« 『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』 田中森一 | トップページ | 『荒地の恋』 ねじめ正一 »

2007年12月23日 (日)

『証言 村上正邦 我、国に裏切られようとも』 魚住昭

魚住昭によるノンフィクションにしては、内容が薄いし、切り込み方が厳しくありません。それには理由があります。

はじめにの中で、魚住は、村上正邦のインタビューの意図等について、次のように書いています。

インタビューの結果を公表するにあたり、私は彼の言葉を生の形で伝えることに徹し、余計な論評は極力差し控えることにした。言わずもがなのことだろうが、私と村上さんの国家観はかなり違う。歴史や戦後政治に対する考え方にも相当な開きがある。

もし、私がその違いにこだわれば、村上さんの口は重くなり、日本の右派勢力の実態を知るという当初の目的を果たせなくなる。二人の間の考え方の違いは違いとして、まずは村上さんの根底にある心情と論理を正確に把握しよう、相手を批判する前に理解しなければ、何も始まらないだろうと思った。

(中略)

私は私の問いに対して村上さんが語った言葉のなかで重要だと判断したものだけを書いている。途中で登場する関係者の証言もしかりである。

その意味では、この本は、私が私なりに解釈した村上像を描いたものだ。本来なら決して交差しないはずの語り手と聞き手が、たまたま遭遇して生まれた火花のようなものだと言ってもいいだろう。

ここに、魚住昭という人のジャーナリスト魂の一端を見ることができるように思う。そして、ほぼ一年間にわたるロングインタビューのあいだ、人間村上正邦に対して魚住はおそらく好感をもったのだろうと思われる。

思想的には立場を全く異にする、しかし、自身の人生を語るその人は人間的な魅力がある。そんな人物へのインタビューを本にするときに、何を優先し、どのように書くべきなのか。インタビューに込めた自身の目的を曖昧な形にせず明示し、インタビュイーである村上に対しておもねることもなく、そこをきちんと切り分けて読者に示しているのは、ジャーナリストとしての矜持のあらわれであろうと思う。

魚住は、以前の野中広務の取材のなかで、日本会議グループ、生長の家といった存在に突き当たり、日本の右派勢力について疑問を持っていたという。国旗・国歌法が成立し、教科書問題、従軍慰安婦問題などが取りざたされるなか、右派が政治の主導権を握るようになった背景を知りたい、というのが彼の村上インタビューの主な目的である。村上の人生に即していえば、筑豊炭田で生まれ、貧しい育ちのなか、労働運動のリーダーをしたような、むしろ左傾化してもおかしくない村上正邦が、なぜ、右派の代表的政治家になったのかを解き明かすことが、村上インタビューの主要なテーマとなる。

インタビューの結果、村上にはとりたてて右派という意識はない、というのが読後の印象である。村上の思想は、右派・左派といった切り分けとは別のところに存在しているのだ。例えば、生長の家についての話を聞くと、村上から聞ける話は、生長の家とはどういう組織なのかということではなく、谷口雅春はどれほどすばらしい人物で、どのような教えを受けたのか、といった話になる。そして、自分たちは谷口の教えを実現するべく、運動や言論を通して闘ってきたという話なのだ。人間・村上正邦を知りたいというのであれば、非常に面白く、感動的な話がいろいろ聞けている。しかし、そこには他者を説得するための思想的あるいは戦略的な論理が欠けているように思う。信念を語っているだけだとも言える。それは、魚住が批判的な視点から質問をせずに話を聞こうという姿勢を貫いたことと無縁ではないだろう。

「日本を守る会」と「日本を守る国民会議」が統合して「日本会議」ができた経緯についても語られているが、そこまで大きなグループが組織されたのかなにゆえ可能であったのか、そして、それはいかなる点でプラスあるいはマイナスの結果を生んだのかといった批評的な視点は明らかに欠落している。

「あとがきに代えて」のなかに、国家観についての二人のやりとりが掲載されている。

魚住 村上さんの生い立ちから今に至るまでずっと話をうかがってきて、村上さんが国家を愛していらっしゃることはわかりました。しかし、村上さんはその自らが愛する国家に裏切られたんじゃありませんか。

村上 うん……、国家とは目に見えない民族悠久の命を継承しており、国民の生活を守る、生命を守る、それが使命です。たとえば、年金問題で五千万件の記録が宙に浮いた。(中略)責任は社労庁の官僚にあるんだが、その追及を曖昧にしていないか、国家が果たすべき役割を放棄していないか、この点に私は非常に矛盾を観じます。年金問題はまさに金銭的な意味での国家犯罪です。

(中略)

魚住 村上さんは参院の実力者、ドンとして政治の責任を担ってこられた。そしてKSD事件で大変な思いをされてきた。だからこそ国家の正体を最もよくご存じのはずです。根幹が腐っていることが分かったいまでも、なお国家を愛しますか?

村上 私が愛する国家とは、魚住さんがおっしゃるような、官僚に支配された偽物の国家とは違うんです。

魚住 幻想の国家ですか?

村上 そうではありません。偽物の国家とは、国という字を見れば分かるように、王、即ち権力者を、官僚や軍が周囲を取り囲んで守っている。しかし、私が求めてやまぬ真実の日本国とは、万邦無比の邦(くに)、これを社稷(しゃしょく)と言ってもいい。つまり日本古来の共同体なんです。古来、日本人は政治とは、天の心と、人の心を祀り合わせること、つまり政(まつりごと)と考えてきました。神の御心にかなう政治こそ、日本人にとっての政治だったんです。相食むものなく、病むものなく、苦しむものなく、乏しきもののない、そのような邦を、この日本に実現するために、私は政治に命を懸けてきたんです。

このような思いで、村上自身は政治に取り組んできたという。しかし、1973年にKSD事件をめぐる受託収賄容疑で東京地検特捜部に逮捕され、一審、二審と有罪判決を受けた。拘置所での取り調べのなかで司法の腐敗というものに気づき、それを放置してきた政治家としての責任を痛感して、1%の可能性もないと知りながらも、最高裁に上告している。

東京地検特捜部の井内顕策副部長(現最高検検事)の取り調べにおける罵詈讒謗の数々についても述べている。国家権力の側にいた人が、一度このような立場に立たされたとき、国家に対する思いがどのように変化するのか、あるいはそれまでの自身の人生をどのように評価するのか。村上の場合は、あとがきに代えての中にあるように、自身の求める国家は理想の国家であり、現実の国家はそれとは違うとして、両者をあくまでも別物として捉えている。現実がいかにひどくても、理想の国家というものはあるのだと考えるとしたら、政治家失格、である。

権力の座にあるときに、どのような振る舞いをし、どのような責任を感じて生きているのかということこそが問題なのだ。権力から離れて、一人の人として人生を語るときに悪い人はいない。魚住がロングインタビューから切り出したのは、自分の描いてきた国家像が、余りにもかけ離れた国家の現実に木っ端みじんにうち砕かれてしまった村上正邦の姿だった。

|

« 『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』 田中森一 | トップページ | 『荒地の恋』 ねじめ正一 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/21746/17457067

この記事へのトラックバック一覧です: 『証言 村上正邦 我、国に裏切られようとも』 魚住昭:

« 『反転 闇社会の守護神と呼ばれて』 田中森一 | トップページ | 『荒地の恋』 ねじめ正一 »