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2008年3月 8日 (土)

『犬身』 松浦理英子

この著者の本を読むのは初めて。本書が発刊されて、幾つかの書評やインタビュー記事を読み、興味をもって読んでみた。2007年10月31日の朝日新聞のインタビュー記事は、著者の狙いも、ストーリーも、わかり過ぎるぐらいわかってしまうので興ざめだが、著者自身の言葉として、「性器結合中心の性愛から離れた形での関係性を考えたかった」という言葉が紹介されていて、納得。

前作『親指Pの修業時代』では、足の親指がペニスと化した女性を描いて、「性の通念に揺さぶりをかけた」のだという。本作は、種を超える世界に新境地を拓かんとしているわけである。

 主人公の房江、30歳は、学生時代からの友人、久喜と二人で、タウン誌『犬の眼』の編集をしている。犬が好きで好きでたまらず、「種同一性障害」と自身を名付けるほど。犬を見るだけでうっとり、にっこりしてしまう。また、犬も房江にとてもなつく。人間として犬が好きというよりは、魂の半分が犬だ、というほうが近いのかもしれない。

いろいろな出会いがあり、彼女は念願かなって、陶芸家である梓のもとで飼われる犬に変身させてもらう。幸せな犬生(けんせい)を全うできたら、狼人間である・朱尾(あけお)に魂を譲り渡すことと引き換えにした契約を交わして、犬にしてもらったのである。

犬になったフサは、梓に愛され、えも知れぬ至福を味わう。人間のときには感じられなかった愛情の芽生えを自覚し、また、人間の頃には感じることができなかった、愛されることへの自信も身につく。

もしかすると熱い触れ合いというのはこういうもののことなんだろうか、とじきにフサは思い当たった。梓とフサはお互いの伝える思いに反応し合い、触れ合いをどんどん濃密にしている。触れ合いそのものは簡単な動作だけれども、お互いに相手をたいせつだと、なくてはならないものだと言い交わしているかのような一生懸命さが、フサにはあるし梓の様子からも感じられる。込められる思いが強いせいか、触れ合いからこれまでにない感覚も生まれている。人間だった頃は、犬と人間の交わりはごく単純に楽しいものとしか思っていなかったフサは、梓との交わりがこんなにも深まったことに驚いていた。

犬になってから感じる、人間との密接な心の通い合いの描写が随所に登場するのは、前述の著者の意図のゆえん。フサは、言葉はしゃべれないが、頭は人間時代のままで残っている。朱尾と一種のテレパシーのような会話ができるため、フサが人間として感じること、考えることは、朱尾とのテレパシー上の会話として表現されるという構成になっている。

フサは、梓を取り巻く人間関係を観察する羽目になる。齋藤美奈子の評によれば、「……至福の生活がいつまでも続く、はずだった。が、家政婦ならぬ飼い犬は見た! 飼い主の女性一家の尋常ならざる家族の関係を、そしてあってはならぬ光景を見てしまったのである。ワンワンワンワンワン」。

犬と人間の心の通い合いを描くだけでは、小説は成り立たない。というわけで、合わせ鏡のように立ち現われてくるのが、醜い人間関係なのである。性愛関係あり、ねじれた家族の愛情あり、憎悪あり、一枚の壁を隔てての交流あり。ストーリーの運びはテンポよく飽きさせないので、長さの割にあっという間に読めるけど、梓の家族関係(特に、母親、兄とのねじれた関係)は、ちょっとばかり陳腐だったかな。フサと、狼人間・朱尾、それから梓の関係性については、会話にしても、日常的なちょっとした出来事にしてもとてもよく書けているだけに、残念な点ではありました。

肝心のテーマである“性愛を超える愛情”については、もっと深く切り込んでほしかったと思う。犬になる前の房江の悶々とした感じ、犬を見て癒される気持ち、人間に対してどうにも不感症的な自身の分析など、なかなか面白かったのだが、犬になってからは少し説明調になってしまったかもしれない。おそらく、フサの性格設定をもう少し変える必要があったのだろう。

何事にも執着せず、中性的でさっぱりした性格としたために、梓は、異常な世界に生きてきて、心をとざしがちであり、精神不安定になることもある割には、フサに求め、与える愛情が、安定したやわらかいものになってしまったように思う。梓とフサは一度もぶつかり合うことがない。梓がフサに感情をぶつけないのが不自然に思える。あるいは、人間同士の性愛を超える深く新しい結びつきにまでいっていないのかもしれない、ということか。犬の悲しさをあらわすことはできていたかもしれないが、人間と犬の結びつきという点ではややきれいごとで終わっていて、新しいものが提示できたかどうかといえば、やや疑問符がつくかもしれない。

本書の主人公が猫好きで、猫に変身する物語であったら、そもそも成り立たないストーリーであることは間違いないけれど。

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コメント

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投稿: つき指 | 2008年4月27日 (日) 00:24

性や生の通念に揺さぶりをかけ続ける?。

見方を変えると新たなものが見えてくるといいます
けど、良かったなぁと思うのは、ミスマッチが
解消されて本来の姿でいられる点でしょうか。
仮面かぶってるのは、苦しいですしね。

この間発売された『奇貨』は、一言で表すと
濃い・・・です。
こんなスゴイ世界があるとは思わなかったので、
ほかの作品も読んでみたいと思います。
しかし着眼点がすごかったり、問題提起する様な
作品を送り出せる松浦さんですが、
http://www.birthday-energy.co.jp
というサイトで、詳しく解説してるのを見つけました。

「哲学的で常識を軽く飛び越えてしまうような精神性」をお持ちだそうで。
それだけでは済まないみたいで、イロイロ複雑な性格みたいです。
そろそろ量産しつつ、新境地を開いて行ってほしいですね。

投稿: macha | 2012年12月 4日 (火) 11:05

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