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2008年10月18日 (土)

『寡黙なる巨人』 多田富雄 (第7回小林秀雄賞受賞)

『免疫の意味論』の著者で、世界的に著名な免疫学者である多田富雄が、2001年に脳梗塞で倒れた後、構音障害によって、音を発することができなくなり、右半身は麻痺し、嚥下障害も併発する、という重度の身体障害になった。幸いなことに、知能の損傷は全くなかったが、からだの多くの機能が損なわれたのである。しかし、著者は倒れて二ヶ月後、失った声を代替する表現手段としてワープロの操作を生まれて初めて習い始め、左手だけで一字ずつ打って文章を書き始める。リハビリを繰り返しながら、倒れた前後のことをエッセイとして発表するまでになり、以来、あちこちに書いたエッセイを集めて一冊の本にしたものが本書である。

リハビリのあり方を的確な目で見つめるその目は、科学者ならではの姿勢である。昔から文学少年であり、免疫学者でありながら、同時にお能を創作し、鼓の名手でもある著者の芸術への傾倒が、表現への渇望を生んでいる。感情が揺れ動き、死を思い、泣いてばかりいた時期があったことも綴られている。しかし、驚くべきは、著者が過去を振り返り、懐かしんだり、既に返らないものを求めて嘆いたり、我が身の不幸を呪ったりすることなく、現実を受け入れる勇気を持つまでのスピードである。周囲の、とりわけ内科医でもある奥様の献身的な支えがあったればこそだとは思うが、その前を向くエネルギーに畏敬の念を覚える。

本書には、著者がしみじみと述懐している重みのあるすばらしい表現があちこちに見られる。多様な表現で繰り返し語られているのが、生きることは苦しいことである。しかし、倒れてからのほうが、「生きている」という実感に満ちた日々である、という言葉だ。自らの意志で現在の自分のすべてを引き受けて、受け入れて、そして積極的に「生きる」、そういう日々を著者は送っている。この強さ、この勇気に、心を打たれずにいられようか。

タイトルの“寡黙な巨人”は、既に侵されてしまった脳神経は二度と回復しない。倒れる前の自分に戻ることはない。しかし、生命がある限り、体内には代替機能を生む力をもっている。自分の中に生まれつつある、これまでにはなかった“何か”の存在を感じ取ったときに、著者はそれを“巨人”と名付ける。その“巨人”を頼りに、今はできないことがまた少しずつできるようになるのではないか、という希望が胸にともるのだ。しかし、その巨人は、そうスピーディーに多くの能力を発揮するわけではない。倒れたあと最初に発表したエッセイのタイトルは、「鈍重な巨人」であった。そのエッセイを読んで、多くの読者から「勇気をもらった」という反応が来たことで、著者は、こんな自分でも人に勇気を与えられるなら、と、エッセイを書くことに大いに力を入れ始める。そして、“寡黙な”という形容詞は、構音障害のために、発語どころか発音も本当に思うに任せない状態をあらわしている。

そのとき私は死んでいたはずなのに、かりそめの執行猶予期間を生き延びただけと思っていたが、まもなく発作の日から満六年になる。あっという間の夢だったといっても、長い長い苦しみの堆積だったといっても、どちらも真実ではない。はっきりいえるのは、夢のような日々ではなかったことだ。私は真剣に、意識的に生き続けたと思う。そう、健康だったころよりも真剣に、充実して生きた。

発病直後は絶望に身を任せるばかりで、暇さえあれば死ぬことばかり考えていた。言葉を発することができないので、ただおろおろと、人のいうがままに動いていた。あのときすでに死んだのだから、日常は死で覆われていた。私は死人の目で世界を見ていた。後で考えれば得がたい経験だったが、そのときは絶望で何もかもが灰色だった。希望のかけらすらなかった。

これは、本書のあとがき「憂しと見し世ぞ――跋に代えて」の一部である。このあと、リハビリを始めて、もう一人の自分「新しい人」が生まれてきた。そして、その「新しい人」に希望を託して、リハビリを繰り返し、パソコン操作とトーキングエイドを使って、自分の意思を表現することができるようになった。いつか歩けるようになると思っていたが、前立腺癌が見つかり、その手術のためにリハビリを休んだことがきっかけで、自立歩行を諦めることになる。

生きることの意味が見つからずに悩んでいる人にも、病に苦しんでいる方にも、病に全く無縁な若い方にも、ぜひ一読をお薦めしたい一冊である。

このあと、著者の活動は社会・世界に向けて広がっていく。著者は、新しい命を得て、生きる意味を確実につかまえたのだと思う。一つの活動は、2006年に始まる診療報酬改定による、リハビリの打ち切りに対する抗議活動。もう一つは、原爆や戦争をテーマにした新作能の書き下ろしである。

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