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2013年12月12日 (木)

『アンパンマンの遺書』 やなせたかし

高校生の頃だったか、『詩とメルヘン』という雑誌を買って読んでいた。きっかけは兄からのプレゼント。なぜ兄がこの雑誌をくれたのか、理由は覚えていない。私が詩を書いていたわけでもなく、兄がそういう趣味を持っていたわけでもなく。

見たことのない雑誌だった。サイズは大きく、紙は厚くつやつや。重たくて、でも製本は単純で、真ん中にホチキスが見えていたような記憶がある。

やなせたかしの名前は知っていた。「てのひらを太陽に」の作詞家であることは後から知った。さまざまなジャンルの詩が載っていた。印象的だったのは、絵がものすごく贅沢だったこと。そして、著名な詩人の詩も、無名な人の詩も同等に、立派な絵をつけてもらって、見開きで掲載されていた。時々メルヘンもあった。

東君平、葉祥明、宇野亜喜良、司修、味戸ケイコ、馬場のぼる、長新太……。毎号毎号、ページを開くのが楽しみだった。どんな詩にどんな絵が配されているのか。

やなせたかしは、文章も書き、絵も画き、小さなカットも画き、あっちにこっちに登場していた。しかし、雑誌の上で飄々と、軽々と、立ち回っているように見えた。

心に残るのは、「星屑ひろい」という言葉。世の中の無名な星くずのような人たちの詩を、今日も僕は拾い集める、といったニュアンスで、市井の人の詩を掲載し続けた。ゆきやなぎれいさんというペンネームの人の詩はすべてひらがなだった。何度も掲載されたように記憶している。後に知ったのだが、この方は盲目なので、点字で詩を投稿していたのだった。ゆきやなぎれいさんの詩には、特別な絵がいつも選ばれていたように思う。

もう一つが、四コマ漫画。本書を読むと、やなせたかしは四コマ漫画に格別の思いがあったようだ。帽子をかぶったシルエットのみの細身の男性のパントマイム。台詞は無し。山高帽をかぶっていて顔が見えないミスター・ボオ。そうか、帽子と某氏なのか。ミスター・ボオには、無名の下積みで、何者にもなっていないやなせたかしのつらさが込められていたのか。どこかシュールな乾いた感じがあって、叙情的で甘いカラーの絵と不思議なコントラストを奏でていた。

あるとき、やなせたかしの文・絵によるミステリーが2回か3回に分けて連載された。うろ覚えだが、「怪盗乱麻」というタイトルだったように思う。2回目の終わりに読者に懸賞の問いが出された。怪盗乱麻に主人公の女性が何かを盗まれる。怪盗乱麻は「すべていただいていく」という言葉を残して去っていった。さて、主人公が盗まれたものは何だったのでしょう、という問いだ。

そういうことはあまりしない私が何故そのときに回答を送ったのか、よくわからない。次号を見たら、なんと私が特賞になっていた。同じような答えを送った方がもう一人いたのだそうだが、私のほうがちょっとだけ良かった、と書かれていた。名前と住所が載っていて、賞品は、やなせたかしの額入り原画。

その後、原画が送られてきた。また、サンリオから電話が来て、「会社の見学にいらっしゃいませんか」と誘われたが、私は学校に行っており、応対した母が私に何の断わりもなく、「学校がありますからお断わりします」と断わったことをあとで知った。

私の答えは「盗まれたものは才能。彼女はその後も絵を描き続けるが、機械的な作品しか描けなくなってしまう」というような青臭いものだった。それ以外にはあり得ないという確信があったのだと思う。おそらくそれまでに『詩とメルヘン』を読み続け、彼が選ぶ詩や作品、彼が書くまえがきやあとがきから、彼の感性はこういうものだろうという確信があったのだろう。迷いもせずに書いて送ったような気がする。私の感性が鋭かったのではなく、やなせたかしはその文章や作品から彼の人間性や価値観がメッセージとしてしっかりと立ち上ってくる人だったのだと思う。そして感性のままに『詩とメルヘン』を編んでいたのだろう。

前置きが長くなった。『アンパンマンの遺書』の存在は、朝日新聞の「ニュースの本棚」にジャーナリストの魚住昭が書いたやなせたかしを追悼する文章で知った。やなせは本年(2013年)10月に94歳で亡くなった。魚住の文章がすばらしく、ただちに読みたくなるようなものだった。同時に、今ここに書いたようなことを一気に思い出したのだった。1年ほど前だったか、テレビで元気にアンパンマンのテーマソングを歌っている様子を見た記憶がある。ああ、お元気だなぁ、それにしても、パワフルな、はじけたおじいちゃんだなぁと何気なく見ていた……。

魚住は、「結論から言うならやなせは孤独に苛まれつづけた人だ。しかし、その孤独なくしてアンパンマンは生まれなかっただろう」とまず断じている。そして本書を、彼の人生と思想を知る上での最適の書と位置づけている。

アンパンマンにやなせが託した「正義」というメッセージ。漫画家の世界で、器用なことが災いして、年を重ねても、周囲の人が有名になっていっても、何者にもなれない哀しみや焦り。生い立ちの孤独。

魚住の文章からは、「孤独」が強く立ち上る。確かにそうなのだろうと思う。が、実は、やなせたかしは、人に囲まれていた。人から愛される人だったと思う。自分を見つけられずに孤独を囲っていたのは、彼自身だったのだと思う。最愛で、最大の理解者である妻を得て、やなせは自分を曲げずに生きることができた。

本書の中で、やなせの本質をはからずもあらわしている表現がある。

「ぼくの場合、売りこみもしないのに突然やったこともない仕事を依頼されて面喰うことが多いが、女優の宮城まり子との出逢いもそんな風なぐあいであった。」

「対人恐怖症というほどではないが、人見知りが強く、ヒトミシリ科のヒトミシリアンである。いつもビニールのとりでの中で、おびえているようなところがある。だから相手の方がいきなりビニールのとりでの中へ飛び込んでくると、簡単に気を許してやられてしまう。」

奥さんがそうだった。宮城まり子もそうだった。羽仁進もそうだった。「映画芸術」の記者がそうだった。そのとき原稿取りに来たのが向田邦子。そして、サンリオの前身である山梨シルクセンターの社長が、「この詩集をうちで出版しましょう」と言う。出版社ではない会社がそんなことを言うのである。永六輔もまたいきなりやなせを指名する。

やなせたかしは、まさしくそういう人だったのだろう。自分は何者でもない。自分はどうやって生きるべきかと考えながら、ずっとずっと前を向いて歩いている。そういう人は面白いから、横から、後ろから、前から人がついてくる。一緒に歩こう、一緒に何かをしようと声をかけてくる。「なんで僕に?」と思う気持ちが常にある一方で、派手でお祭り騒ぎが好きな面もある。決して寂しいばかりの人ではないのだ。

頼まれれば、よっしゃと気合いを入れて頑張る。やったことがないものでも、何やかやアイデアを出して、これまでにないものをつくり上げる。誰も成功すると思っていなかったけれど評判がよかった、という結末が多い。多才な人なのだ。しかし自分自身で思い描いている自分自身になれないまま、悩み続けていたようだ。

そんなこんなのさまざまな偶然の出逢いなどを重ねていって、ようやく絵本の仕事が増えていく。『詩とメルヘン』を創刊した年、「漫画家の絵本の会」をつくった。日本橋の丸善書店で展覧会を開催するようになった。

「ぼくは同人の中でも絵本をはじめたのがおそく、最年長だったが、仕事では後輩の同人の優れた仕事から、多くのことを学ぶことができた。感謝に耐えない。手塚治虫と、同人としていっしょにつきあえるようになったおもよかった。彼は超人的な繁忙の中から、きちんと出品し、サイン会にも出席した。絵本の会の仲間はみんな手塚治虫の競争相手ではなかったから、気を許していたのかいつも楽しそうだった。」

アンパンマン誕生までの長い長い道のり。誕生してから、誰も予想しなかったほどそれが爆発的な人気になり、お金がわんさか入ってきてから発覚した妻の病気。ようやく自分を見つけたときには、伴侶が死の淵にいた。アンパンマンは、昭和の時代の終わりとともに誕生する。

アンパンマンのテーマソング

 なんのために生まれて
 何をして生きるのか
 わからないまま終る
 そんなのは いやだ!

妻の死。

「何をして生きるのか、自分に問いかける時が来た。
 カミさんのための鎮魂。そして自分はいったいどのようにして死んでいくのか。」

やなせたかしは、自分の人生の幕引きを考えて、本書を書いている。
最後の言葉は、「全財産はアンパンマンに贈る。」

自分の生涯を綴っている本書も、どこかリズミカルで、小気味よく、他人事のようにも読めるほどだ。これがやなせのサービス精神。そして、根っからの表現者であることの証のように思う。自分の生涯を一つの作品に仕立て上げて、幕引きまでを考えて。

やなせたかし劇場が永遠に終わった。やなせさん、さようなら。

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コメント

そうですね。「詩とメルヘン」という雑誌ありましたね。
現代詩が難解なものからよい意味で通俗的になってきた途上の雑誌でしたね。;:゙;`(゚∀゚)`;:゙

投稿: 根保孝栄・石塚邦男 | 2014年10月20日 (月) 16:42

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