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2007年8月

2007年8月20日 (月)

『黙読の山』 荒川洋治

おなじみ、みすず書房のシリーズ第四弾です。第一弾『夜のある町で』の帯のキャッチコピーは「エッセイ革命」、第二弾『忘れられる過去』は「生きるために」、第三弾『世に出ないことば』は「ますます快調」(笑)。そして本書の帯は「いつだって真剣」。なかなかウマイなぁと思います。荒川さんは、そうです、いつだって真剣なんです。喧嘩腰だったりしますし、許せないものは徹底的にこき下ろします。

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2007年8月19日 (日)

『もののはずみ』 堀江敏幸

まことに贅沢な本です。35文字×29行=1015文字。400字詰め原稿用紙3枚にも満たないエッセイの集積。テーマは「多情心」。あとがきから引用いたしましょう。

こんながらくたばかり集めていったいなんの役に立つのか? 社会的には、もちろんなんの役にも立ちはしない。手に入れた「もの」をなにかに用立てようなどと考えた時点で、真の「物心」を失ったも同然だからである。

(中略)

実際に使っている「もの」も、見ているだけの「もの」も、特定の生活空間に呼び込まれてはじめて息を吹き返す。ずっとそこに置かれたままで力を発揮する場合あれば、あちこち移動し、隣りあうなにかとの関係のなかで、それまでの自分にはないあたらしい文脈を発見していく場合もある。彼らのしずかな変幻を見守ることも、「物心」のおおきなはたらきのひとつなのだ。つまり、「仏心」ならぬ「物心」とは、「もの」を買ったり愛でたりすることと、かならずしも一致しないのである。どんなにありふれた量産品でも、それが最新であった時代の役目を終え、廃棄されるかわりに生き延びようとするとき、他のだれかのもとではなくこの自分のところにやってくることになったいくつもの偶然の重なりと、そこに絡んでいた人と人とのつながりをこそ、「物心」あらんと欲する私たちは愛するわけで、もしかすると、「物」じたいより、背後にあるさまざまな「物」を語ることのほうを、物語のほうを大切にしているのかもしれないのである。

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2007年8月17日 (金)

『ダナエ』 藤原伊織

中編小説3編。『ダナエ』『まぼろしの虹』『水母(くらげ)』。粒ぞろいの傑作集です。

藤原伊織の描く主人公は、現代に生きる普通の人が多く、その意味では、命を賭して、肉体と頭をフルに活動させる探偵小説系ストーリーではないのだけれど、正真正銘のハード・ボイルドだと思う。ハード・ボイルドといえば、「やせ我慢」。現代においてはもはや死語に等しいこの言葉を思い出させてくれるのが藤原伊織なのである。

男の「やせ我慢」ほど色気のあるものはない、と私は思うのであります~。抑制、翳り、後悔、諦念。はぁ~~~。

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2007年8月12日 (日)

『杏っ子』 室生犀星

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犀星の自伝的長編小説。犀星自身とおぼしき小説家、平四郎の誕生から、平四郎の娘、杏子(杏っ子)と息子が結婚し、離婚するまでの物語。昭和31年11月から32年8月まで東京新聞に連載されたという。 時代と内容を考えると、ここまでのことをよく書くものだと、小説家の業というものに驚く。自分の人生の集大成としての自伝というときに、娘の結婚生活までがそこに含まれるところに、犀星・朝子(本名)という父娘の特別な結びつきが想像され、亡き犀星を偲んで朝子が書いたものの中に読み取れた、犀星への激しい愛情に納得がいくのであった。

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2007年8月11日 (土)

『文学問答』 河野多惠子・山田詠美

河野多惠子と山田詠美、30歳以上年の離れた二人の作家が、これほど互いに親近感を持っている関係だったとは知らなかった。

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