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2007年9月17日 (月)

『シリウスの道(上・下)』 藤原伊織

封印した過去の出来事、そしてある思いを抱えて生きる、無頼な広告マン、辰村祐介、38歳のハードボイルド小説。ヘビースモーカー、ワンルームマンションに一人住まい、上司にもへつらわず、酒をかっくらってそのまま寝るので、よれよれのスーツ、酒臭い息で出勤する。しかし、同僚たちから一目置かれる男。

部長は、立花という40代には見えない美貌の女性。辰村と立花の、仕事上の信頼感と、微妙な男女の心の機微は、この小説のなかなか乙なデザートとなっている。

多くの困難が彼を取り巻く。基本は仕事上の困難なのだが、それがだんだんと辰村の過去とつながっていく。現在の仕事上で絡んでくる若者たち、出世や保身にいそしむ企業内の敵たち、そして、幼ななじみの勝哉と明子。情景を描きながら、人物のたたずまいを描写するのが抜群に巧い。

文庫本のあとがきは北上次郎。これが秀逸。

藤原伊織の男たちはいつも過去に生きているということだ。『テロリストのパラソル』の島村も、『てのひらの闇』の堀江も、そして本書の辰村も、みな過去に生きている。「いま」はどうでもいいのだ。いや、どうでもいいというのは言い過ぎだ。それなりに大切なものであり、「いま」の仕事仲間も彼にとっては愛しいものではあるのだが、しかしそこでは感情に蓋をして生きているということである。ところが過去に向き合った途端、その蓋が外れて生の感情が噴出するということだ。大切なものはすべて過去にある。彼らが死んだように生きているのは、現実などどうでもいいと思っているのは、そのためだ。

藤原伊織作品に限らず、ハードボイルドというのはそういうものだろうと思う。主人公たちは、決して真っ直ぐな熱い思いをたぎらせて、人や物事に立ちむかっていくことはしない。優しい関係からはできるだけ遠ざかろうとする。心の内を見せることを嫌う。未来に対して責任を持つことができない、と見極めているからだろう。にもかかわらず、筋の通らないことがまかり通ると、身体を張ってでも、自らの得になることは一つもないとわかっていても、不条理と闘ってしまうのである。失うものがない者、心に哀しみを抱いている者だけがとれる行動が、そこにはある。そして、それは美学、でもある。彼らは、心の中で思う女性がいても、関係を深めようとしない。彼らに思われる女性は、例外なく賢くて、その気持ちに気づかないことはない。彼女たちも、彼らを心の中で待ち望んでいる。しかし、ハードボイルド小説のお約束として、彼らと彼女らが結ばれることはない。その切なさが、そのやるせなさが、読者を魅了するのだ。

この作品が出たのと前後して、作者が癌であることが世に知れている。その後も執筆を続けたけれど、藤原伊織は今、この世にいない。

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