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2009年3月

2009年3月30日 (月)

『小高(おだか)へ 父 島尾敏雄への旅』 島尾伸三

島尾敏雄とミホの長男、伸三は写真家。本書が出たあと、朝日新聞の「著者に会いたい」の欄に、父親そっくりの顔の著者の写真と、インタビュー記事が掲載された。記事のタイトルは「ずっと絶望していた」。一部引用すると、「思い出したくないことの一部は、小説家だった父・敏雄の代表作『死の棘』に描かれた。神経を病んだ妻と敏雄との壮絶な日々が題材だが、長男にとってみれば、全体像のごく一部でしかない。親として、また大人として機能しなかった両親との倒錯した生活を繰り返し思い出すことは、すべてを損なわれ続けた当事者には苦痛以外の何ものでもない。」

本書の各エッセイの初出一覧を見ると、一番古くは1998年の「ユリイカ」掲載のエッセイで、その後、2004年、2005年、2006年に書かれたものが合計4編。そして、第一、二、七章が書き下ろしである。

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2009年3月18日 (水)

『未見坂』 堀江敏幸

短篇集。大変にすばらしかった。誰かが欠けた家族の中で育つ子どもが、大人の事情を感じ取りながら、与えられた小さな世界の中で、未知の世界、初めて出会うタイプの人、生まれ育った家にはない価値観、などに出会う時間を、丁寧に描いている。物語の舞台の設定が周到で、登場人物の書き分けが見事。短編は、その物語の設定を読者に納得させられるかどうかが勝負。その場面の匂いや音、時代や気分が、各短編の冒頭から、映画のように広がる。その世界に長くとどまっていたいと思うことから、堀江作品の長編は好きだけれど、完成度という点では、短編がまさるかもしれない。『バン・マリーへの手紙』よりも、文芸的な作品が並んだ。『雪沼とその周辺』の後続作品との位置づけらしいけれど、私は、本書のほうが断然良い、と思った。

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2009年3月15日 (日)

『猫の客』 平出隆

こういう作品に出会うと、心の奥深いところが満たされる。ぐいぐいとストーリーで引っ張るわけでもなく、声高なテーマもなく、かといって、内にこもった独白というわけでもないし、風流に徹した作品というわけでもない作品。ふと思い出したのは梨木香歩の『家守綺譚』。家と人が感応し、そこにあらわれる動物との幻想的な交歓が描かれる点でも似ているし、全体を包むトーンもどこかしら似ているところがあるかもしれない。

ひっそりとした古い庭を持つ古い家の離れを借りて、現代的生活や享楽とは一線を画して、社会から落ちこぼれかかったような中年夫婦が暮らし始める。隣家に迷い込んでそこの飼い猫となった猫が、うちの猫であってくれたらと願う夫婦の生活に入り込み、徐々に大きな存在を占めるようになる。

決して人に抱かれず、啼くこともない猫と、そこに住まう人間の敏感で繊細な感性とが引き合ったのか、互いの存在を必要とし、なくてはならない関係に成熟していきながら、人間の側からするともう一歩距離を縮め切ることのできない様子が、せつなく、もどかしい。

他の猫が入れぬよう、チビだけが通れるサイズでつくっておいた抜け穴をうっかり閉めてしまっていたある日、いつものようにかよってきたチビが、何とか入ってこようとしてガラス窓に体当たりを繰り返すシーンなど、淡々とした描写であるだけに、心臓がどっきん、となる。

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