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2009年7月31日 (金)

『明暗』 夏目漱石

以前読んだのは一体いつのことだったのか、思い出せないくらい長いときが経過しての再読。ご存じのとおり、朝日新聞連載中に漱石の死去により、絶筆となった作品である。

読み始めてまず気付いたのが、文末の「った」の連続。ほとんどの文章がこのかたちでしめくくられている。前に読んだときに気付かなかったのが不思議なほど。地の文はことごとく「であった」「○○した」。意図的でないはずのない、この文末攻撃に、リズムが合うまで少し苦労したが、読み進むうちに、まったく気にならなくなった。物語に引き込まれるというのは、読む側のリズムの主張がなくなり、小説のリズムに自然に寄り添っていくことでもある。相性はもちろんあるが、優れた小説の条件の一つに、多くの読者を物語のリズムに引き込む力をもっていることがあると思う。

漱石が書く小説の文章自体がすぐれているかといえば、なかなかそうは言えないのではないか、と思う。随筆向きと言えるかもしれない。一つひとつの文章をよく見れば、いわゆる詩情あふれる表現とは言えないし、余韻のかけらもない。漱石の小説の文章がもつ魅力はそういう方面ではなく、驚くべき描写力と語彙力にあふれていることにあると私は思う。生きる時代も文化も異なる読者の眼前に、その場の空気や情景、人物の様子から性格までを、ありありと眼前に描き出して示してくれる。曖昧なところはまるでない。その圧倒的な描写力に、ぐいぐいと引っ張られて読み進むのだ。

漱石は、「何もかも説明する人」でもある。徹底的な心理描写を積み重ねる。挨拶一つをとっても、無意識にすることなどない、と言わんばかりに、ちょっとした仕草や目つき、相手に対する好悪の感情等々を赤裸々に描写する。圧巻。

こう書いていて、山田詠美の言葉を思い出した。彼女はどこかで、伝えたいことをきちんと書かずに「行間を読め」なんていう作家は怠慢だ、という趣旨のことを言っていたのである。その伝でいけば、漱石は「何もかも書く人」である。彼が国民的作家になり得た秘訣の一つはその点にあるかもしれない、というのがこのたび『明暗』を再読して感じたことである。

さて、『明暗』に至る漱石の作品にも、心理描写はつきものだった。が、本作品の特徴は、女性の心理も男性同様に描かれていることではないかと感じた。漱石の小説の主人公にとって、女性というのは、気にはなるものの、厄介で、面倒で、理解しがたく、最終的にはわかり合うことのできない存在、という扱いのものが多かった。あるいは、女性の心理に立ち入って分析することは少なく、男の視点から見た女性の描写に終わっていることが多かった。それに比べて『明暗』は、夫婦の心理が、双方の立場から入念に描かれている。

夫婦の周囲には、それぞれの心をかき乱す人物が配されている。彼らは、外から見れば平穏に見える新婚夫婦の、それぞれに「こうありたい」「こう見せたい」という気持ちからかぶっている仮面をはぎ、隠したいと思っている部分をあからさまにする。

そして、これからこの夫婦はどうなるのか? というクライマックスが近づいたところで絶筆。あ~、それはないでしょう。という感じもあるが、小説自体は非常に面白い。

妻であるお延の心理を描いたある一節を引いてみると……

お延はわざと叔父を相手にしない振をした。然し腹の中では自分に媚びる一種の快楽を味わった。それは自分が実際他(ひと)にそう思われているらしいという把捉(はそく)から来る得意に外ならなかった。けれどもそれは同時に彼女を失意にする覿面(てきめん)の事実で破壊されべき性質のものであった。彼女は反対に近い例証としてその裏面にすぐ自分の夫を思い浮べなければならなかった。結婚前千里眼以上に彼の性質を見抜き得たとばかり考えていた彼女の自信は、結婚後今日に至るまでの間に、明らかな太陽に黒い斑点の出来るように、思い違い疳違(かんちがい)の痕迹(こんせき)で、既に其所此所(そこここ)汚れていた。畢竟夫に対する自分の直覚は、長い月日の経験によって、訂正されべく、補修されべきものかも知れないという心細い真理に、漸く頭を下げ掛けていた彼女は、叔父に煽られてすぐ図に乗る程若くもなかった。

台詞のやりとりがあると、このような心理描写が必ず差し挟まれる。

もう一つの大きな特徴は、家の造りや、風物、文物の描写が具体的で、非常に的確であること。建築の勉強をしていた漱石だから、建物等の描写は特に正確で、面白い。そして、文章の無骨さ、こなれなさをカバーしてあり余る語彙の豊富さ、リズムの良さがある。

小説としての面白さは、ずばり、人物造形。主人公の津田も、お延も、りこうなところもあり、俗物的なところもあり。意地を張って、負けず嫌いなのは、漱石そのものが乗り移っている感じがある。登場人物がそれぞれ重要な役目を負っていて、一人も無駄な配役がない。キーパーソンは、小林。小林という名前の人物が二人出てくるが、その意味については、『漱石のたくらみ』が見事に解明している。

というわけで、このあと、水村美苗の『続明暗』、熊倉千之の『漱石のたくらみ』を読むと、もう一度『明暗』を読みたくなる、という幸せの「明暗トライアングル」が完成するのである。もちろん『明暗』だけでも十分に楽しめる。ただし、心理描写がお好きな方に限ります。

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