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2010年6月14日 (月)

『編集者 国木田独歩の時代』 黒岩比佐子

国木田独歩 1871(明治4)~1908(明治41)年

肺結核に冒され、満36歳で短い生涯を閉じる。
自然主義作家として有名。代表作に『武蔵野』、『牛肉と馬鈴薯』など。

文学史でいちおう上記くらいのことは習うから、頭の片隅にはあるだろうが、現在、「好きな作家は誰ですか?」と聞かれて「国木田独歩です」と答える人はきっとごくごく少ないに違いない。

本書は、編集者でありジャーナリストであった独歩に、光を当てている。

あとがきで著者はこう書いている。

『婦人画報』を創刊したのが国木田独歩だと知ったのは六年前、村井弦斎の評伝を書く目的で、明治期に刊行されていた婦人誌について調べていたときだった。百年後のいまも書店に並んでいる華やかな月刊誌と、自然主義作家の独歩のイメージが結びつかず、それからずっと気になっていた。
(中略)
それ以来、古書即売展などで近事画報社発行の雑誌を見つけると購入するようになり、『近事画報』と『戦時画報』はいつの間に四十冊以上も収集していた。
(中略)
小説家の独歩と編集者の独歩とはどんな関係にあったのか。その答えを見つけるために独歩について調べはじめると、次々に思いがけない事実を知ることになった。たとえば、亡くなる少しまで、独歩の小説はまったく人気がなかったこと。そのため、原稿がなかなか売れず、生活に困窮していた時期が長かったこと。だが、やんちゃで涙もろい人情家で熱血漢で座談の名手だった独歩は、多くの友人たちに愛されていたこと――。
(中略)
こうして、ジャーナリストであり、編集者だった国木田独歩という人にますます興味が湧いて来た。調べていくにつれ浮かび上がって来た独歩の人物像は、なんと魅力的だったことだろう!

徹底的な史料収集と調査が著者独自の基本スタイルであり、最強のポイントである。ピースの足りないパズルを気分で埋めてストーリーを作るようなことは決してせずに、足を使って調べ見つけ出し集めたピースを一つひとつ組み上げていくなかから全体像を描き出す、というアプローチだ。

関心が向いた古い雑誌は次々に収集していく。収集することそのものが目的なのではない。あつめてよしとするためでなく、例えばその画報に掲載された一つひとつの写真をつぶさに眺めて、往時をしのび、小さな小さな発見に胸を躍らせるのである。

ほんの小さなな疑問であっても、それを解き明かすための手がかりを求めて、膨大な新聞記事に漏らさず目を通すのは言うに及ばず、周辺人物についても、同様の緻密さで徹底的に調べ上げていく。

自然主義作家の中では、田山花袋が独歩と親しかったことは有名だ。しかし著者の場合は、独歩が周囲の人々にどのように評価されていたかを、例えば花袋の言葉だけに頼って判断するような愚は犯さない。誰が独歩とどのような関係にあったのか裏を取ったうえで、それぞれの言葉を慎重に引用していく。

紹介されている多くの言葉の中で、殊に私の印象に残ったのは、「独歩社は自由の国だった」という吉江孤雁の言葉である。すべてが凝縮されている一言ではないか。

集められ、積み重ねられた史料や証言のピースを組み上げてできあがった独歩のイメージが、「なんと魅力的だったことだろう」と著者に言わせているのだ。独歩はさぞかしスゴイ人だったのだろう、と思わずにいられない。その独歩の魅力の一端は、例えば独歩が窪田空穂あてに書いた手紙に見ることができる。

窪田空穂は、独歩社のメンバーの中でもとくに献身的に独歩を支えた3人目に挙げられている。(ちなみに、真っ先に挙げられているのは吉江孤雁と小杉未醒である。)この手紙の全文を引用した著者の気持ちは、手紙を読むとよーくわかる。独歩に命じられた談話の筆記仕事がいやになった空穂が、その気持ちを独歩あてつづった手紙に対する返信である。

独歩は、空穂の気持ちはよくわかるとし、自分も雑誌運営には自信満々というわけではないのだ、と本音を明かす。さらに、この仕事は、空穂ができなければほかの誰にもできないものだとして、空穂への絶対的な信頼をストレートに表現したあと、次のような考え方を述べている。独歩の手紙ではなく、本書の著者によるまとめを引き写してみる。

「天は社会に適合させて人間をつくったわけではない。そのため、我々は自分のすることが、それに適しているとか適さないとかを考えて悩んでも仕方がない。百姓は土を耕すときに、自分が土掘りに適しているかどうかを考えるだろうか――。」

そして、「ボンヤリして居給え」というアドバイスを二度繰り返している。手紙には人間があらわれるのだ。このほかにも、筆まめで、自分の思いをきちんと伝えるためには筆を執る手間を惜しまなかった独歩ということが、手紙に関連して描かれている。

さて、著者の真骨頂は、独歩の妻、治子が独歩の死後に「萬朝報」に発表した小説『破産』に関連する調査に見ることができる。本作は、独歩社設立から解散までを描いたもので、登場人物の名前こそ変えてあるものの、事実に忠実に書かれているとされている。

登場人物の中に、実在の誰に当たるのかが不詳の“謎の女写真師”がいた。著者はあらゆる手を尽くしてこの人物を追いかけるが、なかなか見つからない。いよいよダメかと諦めかけたときに、かろうじて突き止めることができている。執念を感じさせる粘り強さで調査を続けたあげく、決着を見たのであった。

なぜ、あらゆる労力を使ってでも事実を探ろうとすることを、著者はやめないのだろうか。それについては、私はこんなふうに想像する。

著者の基本姿勢には、現在を生きる私たちの目で、過去の出来事や人物を眺めるのではなく、その時代の空気に、そして、生きていた人の生活に寄り添って周囲を眺めたい、という考え方があるのではないか。現在の価値観に染まらずに、そのときに生きていたであろう、あるいは流れていたであろう空気感や価値観を知ることによって、少しでも当時に近寄ることができる。その作業を丁寧に丹念に繰り返し積み上げていくことを通し初めて、現代の価値観から離れて往時を眺め、感じることができる。そういう人物像が描き出した末に、現代に生きる人間はその人の価値を知ったり評価をしたりすることができる。そんなふうな思いがあるのではないか。最初から現代の眼鏡をかけたまま、あるいは望遠鏡で遠い過去をのぞき込むことはしない。そういう姿勢が垣間見えるような気がする。

どれだけ多くの史料を集めても、どれだけ多くの関連する出来事や証言を集めても、過去に生きた一人の人物をよみがえらせることはできないし、その時代を再現することは不可能だ。ましてやわれわれが往時にタイムスリップすることも無理。

それでも、できるだけ多くの材料を集め、コツコツと積み上げていく。そして、最終的に「なんと魅力的だ」と感じられるところまで、一人の人を追いかけていく。それは、最初から到達点のない旅なのだ。孤独で、限りがなく、しかし、だからこそ、自由気ままで心躍る魅力的な旅でもあるのだろう。そんなことを教えられた一冊であった。

【蛇足】

『追悼の達人』(嵐山光三郎、新潮文庫)の国木田独歩の部分を読んでみた。
まず、見出しが気に入らない。何しろ、「嫌われた自分流」ときた。黒岩さんの本によれば、独歩は嫌われてなどいない。魅力的な人なのだ。圧倒的な調査のうえだから、これは黒岩さんが正しいはず。それでは、なぜ嵐山氏は「嫌われた」と書いたのか?

もう少し読み進めていくと……独歩の死後、多くの雑誌で追悼特集が組まれたが、驚くべきは「新潮」で、それはそれは徹底的な大追悼特集であったと書かれている。しかし、追悼で独歩作品を褒めている人が非常に少ない、ともいう。誰それはこう言った(ほとんどが談話らしい)、なにがしはこう言ったと挙げてある。

そこまで読んで私は、「黒岩さんの本を読んでみなさい、臨終間際に文士たちの間でさまざまなあつれきや思惑が渦巻いていたのだ。そもそも、独歩には自分が自然主義作家であるという意識はあまりないのだ」、などと憤慨しながら読んだのである。

そして、もう少し読み進むと、嵐山氏の筆致が急に変わるのだ。
「『新潮』がここまでやったのは、独歩追悼特集を出せば売れるという営業上の判断があったからだが、それだけが理由ではないように思われる。追悼号ではほとんどの人が、独歩を必要以上にもちあげず、やたらとほめたり泣いたりしていないからである。これは追悼号にしては珍しいことで、個人をほめすぎないこともダンディズムである、という時代の意志がみえる。友人知己が独歩の欠点を遠慮なくあげているが、その根底には見えざる友情があり、追悼号には独歩の人気現象を記録しようという明治時代の編集者の気概があり、すがすがしくゴツンとした手ごたえがある。
(中略)
独歩はまことに困った性格で、純情で一本気な文士であり、そこのところが愛されたのだ。いま、まるまる一人一冊の追悼号が出る小説家がどれだけいるだろうか。独歩が死んだ
明治四十一年には、文芸にこれだけの力があった。」

な~んだ、わかっていたのね。

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コメント

 わーい! 再開してくださって、ありがとうございます。下のエントリーでコメントもありがとうございます。ほんとにねぇ、二度もお会いできて、リアルとみきちさんの印象がばっちり好感度アップです!!

 最新の書評(じゃなくて単なる読書感想文なのですが)は、エル・ライブラリーのブログに書いています。今後、ライブラリーのブログに書いたものを個人ブログにも掲載していきますね。
 

投稿: ピピ | 2010年6月15日 (火) 23:04

 あ、興奮して肝心のことを書くのを忘れました(^_^;)。
 
 とみきちさんは最近明治文学づいておられるようですが、わたしは、国木田独歩を読んだことがないのですよ。こういう、読書のための読書、楽しみの読書をゆったりできるようになるのはいつかなぁと思いますが、最近とみに思うことは、基礎的な教養は明治の文学を読むことによって積むことができるのではないかと。

 若者にはぜひ明治文学を読んでほしいものです。

 ところで、この黒岩さんて、黒岩重吾の親戚?

投稿: ピピ | 2010年6月15日 (火) 23:14

>ピピさん

こんばんは~。コメントありがとうございました!

> 最新の書評(じゃなくて単なる読書感想文なのですが)は、エル・ライブラリーのブログに書いています。

そうでしたか、ごめんなさい!
エル・ライブラリーのブログもリーダーで登録しているのですが、最近、読ませていただいていませんでした。

> 読書のための読書、楽しみの読書をゆったりできるようになるのはいつかなぁと思いますが、

必要に迫られて読むものが多いと、そういう時間はなくなりますよね。それに、ピピさんは映画を見る時間も確保せねばなりませんし。

明治の文学。そうですねえ。私はどうにも教養になるような読み方はできないのです。ほぼ、好き嫌いだけです~(^^;)。ただ、当時の日本人と現代の日本人のこの教養の深さの違いは何だろう、と思います、自戒も含め……。

>ところで、この黒岩さんて、黒岩重吾の親戚?

イエスともノーとも確信をもって答えることはできませんが、おそらくノーだと思います。

一箱古本市でたまたま、とみきち屋に授賞してくださった、とてもすてきな女性ノンフィクション作家です。あとからわかったのですが、たまたま偶然にも夫と私の高校の先輩であったのでした。

古書に関するブログを書かれています。
http://blog.livedoor.jp/hisako9618/

ただいま闘病中でいらっしゃるのですが、最新作『古書の森 逍遙』(工作舎)の発売にあわせて、今月はあちこちでイベントが開催されます。(されています)

http://www.kousakusha.co.jp/DTL/kuroiwa.html#event

といっても東京の話ですものね。

投稿: とみきち | 2010年6月17日 (木) 02:39

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