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2009年2月18日 (水)

『謎とき「カラマーゾフの兄弟」』 江川卓

喝采を送ります! すばらしい! おもしろい! 読み終えたばかりの『カラマーゾフの兄弟』を再読したくなりました。亀山訳の文庫に含まれている、お得な読書ガイドや解題などにも、おおいに刺激を受けましたが、本書を読んで仰天。こんな本が書かれてしまったら、そして読んでしまったら、その後のカラマーゾフ研究は大変だったのではないでしょうか。驚きました。

多くの資料や証拠に当たり、また、ロシア語、民謡、方言、歴史、宗教等々に関する深い知識を駆使して、ドストエフスキイが本作品を書くにあたってあたためていた構想と書かれなかったこと、伝えたかったこと、暗示されていることなどを一つひとつ説明していくその内容の緻密さは驚異的です。

しかし、私が心底感心したのは、それらがただの蘊蓄に終わっていないこと、なのでした。作家が、登場人物の名前や地名、独特の表現、一つの単語に込めたそれぞれの意図を推測していくことによって、作品に対する興味、作家に対する関心がいや増していくような書きぶりになっているのです。その探求は、作品を一つひとつの材料や要素に分解する方向にベクトルが向かうことはありません。語源を知り、言い回しの出典を探ることにより、そして、より正確により敏感にディテールに目配りすることにより、作品全体の総合的な理解を深める方向に向かっているのです。余りの面白さに一気に読み終えてしまいました。どんなことが書かれているかを簡潔に紹介するのは至難の業ですが、試しに目につくところを箇条書きにしてみました。

  • 「黒塗り」という語感を持つ「カラマーゾフ」という名前について
  • 病に倒れた少年イリューシャと「石」の関係
  • スメルジャコフ=ユダであること 
  • スメルジャコフが虚勢派の「白いキリスト」であること
  • アリョーシャは「黒いキリスト」と考えられること
  • グリゴーリイが「鞭身派」であること
  • 「最後の一人までが殺し合う」というモチーフについて
  • 「チェルマシニャ村」にイワンが行くことの意味
  • 「甘い」=「好色」のニュアンス
  • 「蛇」が象徴するもの
  • シラーの叙事詩「エレウシースの祭」
  • 「心の広さ」について
  • リーザ・ホフラコワという存在
  • アリョーシャのカラマーゾフ的なもの
  • 「聖痴愚(ユロージヴイ)」なる存在
  • ゾシマ長老の存在
  • 数字の含意。3、13。3000ルーブル。13年。

などなど、へー、そうなのか! そんな含意があったのか! という驚きの連続。ロシア語を解する人であれば、人名を見た途端に、ある種のイメージを作家と共有できるのでしょう。この人物をどういう存在として配置しているのかということが。特に、ロシアの人たちの洗礼名に対する感覚は、日本人には想像できないほど敏感だそうです。こうしたことは、翻訳作品を読むときの限界の一つでしょう。

宗教についての説明も本書では細かくふんだんになされていて、たいへん参考になります。しかし、頭ではわかったつもりでも、それは実感とはほど遠いものがあります。

この大作を書き終えた80日後に、ドストエフスキイは亡くなってしまいました。したがって、作品の序文に書かれている、「私の大切な主人公であるアリョーシャ」の13年後の第二の物語、しかも、そちらのほうがより重要だとさえ言われている物語は、書かれずに終わってしまいます。その第二の物語を念頭に置いた作家が書いた第一の物語としてこの小説を読むことの意味を、本書も、亀山郁夫の解題も強調していますが、そのように読むことによって、作家がアリョーシャに託したさまざまな役割が初めて見えてきます。

第一部のアリョーシャはまだ未完成の主人公で、読んでいて物足りなさを覚えることはしばしばありました。思わせぶりな表現が時々あり、その暗示した事柄がどこかで出てくるのかと思って読み進むと、結局は宙ぶらりんのままで終わったのでした。しかし、著者は、あれこれと論を展開しながら、本書はあくまでもアリョーシャを主人公とした小説である、ということを力説しています。

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『カラマーゾフの兄弟』には名場面がたくさんありますが、私が一番好きなのは、イワンとアリョーシャが兄弟として初めてじっくり話し合うシーンです。「大審問官」の話に展開する有名な場面ですが、苦手だと思っていたイワンの話に驚き、翻弄されながらも、全身全霊を傾けて兄の言葉・物語を聞き取ろうとする。「どうして僕を試そうとするの?」と問いかけながら、兄の心の中を知りたい、理解したいと願うアリョーシャの描写が好きです。シニカルで無神論者のイワンも、アリョーシャにだけは人間らしい感情を示し、兄弟のこの心の交わりが胸を打ちます。

それだけに、投獄されたミーチャの無実を絶対的に信じているアリョーシャは、イワンと次に差し向かうとき、緊張感が募ります。イワンが殺したのではないことを信じていると言いながら、アリョーシャはある予感と哀しみに包まれています。イワンの世界とアリョーシャの世界の対峙の瞬間です。一人の兄と弟としては心が通い合っていても、信じるものが違っていることを、改めて認識する瞬間です。そして、同じ血が流れているこの兄弟のたどる道は、裁判の後にはっきりと分かれてしまいます。イワンが敗北し、自身の信じる世界を支え切れなくなるのです。イワン的世界の敗北です。しかし、これはまだアリョーシャの勝利ではありません。アリョーシャを試すイワン的世界が崩れ去った、というだけのことです。

だからこそ第二部を読んでみたかった。残念です。

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