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2007年3月 5日 (月)

『巨魁 岸信介研究』 岩川隆

私が読んだのは、1982年10月15日初刷の徳間文庫。作品自体は、1977年11月、ダイヤモンド社より刊行されたもの。そして、元の原稿は、1975年秋から1976年夏にかけて月刊『現代』に連載されたもの。書かれてから30年経っている。筑摩書房から2006年に文庫化されたのは、岸信介の孫、安倍総理誕生をにらんでのことであろう。

まずは、エピローグに著者がまとめた岸信介像をご紹介。

……天才にして卓抜した商工官僚、知識人(インテリ)にして類いまれな分析力を持つ現実主義者(リアリスト)、政治家というよりは実業人、大いなる俯瞰者、陽気なお喋り、名よりも実をとる、感情に流されず筋を通す、機を見るに敏……一見矛盾するもろもろも要素を八十余歳の壮んな躰に具現する岸信介は、まさにめったに現れぬ歴史の“怪物”である。戦前に“北欧の妖怪”といわれたかれは、戦後の占領時代ののちに、“死に体の亡霊”のごとくよみがえって総理の座に君臨し、引退後のいまは文字どおり“巨魁”と呼ぶにふさわしい存在となった。岸信介三変化のうち、巨魁と化していく最後の過程はなお詳細に、冷静に分析されなければならないだろう。

歴史読み物としても、評伝としても面白い。岩川隆は、具体的なトピックを選び、そこで評伝の対象人物が、どのような考えのもとにどのような行動をとり、それをどのように自己評価しているか、そして、それは近しい周囲の目から見て、また世の中からはどのような評価を受けているか、といったことを丹念に積み上げながら、人物像、性格、能力などを複合的に描き出していく。ある一つの単純な人物像ですべてを説明しようとはせず、あるときは対象人物に寄り添ってルーペで子細に拡大して描き、あるときは大きな時代の流れの中の小さな点として対象人物を描く。

歴史研究者ではないので、その歴史的な評価が正しいのかどうかといった観点で読めば、さまざまな問題があるのだろうと思う。しかし、岩川は、一人の人物を、その風貌から声、性格や存在感、匂いまで描き切る、その点で本当に面白い評伝書きだと思う。本書から(その能力さえあれば)幾らでも大河ドラマが書けそうである。やはり書かれた人物が、異様で、巨大で、複雑であればあるほど、評伝は面白い。単純な一色で説明できるような政治家の評伝が面白くなるはずがない。岸という人物が、時代や役割によってどのように変わったのか、その部分を、書き手はいろいろに想像し、独自の人物像をつくるのである。

さまざまなエピソード(真実か否かの判断はおくとして)があるなかで、一つご紹介。

女婿の安倍晋太郎の話によると、岸は総理になったあとで、「ちょっと(総理になるのが)早すぎたかな」と洩らすときがあったという。政界に入ってから五年目に総理大臣の座についたのだから異例の出世である。会社でいえば入社した平社員が、三年で専務となり五年後には社長に昇進したようなものである。岸としては得意である半面、弱体の岸派を思い、政界に基盤の薄いことが不安でもあったろう。総理になったからには長期政権にもっていきたい。安保条約を通してから小選挙区制を確立して、ついで憲法を改定するという路線が予想されていた。岸政権が強力に推しすすめたものとして私などはすぐに「警職法改正」と「安保条約改定」を思う。どちらも悪法として猛烈な反対運動をひきおこした治安立法である。

そのころ安倍晋太郎はまだ新聞記者の感覚が抜けきらぬ首相秘書官であったが、義父の岸が警職法に手を染めるのをみていて、「あまり治安立法的なものはやらないほうがいいのではないですか。専門の経済問題で勝負したほうがいいのではないですか」と、口をはさんだことがある。そのとき岸信介は、「総理大臣とはそういうものではない。経済は官僚がやってもできる。それで問題を生じたら正してやればいいのだ。しかし総理大臣であるからには、外交や治安にこそ力を入れなければならない」とこたえたそうである。

ここには岸信介が商工官僚から総理大臣となったときの気負いが感じられる。総理大臣は単なる経済官僚ではないのだ。そうでないところを発揮してみせるという意欲が感じられる。

さて、現在の安倍首相はどうだろう。

アマゾンのレビューのなかに次のような評価を見つけた。

末尾に猪瀬直樹氏の解説が載っており、戦後のジャーナリズム・アカデミズムのなかでの岸評価の流れとでもいうべきものが概観されている。それによれば、本書は、A級戦犯容疑者や安保改定のステロタイプなイメージの呪縛から岸信介像を解き放ち、再評価のキッカケを作った本であるようだ。その意味では、自由に岸信介を論じる端緒となった意義はあるのかもしれない。

だが、本書がなにか新しい岸像を提示していたのかというと疑問が残る。たしかに雑誌ライター出身の著者らしく、その時々の新聞記事などに載った関係者の証言などをかなり多く引用し、それなりに時代の雰囲気を伝えているし、著者の岸イメージが揺れ動くあたりが面白くはあるのだが、それにしても新聞記事や関係者の回顧談などのツギハギ以上のものはあまり無いように思う。

(…中略…)

猪瀬氏の言にもあるように、近年は様々な関係者への聞き取り調査に基づいた、原彬久教授によるまとまった岸評伝(『岸信介』岩波新書)が出版され、アカデミックな立場からではあるが一般向けにも岸の多様性が解き明かされるようになったし、その原氏の評伝のもとになった、岸本人への長時間インタビューが原氏自身の解説つきで出版(『岸信介証言録』毎日新聞社)されるに及んで、岸研究はかなり深まってきたといえる。今のところ原氏の業績なしには岸は語れない。またとくに日米関係にかんしていえば、坂元一哉氏の著書(『日米同盟の絆』有斐閣)が欠かせないだろう。これから岸について何がしかを知りたいと思われる読者は、これらを読まれるといいと思う。

ということなので、原彬久の上記2冊も読んでみる予定。

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投稿: つき指 | 2008年4月26日 (土) 20:09

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