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2007年7月24日 (火)

『淳之介流―やわらかい約束』 村松友視

第一章 吉行淳之介とは何者? の一部を引用します。

タイトルの「淳之介流」の「流」の意味はもちろん流儀をあらわしているが、吉行淳之介の口癖に「流れ」というのがあった。「そこから先は流れで」と、決めごとに不慮の事態によってぶれが生じたときに使う、常套句といってよいセリフだ。相手の出方が読めぬとき、そのケースのこなし方をあらかじめ決めず、その場の流れにしたがって行動するという感覚でもある。

 これは一見、受動的に思えて、実はなかなかの才気、センス、度胸、胆力、膂力、体力、エネルギーを必要とするところで、このあたりにも吉行淳之介的な振幅が垣間見える。

中央公論社で文芸誌「海」の編集者として、昭和45年に著者は吉行淳之介担当になった。そこから話は始まる。編集者としてつき合った吉行に、野坂昭如との対談の依頼をしたときに、体調の良くない吉行が「じゃあその対談のはなし、やわらかい約束にしておこうか」と答えたという。それが、本書のサブタイトルになっている。やがて村松は、吉行の本質とこの「やわらかい約束」とが「強い糸でつながっている」と気づくのである。

評伝であるから、それから吉行の生い立ちを、吉行自身が書いた文章を頼りに繙いていく。あれこれの文章を本当に細かく集めてきて、その時代その時代の吉行のちょっと普通でない横顔を紹介してくれる。ほんの一握りの作品や事件から結論を出すようなことをせず、さまざまな資料やエピソードを集めてきて、そこからその人のスタイルを浮かび上がらせる村松らしさは、本書にも見られるところだ。

しかし、評伝の名手にしては腰が引けている感じがして、読んでいて歯がゆいのである。エピソードの紹介、そして簡単な解説を繰り返すだけで、突っ込んだ村松ならではの表現がないまま、吉行の人生のうちの、村松が栞を挟んだ部分だけが飛び飛びに紹介されていく、といった趣である。

それでも、吉行が37歳のとき、芥川賞作家となって7年が過ぎたときに書かれた「私にも生きる場があった……」というエッセイは、吉行の人生を知ろうとしたときに読んでおく必要のある一文だろう。解説は不要と言ってもいいかもしれない。

戦争が終わるまでに、私は五十ばかりの詩と三十枚ほどの散文詩風のものを二つ描いた。軍国主義全盛のときに、耽美的で虚無的傾向の詩を書くことは、意義のあるような気持になった。それに、手本のない自己流の詩を書くことは、ユニークなものを創造しているような気持を起こさせた。であるから、戦争が終わったとき、戦争中に書きためたものを活字にして発表したいと、なにより先にそうおもった。(…中略…)しかし、しだいに冷静になった頭で、もう一と読み返してみると、どうやらそういうものではない、と分った。それに、いままで反発し嘲笑し、精神の緊張を引き起こすタネとなっていたものが、敗戦と同時にあっけなく雲散霧消してしまった。

そこで、私は困った。しかし、こうなっては、乗りかかった舟である。どんな世の中になっても(詩人や作家が爪はじきされず、それどころかアコガレの眼で見られたりする世の中、というほどの意味であるが)、詩人とか作家は、やはり追い詰められ、追い込まれて、そういうものになってしまうのが本筋ではあるまいか、と私はおもう。人生が仕立おろしのセビロのように、しっかり身に合う人間にとっては、文学は必要ではないし、必要でないことは、むしろ自慢してよいことだ。

こうして、吉行の人生に栞を挟み、そのページをちらと示すだけで進んでいく評伝も、終盤の第十章の「暗室」前後、第十一章の「夕暮れまで」の完結の章になると、俄然、村松的な洞察力が光り始める。吉行という人間を描くとなると、敬愛の気持ちが先に立ち、また生前に結んでいた関係性が邪魔をして、客観性のあるようなないような、中途半端な立ち位置から書く羽目になっていたのが、作家としての吉行が、三島由紀夫をどう意識していたか、『暗室』での谷崎潤一郎賞受賞がどのような影響を与えたかという分析を始めると、ようやく村松の筆は冴え始める。編集者、そして作家として文壇の中を見ていた著者ならではの、そして吉行という人の性質を皮膚感覚として感じていた著者ならではの洞察が開陳されている。

故人に対するオマージュとして結晶する村松評伝が、また一つ増えた。

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「今、なぜ吉行淳之介なのか?」。本の帯には以下のようにあります。性を通して人間の本質を追究し、文壇の第一線をた作家・吉行淳之介。ダンディズムの奥底にあるしたたかな色気と知られざる魅力。その作品と人物像の行間を炙り出す渾身の書き下ろし! 村松友視の... [続きを読む]

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