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2009年2月

2009年2月18日 (水)

『謎とき「カラマーゾフの兄弟」』 江川卓

喝采を送ります! すばらしい! おもしろい! 読み終えたばかりの『カラマーゾフの兄弟』を再読したくなりました。亀山訳の文庫に含まれている、お得な読書ガイドや解題などにも、おおいに刺激を受けましたが、本書を読んで仰天。こんな本が書かれてしまったら、そして読んでしまったら、その後のカラマーゾフ研究は大変だったのではないでしょうか。驚きました。

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2009年2月16日 (月)

『カラマーゾフの兄弟』 ドストエフスキー(亀山郁夫訳)

話題の新訳。翻訳については、さまざまな意見が出ている様子。まず、新訳が出たということは、大変喜ばしいことだったと思う。おかげでドストエフスキイという作家の存在がクローズアップされることになったのだから。

しかし、光文社の新聞広告にある「新しい言葉で読み直すと、古典は現代文学になりました」というコピーはいただけない。現代文学であるか、古典であるかの違いは、「言葉の新しさ」によると言いたいのだろうか?  うすっぺらなコピー。普遍性のある作品が、時代と言葉と文化の違いを超えて残るのであって、「現代文学になる」のではありません。

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2009年2月14日 (土)

『バン・マリーへの手紙』 堀江敏幸

岩波の月刊誌『図書』に連載されたエッセイを単行本にまとめたもの。一篇6000字ぐらいだろうか。

この著者の作品を読むことはすなわち、エッセイ・小説・日記・学術的ノンフィクション・講義の境目が取り払われた世界に放り出され、著者の気分の赴くまま、書かれた文字だけを頼りにあてのない旅に連れ出されることである。

旅に出る目的はおそらくほとんどないが、旅に出るきっかけは必ずある。そして、それは常に偶然である。目的が定まっているときの著者は、義務感や気後れを身にまとい、いやいや出かけることになる。そしてその話が本来の目的を達成しました、と結ばれることは皆無で、何かの偶然が起きて、話は思わぬほうに展開していくことになる。これが堀江作品のお約束。読者は、この作品ではどこに連れて行かれるのだろうか? と思いながら読み進め、最後に、「ああ、ここにたどり着いたのか!」と思うこともあれば、「話がちょっと出来すぎじゃない?」と感じてしまうこともあるし、素敵な余韻のままで終わったときには、その余韻の豊かさに浸りながらしばらくぼんやりすることもある。

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2009年2月 9日 (月)

『石川くん ~啄木の短歌は、とんでもない!~』 枡野浩一

初出は、2001年5月から7月にかけて。インターネットの「ほぼ日刊イトイ新聞」に、現代の歌人、枡野浩一が、石川啄木の歌を現代語訳し、「石川くん」と呼びかける手紙を書く、という趣向で26回に渡って連載されたものです。それが2001年11月に「ほぼ日ブックス#006」として刊行され、さらに2007年に文庫化されました。

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2009年2月 7日 (土)

『「坊っちゃん」の時代』第三部「かの蒼空に」 関川夏央・谷口ジロー

さて、第三部はお待ちかね、借金大王・啄木石川一(はじめ)が登場。ときは明治41(1908)年であります。啄木は、北海道の友人、宮崎大四郎に母・妻・娘の世話を託して上京(それまでに既に借金だらけ)したのが、数えで23歳のとき。朝日新聞社の校正係として月給30円をもらう身となるも、その生活ときたら……。盛岡中学の先輩、金田一京助のもとに転がり込み、しかも、月給の前借りをした途端に放蕩して一夜にして蕩尽してしまう、といったことの繰り返し。

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『花葵 徳川邸おもいで話』 保科順子(ゆきこ)

仕事上の必要から本を読むことを読書と位置づけていないので、原則、読書日記には書かないことにしているが、本書は非常に面白く読めたので、例外的にご紹介。

著者、保科順子は、徳川宗家17代、家正の三女として大正8(1919)年に生まれた。徳川幕府は、15代将軍慶喜の大政奉還により終結したが、徳川家は存続している。将軍家である徳川宗家は、慶応4(1868)年5月24日に(明治改元は9月8日)、勅命により、ご三卿の一家、田安亀之助(6歳)が継承し、徳川家達(いえさと)と名乗ることになった。しかし、それは駿府(府中)70万石の藩主としてであったという。

新生「徳川宗家」は、明治から新たな徳川家を形成していくことになり、その舞台となったのが、千駄ヶ谷駅南側一帯の10万坪を超える敷地である。著者保科順子は、その新生徳川宗家初代の家達の孫に当たり、主に家達の妻の泰子(ひろこ・近衛忠房の長女、近衛文麿のおば)の薫陶を受けて育つ。タイトルの「花葵」とは、明治維新以後の新しい徳川家の女たちが用いる隠紋として、泰子が考案したものだという。

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2009年2月 2日 (月)

『「坊っちゃん」の時代』第二部「秋の舞姫」 関川夏央・谷口ジロー

第二巻の主人公は森林太郎(鴎外)。帝国陸軍一等軍医としてドイツに渡り、4年間を過ごし、明治21年に帰国したとき、26歳7カ月。エリスと結婚の約束をして戻るも、家の許しを得ることができず、エリスとの約束を果たすことができない。

会うことすらできない鴎外に代わって、精養軒に滞在中のエリスとの連絡係を務めたり、かかわったりするのが長谷川辰之助二葉亭四迷。

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