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2007年10月22日 (月)

『夫の右手 画家・香月泰男に寄り添って』 香月婦美子

「アトリエでのおしゃべり」

アトリエは、思い出深いところです。主人が亡くなりましてからも、毎日、朝夕の挨拶に、そして主人と話がしたくなるとアトリエに行きました。お墓よりもアトリエのほうが、主人がいるような感じがするのです。いまはそのアトリエも、主人の美術館に移築されました。移築を決心するまでは、とても寂しいような気持ちがしました。

主人が先生をしていたころは、学校から帰ってからが自分の絵の時間でしたから、毎日たいがい夜の二時ごろまで、アトリエで仕事をしていました。いちばん下の子がまだ小さかったでしたから、その子を寝かせて、家の用事がすみましてから、わたしもアトリエへ行って主人のうしろのほうに腰掛けて、主人の仕事を見ていました。そして子どものことやら、いろいろなことを、ぽつぽつとふたりしておしゃべりをしながら、主人は絵を描いていました。主人は話しながら描いてますけど、なにか決めることがあると、「ちょっと黙っちょけ」といって、考えています。そして決まったら、また自分からものをいいはじめました。

このようなトーンで、画家である夫の思い出話が綴られています。厳密にいえば、語りを起こしたものでしょうね。本書は1999年に発行されていますが、驚くのは、このとき既に婦美子さんは80歳を超えており、夫である泰男氏が亡くなって25年経っているということです。そのようなご高齢の方の、しかも死後それほどの年月が経った夫の追想とは到底思えぬほど、思い出はみずみずしく、慕う気持ちがあふれた本なのです。

香月泰男はシベリヤ・シリーズが有名です。『シベリヤ画集―香月泰男画集 (1971年)』。そして、立花隆が無名の頃、アトリエに通って話を聞き、香月泰男のゴーストライターとして出した本が『私のシベリヤ―香月泰男文集 (1984年)』です。そして、立花隆は年月を経て、『シベリア鎮魂歌 香月泰男の世界』を書きました。『私のシベリヤ』が読めます。

しかし、妻である婦美子さんにとっては、「さびしがりやで、ふざけてお酒ばかり飲んでいる主人」なのです。どんなときでも婦美子さんにそばに居てもらいたがり、外国にスケッチに行くときも一緒、PTAの会合に出かけても不機嫌になる人。子どもたちが独立していくと寂しくてしようがなくて、外国に行く前は、次男を東京のホテルに呼び、川の字になって寝ることを主張する夫。48歳で学校を依願退職して、絵に専念できるようになったら、家の土手の前をファッファッと行ったり来たり、幸せそうに歩いていた夫。海外に1カ月ほど滞在しているときは、家族から手紙が来ないと「まだ来んか、まだ来んか」と郵便受けを見に行く夫。

生活の中から夫を見つめ、子どものようなところも、本当に絵を描きたくて描きたくて仕方のない心情も、すべてを受け止めて、引き受けて、文字通り心から寄り添って歩んできたご夫婦だったことがわかります。泰男が寂しがりやで、家族に無理をしてでも自分の周りに居させようとするのも、子どもの頃に両親が離婚して、厳しい祖父に育てられ、親戚の世話になったりしたときに身に付いてしまった、「わしはいらん者じゃった」という気持ち、その孤独感が終生つきまとっていたせいだ、と言っています。

婦美子さんの言葉には、根元的に人を大切に思う心があらわれていると思います。

本書の随所に挿入されている、家族を描いた泰男の絵はとてもとてもすばらしいものです。手元に置いて、何度でもパラパラと読み返したくなる貴重な一冊です。

香月泰男美術館は山口県にあります(こちら)。本書を読み、ぜひ一度足を運びたいと心から思いました。

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