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2007年12月23日 (日)

『荒地の恋』 ねじめ正一

「荒地」という詩史に集った仲間は、加島祥造、疋田寛吉、三好豊一郎、鮎川信夫。そして、本書の主人公、北村太郎と、太郎がその妻明子と恋愛関係に陥る田村隆一。これら実在の人物をモデルに書かれた小説ですが、ふとした心の動き、生活感、それぞれの抱える割り切れない思い、人と人の結びつきの温かさやつらさを丁寧に書き込んだ、見事な小説です。すばらしいです。ぜひ一読をお勧めします!!

北村太郎、53歳、妻一人、娘と息子あり。新聞社の校正係をやっている。そのほか、アルバイトでミステリーの翻訳をやったりしている。詩はほとんど書いていない。書きたい気持ちが湧き起こらない。

荒地の仲間、田村隆一とは15~6歳からの仲間だ。田村は、詩人仲間の中では王様のような存在。アル中に近い。淋しがり屋で、多くの人に囲まれていないと生きていられない。北村は、田村の妻、明子と恋に落ちる。その高揚感から、妻にそのことを話してしまう。妻は逆上する。それらの混乱のなかで、新聞社を早期退職する。一方、田村は北村と明子の関係を知る。北村は家を出て、明子と二人、アパートを借りる。

しかし、明子は田村から離れることができない。田村が住んでいる家は明子の家である。そこに若い女が入ってきて、家を荒らすだけ荒らす。明子は時々帰っては掃除をする。

北村は、明子とのことがあってから、詩が書けるようになる。若き頃、最初の妻と息子を海で亡くして以来、彼の人生は平凡な結婚生活の中に閉じ込められていた。幸せではあったが、詩の書ける生活ではなかった。離婚に応じない妻に、とりあえずは仕送りをするので、経済的にはカツカツ以下だが、北村は初めて詩人としての第二の人生をスタートしている。そして、田村は、明子のことがあっても、北村に「来いよ」と電話をしてくる。北村はそれを断れない。不思議な、いびつな三角関係が持続される。男二人に女一人であれば、女を巡る三角関係というのが普通だが、この場合は、異常な人格の田村がもつ磁石の引力に、北村も明子も搦め取られ、逃げることがかなわないといった三角関係なのである。

田村隆一は、例えばこのように描写されている。

「会って二回目。新宿の道草ってバーを出たときに、パッとこう振り返ってね。『僕と死ぬまで付き合ってくれませんか』って」

殺し文句である。田村の詩も、田村という人間も、もしかしたら田村の人生も、殺し文句で出来上がっている。そしてまた、殺し文句の詩人は女を殺すだけで愛さないのだった。言葉で女を殺して、うまいこと利用して、面倒臭くなったら逃げ出すのだ。殺し文句の詩人が大切にしているのは言葉だけである。言葉に較べたら、自分すらどうでもいいのである。

こういう表現がねじめはとてもうまい。北村の田村に対する批判とともに、田村への嫉妬が感じられる。それは同時に、自身も詩人であるねじめの嫉妬でもある。

明子は子どものようであった。頼りなく、無防備に見えた。北村は泣く明子を黙って見つめた。女はみな、このように泣くのか。このように泣くのが女なのか。切なさがこみ上げてきた。

明子は精神的に不安定で、精神科の処方する薬を飲んでいる。若い女がアル中のような田村を支え切れなくなって、明子に戻ってきてくれるように頼みに来る。明子は戻る。北村とは、男と女の関係ではなくなるが、それでも明子は、北村に精神の支えを求める。明子との関係はここから第二フェーズに入る。

作者ねじめ正一は、ここで北村に第三の人生を用意する。これが事実に基づいたことなのか、ねじめの創作なのか全くわからない。私には、ねじめの創作ではないかと思われるのだが……。北村は、若くして海で死んだ最初の妻に似た阿子という若い女性と恋に落ちる。まさに老いらくの恋。この恋に身を焦がし、命を燃やす北村を、ねじめは自身の願望も載せて描いているように思う。

今の北村にとって、詩とはすなわち阿子への手紙である。阿子へ傾ける感情である。今はそのことが大事だと、心の奥底の声が言う。週に一度が週に二度になり、毎日になって、ときには一日に二度阿子に手紙を書くこともあった。

阿子も北村の気持ちを受け止める。同時に、精神状態が悪化して、入院したり、自殺未遂をしたりする明子を、半ば家族のような気持ちで北村は受け止める。それをそっといたわるように見つめてくれる鮎川信夫がいる。このあたりの詩人仲間の心の深いところでの結びつきは、ぐっとくる。

そして、北村自身も病を得て、69歳で亡くなる。

本書の結末を読んだとき、見事に一本取られたことに気がついた。ねじめ正一は、北村を通して、詩人の魂に忠実な生き方を生き、老いらくの恋に熱を上げていただけではなかった。そこには自分を含め、老いた詩人を冷静に見つめる目があった。まいりました。

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ここまで書いたあと、初めてネットを検索して、ねじめ正一さんインタビューの記事を見つけました。(こちら) それを読むと、阿子も、ねじめ氏の創作ではなく、きちんと取材をし、しかも、ご本人たちの了承を得て、原稿を発表していたそうです。また、夫婦げんかの様子など、細やかで、リアルな描写は、北村太郎の詩をヒントに、彼の気持ちを想像しながら書いていったそうです。ねじめ氏が本書を通じて一番書きたかったテーマについても語られています。

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コメント

はじめまして。ともきち読書日記を楽しく読ませていただいてます。「荒地の恋」は、ひとからいただいて読みました。田村隆一のファンであることも読む機会でした。しかし、内容は、実在の名前で書いてあるのには驚きましたが、荒地の実在のメンバーなので、更に驚いてしまいましたが、あまりに真摯な北村太郎に惹かれてしまい、彼の作品を読んでいなかったので、取り寄せて読み漁ってます。この小説との符合する点も多々あります。なにかとても懐かしいのと裏腹に、泣けて泣けて仕方ない物語で、電車の中で、オヤジの自分が泣いているのを見られないように読みました。
時々、あなたのブログに寄らせていただきます。有難うございました。

投稿: キイトス | 2008年1月12日 (土) 01:44

>キイトスさん

はじめまして。
コメントをありがとうございました。

本書のファンの方とお話ができて嬉しいです。
私はキイトスさんと違って、荒地の詩人たちのことは名前しか知りませんでしたが、何か匂いがして(笑)、読んでみて、大正解でした!

いまさらながら、北村太郎、田村隆一、鮎川信夫の詩の一部をパラパラをめくって眺めたりしています。人の生き様にも、残された詩にも、「命」が込められているという印象を強くもちました。

神楽坂で素敵なお店をなさっているのですね。いつか、おじゃますることができたらと思います。
最近また更新が滞りがちですが、こちらにもぜひ、またお越しください。

投稿: とみきち | 2008年1月12日 (土) 02:29

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