« 『ツレがうつになりまして。』 細川貂々 | トップページ | 『我が愛する詩人の伝記』 室生犀星 »

2006年8月 4日 (金)

『文体練習』 レーモン・クノー

文体練習
文体練習
posted with 簡単リンクくん at 2006. 8. 4
レーモン・クノー著 / 朝比奈 弘治訳
朝日出版社 (1996.10)
通常2-3日以内に発送します。

下手な読み物よりも百倍面白いこと請け合いです。400字詰め原稿用紙一枚にも満たない長さの、つまらないある出来事が「メモ」として最初に提示される。そのメモの内容が98通りものスタイルで書き換えられて一冊を成している本なのである。それだけといえばそれだけだが、そのしつこさ、エスプリ、教養の広さは横綱級。言葉遊びのおもしろさが存分に楽しめます。どのページを開いてもくすくす笑えます。反芻して楽しめます。翻訳がまたすばらしい。ある意味では新しい創作でもある、挑戦的な翻訳です。

さて、問題です。次の35番目の「語音消失」のセクションでは、単語の頭の音が一音抜けています。あなたはそれをすべて埋めることができますか。抜けている文字は、本書では空白になっていますが、ここでは仮に□で表わしてみます。

わたしは□とで□っぱいの□スにのった。□スの□には□びが□るで□リンの□うに□がい□かものが□た。□んだ□ざり紐を□けた□うしを□ぶっている。□かものは□なりの□ょう客に□んくを□い□じめた。□とびとが□り□りする□びに□しを□んづけると□うのだ。□れから□きが□とつ□いたので□わてて□わりに□った。

という具合。ここに出てくる□すべてに、確信を持って文字を入れられるかどうか、それには日本語が得意かどうかとか、教養があるとかないとか、そんなことは全く関係ないのです。関係あるのは、この話を知っているかどうか、ただそれだけ。1のメモから始まり、このセクションに至るまでの32篇をすでに読んでいる読者は、この話のディテールがいやというほど頭に入っています。だから、何の苦労もなく□の中を補ってすらすら読むことが可能なのです。

このセクションを読んだ瞬間、私は自分の職業であるテープ起こしを思いました。テープ起こしというのは、録音された音を聞いて、それを文字に書き起こす(いまはPCのワープロソフトで打ちこむ)作業です。耳がいいかどうか、知識があるかどうかということも、良い仕事をするための条件ではありますが、内容の正確性を本当に担保するのは、その内容を知っているかどうかである、ということを、本書のセクション33によって証明することができます。

人は、話を聞くとき、文章を読むとき、「一音一音を聞いている」のでもなく、「一文字一文字を目で追っている」のでもなく、内容を予想しながら、話を聞き、文章を読んでいるのです。内容を知っていれば、その音が一部欠けていようが、文字が一部抜けていようが、全体の意味を把握するのに何の支障もありません。

テープ起こしに引き寄せて、上記の例を一つ挙げましたが、これ以外にも、やたらと感嘆符ばかりつけている文章があったり、「荘重体」と称して、重々しさをはるかに超えて、ばかげているほど丁寧過ぎて、面白くも何ともない、つまらないちょっとした日常のひとこまが、読んでもいったい何が起きたのか全く理解できないほど難解な描写になってしまう例が示されています。

また、「気取り」という題の文章は、気恥ずかしいほど麗々しく飾り立てた詩的な形容詞を連続させて、その文体とこれほどそぐわないものはないというほどつまらない出来事を描写します。「念には念を」と題するセクションは、文章の中にしつこくしつこく同じ表現を重ねるだけでなく、セクションの番号も念には念を入れて、3つ、そのページのノンブルもご丁寧に3つ縦に重ねて印刷しています。

遊び心もここまでくれば芸術品。このしつこさはジョイスを彷彿させます。退屈しのぎにもよいし、知的刺激もたっぷり。倦怠期のご夫婦に、「ちょっとここ読んでみて」と話題提供もしてくれるかもしれません(笑)。

|

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21746/11266539

この記事へのトラックバック一覧です: 『文体練習』 レーモン・クノー:

コメント

<相互リンク依頼>
 はじめまして。
 この度、大変充実した貴サイトを拝見させていただき、ぜひとも相互リンクしたいと思い、ご連絡させていただきました。
 当サイトから貴サイトへのリンクは、http://dpfrst.seesaa.net/category/1589043-1.html に設置済みです。
 どうぞよろしくお願いします。
(メールアドレスがわからなかったので、コメント欄に書かせていただきました。)

投稿: けんじ | 2006年8月 8日 (火) 09:37

>けんじさん

はじめまして。リンクしてくださってありがとうございました。「相互リンク」の定義がよくわからないのですが、けんじさんの「本の館」を「よく見るページ」に入れさせていただきますね。バナーについては遠慮させていただいているので、そのようにご了承ください。

投稿: とみきち | 2006年8月 9日 (水) 01:29

 ありがとうございます。m(__)m

投稿: けんじ | 2006年8月 9日 (水) 10:43

とみきちさん こんにちは
面白そうだったのでさっそく読んでみました。作者の思いつきもさることながら、翻訳がすばらしいと思いました。
原文の「ギリシア語法」を訳しようがないので、「枕草子」の文体を使うというセンスが最高です。清少納言がこのバスに乗っていたら、ぜったいにこんな風に書きそうですから。
大爆笑だったのは「イギリス人のために」。最初に読んだときは「なんじゃこりゃ」と思って読み飛ばしたのですが、解説を見て声に出して読んでみると、ほんとに英語なまりの日本語に聞こえるんですもん。速く読んだ方がよりそれらしく聞こえるので何回も読んじゃいました。

投稿: ぶーやん | 2006年9月 3日 (日) 17:23

>ぶーやんさん

楽しんでいただけて嬉しいです~。そうそう、翻訳がチャレンジングなんです。というか、そもそも翻訳は無理でしょう、という感じ。私の引用したものだって、消えている文字は、日本語に翻訳してから、訳者が最初の文字なら最初の文字を隠しているわけですしね。

候文もかなりおかしかったし、五言絶句とか七言律詩みたいなものも、かなりの程度創作ですよね。

クノーも、訳者も、負けず劣らず、相当にしつこい性格かと(笑)。一度さらっと読むだけでなく、何度も読み返して味わうことのできる、スルメのような一冊ですよね。

投稿: とみきち | 2006年9月 3日 (日) 22:08

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)