかる。参考にさせていただいた、というレベルではない。一次資料を著者が読んで、その重要性を感じて紹介している、とは思えない。明らかに孫引き的な形でさまざまな資料を用い、放哉像を描いている。この点を考えると、本書を一冊の書物としてお勧めすることがためらわれるのだが。

鑑賞編を一部ご紹介。

一日物云はず蝶の影さす

須磨寺時代、大正13年、放哉が、大師堂の堂守をしていたころの句。きょうは、参詣する人もいず、終日お堂の中に坐りこんで、外を眺めている。「一日物云はず」静かにしていると、ふと、日のあたっている障子に、ちらちらする影がみえる。よくみると蝶である。蝶の影を発見したことで、よけいに静けさが増し、孤独感が深まってくる。写生がよく効いた、開眼の句。

障子しめきつて淋しさをみたす

大正14年、須磨寺時代の句。堂守をしている大師堂。その堂の障子を閉める。ひとりぼっちの放哉がいる。日暮れである。外が見える間はいいが、障子をしめきると、外界から閉ざされ、よけいに淋しさがつのってくる。「みたす」とは、いっぱいにひろがってくるのである。「みちる」のではなく、「みたす」のである。この、「みたす」という能動の形にしたところに、放哉の意志が働いている。

どっさり春の終りの雪ふり

大正15年、小豆島時代の作。春の終わりの雪は、名残り雪である。春の雪は淡雪で、あたたかくなりはじめているのに、おどろくほど、どっさりふる雪である。もう、これで雪は終わり、春はそこまで来ている。病臥し、動くこともできない放哉にとっては、春が来るということは、心からうれしい安らぐことなのである。「どっさり」という春の大雪の量感が、それをよく伝えている。

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