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2007年8月20日 (月)

『黙読の山』 荒川洋治

おなじみ、みすず書房のシリーズ第四弾です。第一弾『夜のある町で』の帯のキャッチコピーは「エッセイ革命」、第二弾『忘れられる過去』は「生きるために」、第三弾『世に出ないことば』は「ますます快調」(笑)。そして本書の帯は「いつだって真剣」。なかなかウマイなぁと思います。荒川さんは、そうです、いつだって真剣なんです。喧嘩腰だったりしますし、許せないものは徹底的にこき下ろします。

荒川本は、私たちがあまり知らないようなマイナーな作家や、地域の作家、それから小説以外の世界を紹介してくれることが多いのです。ですから、読後に、「これが読みたい」とか「このことをもっと深く知りたい」という感想を持つことも少なくありません。

本書のそれは、加納作次郎(1885-1941)という作家でした。加納作次郎作品の初めての文庫化、『世の中へ・乳の匂い』(2007年1月刊行・講談社文芸文庫)の解説文が、本書に収録されています。

その中の「世の中へ」の解説は次のような感じ。

人物の書き方も、かたよりがない。いい人もわるい人もいる。それぞれの姿をみせて人生を歩く人たちを、あたたかみのある文章でつづる。誰もがこの少年のように「世の中へ」の道を歩いた。不安な道を歩き、生きるつらさに、よろこびに気づいた。時代は変わっても一筋の道が、心のなかに見えることに変わりはないだろう。

平易な言葉で作品のたたずまいを伝える手腕は、ピカイチ。

「母」については、次のように。

「母」は、長い歳月をともにした「第二の母」への思い。母の昔話を聴く場面が楽しい。「昔あったとい。」と母が言うと、「聴いたわね。」と子供たちが応じる。それが昔語りを聴くときの作法らしい。「聴いたわね。」ということばは「もう聴いたから、知ってるよ。先へ行ってよ」かと最初ぼくは思った。そうではなく「そうですか、確かに聴きました」なのである。ぼくはこの「母」という短編を読みおえるときには、いつも「確かに、読みました」とつぶやきたい気持ちになる。

作品を紹介しつつ、読書の楽しみを知っている人ならではの文章がいいのです。

そうかと思うと、たまたま人の紹介であったある研究者との対話が、いかに一方的で心の通わないものだったか、という話を書いている「白鳥・内藤・桑原」というエッセイは辛辣です。その研究者は東洋史学、シルクロードの研究者だそうです。

そのあとぼくは西域史の先駆者を知りたくなった。Sさんは白鳥庫吉、内藤湖南、桑原隲蔵などの名を即座に挙げ、影響・敵対関係にもふれる。Sさんは、とても楽しそうだ。自分の専門の話ができて、気分がよかったのだろう。ぼくも勉強になった。ただ、シルクロードとは一体何か。本質的なことについてSさんはあまり話してくれない。専門家でないぼくが相手では意味がないと思ったのかもしれない。

こうして二時間、ほぼ一方的にSさんが話した。Sさんは最後に少しぼくのことをきいてくれた。でもそれほど熱心ではない。学問の外部にいる人にはあまり興味がないのだろう。

そして、このエッセイは次のように結ばれます。

「おや、おや、よく知ってますね。どうして?」とでも、言ってくれたら、ぼくは「いや、実はですね」と、まずしい話のひとつも、そこにまじえることができたかもしれない。そして話がふくらんでより楽しいものになったかもしれない。でもこの二人はだめだった。「交易」の兆しもみえないまま、シルクロードを語っていた。

よくあることです、本当に。相手が楽しいのかどうかということを一顧だにせずに語り続けることができる人っているんですね。その人にとっては、相手は誰でもいいのでしょう、自分の興味のある話を聞いてくれさえすれば。荒川さん、とても空しかったでしょうね。そして、とても怒っていますね。「いつだって真剣」なのですから。

もう一つ、文学全般について、特に詩について書くときの荒川さんは、最も真剣です。「文芸時評の百年」の中で、このように書いています。

時評の形式は変容した。月二回だったが二○年ほど前から月一回になるなど縮小の傾向にある。紙面に「孤島」のように浮かぶ。そんな感じだ。だが形式はどうあれ内容が萎縮してはならない。作家だけではなく批評家も。出版界とのかかわりが複雑になり、自由にものがいえなくなり、時評の魅力は半減した。文学でものがいえなくなったら終わりである。

小説は言語表現のひとつにすぎない。散文を知るだけではほんとうの「詩」は書けない。小説の読者はいる。詩歌の読者も若干いるが、どちらも読む人、関心をもつ人は見かけない。日本には「文学の読者」が少ないのだと思う。読者の世界をひろげ文学全体をうるおす。そんな時評を読みたい。楽しみたい。

ご意見番の荒川さんは健在です。

その他、大学院での授業の様子や、京都の高校に話をしに行ったときのエピソードなど、動く荒川さんの様子がわかるエッセイもあって、楽しめます。

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