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2006年12月27日 (水)

『回想の室生犀星』 田辺徹

第一に、著者は、犀星と深い交わりがあった。犀星の故郷金沢の幼な友達であり、文芸仲間であった田辺孝次の息子であり、著者自身も父の亡きあと、東京で犀星の家に住み込み、世話になった経緯がある。第二に、著者は、京都大学哲学科で美術史を専攻し、芸術に対する深い造詣をもちあわせている。第三に、質の高い文章によって著わされている。

評伝がすばらしいものになるための条件は、描かれている人物がすばらしい、著者の描写力等々がすばらしい、著者の人間把握力がすばらしい、等さまざまに挙げられるが、本書はどの条件をも満たしていると言える。褒めすぎと思われる方は、ぜひご一読いただきたい。

犀星は『我が愛する詩人の伝記』で、珠玉の追悼記を書いた。そして犀星の文章は、追悼の文学、と言われた。その犀星自身は、本書によって最高の追悼をしてもらったと言える。犀星への思慕、深い愛情をたたえる著者は、犀星の文学を、生い立ちを、そして日常の姿を、感情の偏りや高ぶりを見せずに、犀星を真に理解した人間として描いている。

本書に描かれたエピソードから、一見不可解でシュールな印象さえ受ける犀星の作品を理解するヒントが随所にちりばめられている。

午前中の仕事がうまく片付くと、大森駅近くの喫茶店へ連れていってくれた。壁を背にして座ると、紅茶を頼んで、タバコを一本取り出す。午後のお客は女性が多く(…中略…)犀星はいつも女の客を見ている。大柄で豊かな女を見ると楽しそうだったが、少し暗い、陰のある女を見つけると、身体じゅうが空想でいっぱいになるのが、横に座っていても感じられた。画家のセザンヌならモティーフ(制作の動機・題材)を見つけた、というところだろうか。

「テーブルの下の脚を見ているのはいいな。若い人の足はみんなきれいだ。どんな女だって花の咲くときはあるからな。しかし、奥さんの足で色気のあるのは少ないね」とまたタバコに火をつける。

しかし、喫茶店にいるとき、私はひどく気を張っていた。「あの人の指輪はなんだろう、ちょっと高価すぎる。アイスクリームを食べにくる指輪じゃない。何者かな、まだ若いね」と私の顔を見る。「君、あそこの人は目に疲れが残っているね。女は髪にも疲れが出るものなんだ」と言う。こういうとき、私が指輪の値段や目の疲れに気が付いていないと大変だ。犀星はたちまち顔を赤くすると、横の椅子の背をつかんで、いまにも立ち上がりそうになる。そして、「文士なんて嫌なものだ。まっぴるまから、女のことばかり気にしている。こういうのを役立たずというのだ、余計者だ。君ももう分ったろう」と容赦なくたたみかけてくる。

このシーンを読むと、『随筆女ひと』のような作品の輪郭が、よりくっきりと明解な形をとるように感じる。また、日常生活の中で、女性に対する一つの美意識をもち、観察力を働かせ、常に周囲にそれを説明する様子は、犀星の娘、室生朝子著の『晩年の父犀星』にも、随所に描かれている。周囲の人間は、犀星からの難しい要求に応えるべく、緊張し、なんとかうまく応えて犀星を喜ばせようとして、右往左往することになるのだ。

著者は、犀星の文人ならではの難しさを知りながらも、本当に心から親しみを感じている。著者にとって犀星は、父の幼友達であるよりも前に、言葉の魔術の人であったという。戦後、犀星の家を初めて訪ねたときの描写は、青年であった著者のみずみずしい気持ちが感じ取れるよい文章である。

初めて馬込のお宅を訪ねると、犀星その人が座っていた。そこは純日本風の庭に向かってガラス窓のある障子を閉じた部屋で、きれいに磨かれた小さな書き物机と大きな真鍮の火鉢を前にして、茶色の着物を着た犀星が、背中をシャンと伸ばしていた。機嫌良く相好を崩している犀星がすすめるままに、九谷焼の茶碗で上等のお茶を何ばいも飲んだ。

(…中略…)

なんだかそこはお茶人の家のようで、かねて見慣れているその人の句集や随筆集の古風な装幀にぴったりの雰囲気だった。しかし、私の好きな詩、ことさら印象に残っているその二行、

   魚はかたみに青き眼をあげ

   噴きあげに打たれかなしむ

と歌った詩人は、私の頭の中では、なにか、もっと西洋風な部屋にいる人のはずだったのだ。その日の第一印象は強烈だった。「青き魚を釣る人」の犀星は、もうとっくに年をとっていたのだろうか。それから長い年月が経った今、その日のことを思い出すと、自分がことさら子供じみて見える。

犀星が愛したものは、庭、石、虫、焼き物などさまざまあるが、著者はその一つひとつを取り上げて、犀星の心象風景を語る。また、犀星が家族思いであったこと、生まれ育った家庭が不遇であったこと、しかし、ちまたで言われているほどに犀星の養母が鬼のような人ではなかったことなど、丁寧に、しかし、研究者とは全く違う温かな視点で、犀星の一生を見つめている。

読むほどに、犀星という人の奥深さと魅力を感じ、著者の犀星への思慕に胸打たれる。『我が愛する詩人の伝記』と並び、私が今年読んだ本の中の最高の作品。

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