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2007年6月

2007年6月30日 (土)

『沈黙博物館』 小川洋子

本書の紹介あるいは感想を書くのは、とても難しい作業です。説明すると、ストーリーや舞台設定を語らねばならないのですが、そうすると、読む楽しみを奪うことになってしまうからなのです。読む楽しみを奪わないように細心の注意を払いながら、断片的な紹介を試みてみます。

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2007年6月25日 (月)

『海』 小川洋子

粒の揃った短編集です。小川洋子は短編が巧いです、本当に。雰囲気だけを描いてわかってもらおうとしていません。しっかりとした情景描写に裏打ちされているので、短い文章でもくっきりと映像が目に浮かびます。そして、そこにはお話がきちんとあるのです。

口の聴けない少女も出てくるし、コミュニケーションが成立しない老人も出てきます。生い立ちが恵まれていないティーンエイジャーが出てきます。何かの障害を抱えた人も出てきます。でも、小川洋子の作品の登場人物たちは、自分が置かれた境遇に疑問や不満を感じません。与えられた状況に、何の偏見も先入観ももたずに、自分の持てる力を最大限動員して対処しようとします。その自然さ、素直さ、しなやかさに、心が洗われる気持ちがするのです。

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2007年6月21日 (木)

『ホテル・アイリス』 小川洋子

1996年発刊の長編。幻冬舎文庫の紹介文によれば、「私の仕える肉体は醜ければ醜いほどいい。乱暴に操られるただの肉の塊となった時、ようやくその奥から純粋な快感がしみ出してくる。芥川賞作家が描く少女と老人の純愛、究極のエロティシズム」とある。

未読の人に、この程度の字数で、どんな作品かを伝えようとすると、私が書いてもこういうことになるかな。

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2007年6月16日 (土)

『偶然の祝福』 小川洋子

現在、最も文学的な小説を書ける作家、なのではないか、と私は思っている。「文学的」という言葉の定義を学術的にできるわけはないのだけれど。ひさしぶりに読むと、文学の世界に遊ばせてもらった満足感が得られるのだ。今のようにメジャーになるずーっと前、デビュー作品の頃から読んでいた。周囲に勧めても、万人受けする作品でなかったこと、私自身が若かったので、勧める相手も必然的に若かったこともあり、作品全体に漂う病的な感じがあまり好まれなかったのかもしれない。バブルの時代で、この内省的で硬質な筆致、そして死や喪失の匂いに包まれた作品は、時代に合っていなかったということも言えるだろう。

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2007年6月10日 (日)

『加賀金沢 故郷を辞す』 室生犀星

講談社文芸文庫の現代日本のエッセイシリーズの一冊。19篇のエッセイ所収は内容盛りだくさんであるのに、現在は手に入らない様子。残念である。その初出の年を見ると、最も古い「秋情記」は大正12年9月に「改造」に掲載されたもの。そして、最も新しいものは昭和36年11月に日本経済新聞に掲載された「私の履歴書」である。犀星は明治22(1989)年に生まれ、昭和37(1962)年に73歳で亡くなっている。

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『沖で待つ』 絲山秋子

久しぶりに絲山秋子を読んだ。同時代性が強く、等身大の女性が主人公になっていることが多い絲山作品、本書には、芥川賞受賞作である表題作と、もう一篇「勤労感謝の日」が入っていて、両作品とも現代における企業での労働の意味のようなものを一つのテーマとしている。

何かの拍子に社会の枠組みからほんの少しずれてしまった人の、正直で、要領が悪い泣き笑いのような人生を、絲山はよく我が事として書いている。そこが共感を呼ぶのだろうと思う。決して勝ち組の側に立たず、何かの組織の力も、家族のコネもない、よるべなく、ときに情けない個人のおろおろとしたさまを描くのだ。

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