テーマ:読書

2018年5月17日 (木)

『狂喜の読み屋』 『読んで、訳して、語り合う。 都甲幸治対談集』 都甲幸治

『狂喜の読み屋 (散文の時間)』 都甲幸治 株式会社共和国 editorial republica co., ltd. 2014年

『読んで、訳して、語り合う。 都甲幸治対談集』 株式会社廣済堂 2015年

この2冊を続けて読了。二冊とも「小説を読むのは楽しいね~」の気分満載で、ああ、本が読みたい、読みたい、あれもこれも読みたい! という気持ちに火を付けていただきました。ありがたいやら、ありがた迷惑やら(笑)。

都甲さんの文章が躍動するときは、常に都甲さん本人の切実さが伴っているときである。ご自身で「人と話すことが大好き」と書かれているが、書かれたものでも、対談でも、読んでいると、本当にそうなんだろうなぁと感じる。基本的には「俺、俺」の人ではなく、共感を求める精神の持ち主じゃないかと思うのだが、「ここだ」と思うポイントになると、時に暴走する。そこがとても面白いし、ああ、この人、信用できる、という感じがする。お名前もまったく知らず、たまたまネットで駒場で開催される堀江敏幸を対象にした文学インタヴューの聞き手、ということで、興味をもって読んでみた。そうしたら、まあ、なんというか、あれ~、こういう水先案内人の方が登場していたとは! と驚き、かつ、喜んでいる次第なのである。

都甲さんについても書きたいし、この2冊の紹介もしたい。何をどう書くか迷う。『読んで、訳して』のほうでは、対談相手の魅力がたっぷりあらわれているし、現在の海外文学の様子もよくわかる。また、村上春樹論も楽しいし、おまけに、星野智幸という希有な小説家のすごさの片鱗を知ることができたのも大収穫。いしいしんじの予想以上の常人離れしたすごさ、堀江さんの(やはり、と思ったけれど)他の人にはない魅力、学生時代の仲間であった芥川賞作家の小野正嗣(寡聞にしてその存在すら知らなかった……)。

それから、翻訳ってこういうものだよね、という話から、小説は本来、こういうふうに楽しんで読むべきものだよね、とか、うん、そうそう、そうそう、と膝を乗り出したくなるような内容がわんさか詰まっていて、何か一つを紹介すると、これら2冊の本が持つ魅力のバランスを崩してしまいそうで、「いや、それだけじゃなくて」と次から次へと引用したくなりそうだ。

どうしたものか。。。

もう少し考えてから追記しようと思う。

その間に、駒場で6月4日に行なわれる飯田橋文学会主催の<現代作家アーカイヴ>「文学インタヴュー 第15回」は、まだ受付期間中ですよ~。

http://iibungaku.com/news/15.php

こちらのサイトから転載させていただきまーす。

飯田橋文学会、UTCP(東京大学大学院総合文化研究科附属共生のための国際哲学研究センター西原育英文化事業団助成プロジェクト)、科学研究費基盤B「世界文学の時代におけるフィクションの役割に関する総合的研究」の共催により、2018年6月4日に小説家の堀江敏幸氏をお迎えして〈現代作家アーカイヴ〉文学インタヴュー第15回の公開収録を行います。

開催日時:2018年6月4日(月)18:00~20:00(17:30開場)
語り手::堀江敏幸(小説家、早稲田大学教授)
聞き手::都甲幸治(翻訳家、早稲田大学教授)
会場::東京大学駒場キャンパス21KOMCEE East 2階 K214教室
事前申込制(先着順) 定員:90名(無料)
申込方法:下記申込画面よりお申し込みください。
https://goo.gl/forms/goABTqILLRfFp8jp2
申込受付:5月11日9時から6月3日9時まで

申込に関する問い合わせ先:takeda@boz.c.u-tokyo.ac.jp

※定員に達し次第締切

※申込完了のご案内がお手元に届くまで時間をいただくことがございます。急ぎご確認いただきたい方は、問い合わせ先メールアドレスにご連絡ください。

作家自選の代表作
『雪沼とその周辺』(2003:新潮文庫)
『魔法の石板』(2003:青土社)
『河岸忘日抄』(2005:新潮文庫)

本イベントは、現代作家アーカイブ構築のためのインタヴュー収録を公開で行うものです。当日の模様は撮影され、映像はインターネット等で公開される予定です。映像に関する権利はすべて飯田橋文学会に帰属し、個人の映像の削除等のご依頼にはお答えできません。また、当日の質疑応答の時間は限られているため、 質問の数を制限させていただく可能性がございます。以上ご了承のうえ、参加をお申し込みください。

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2018年5月13日 (日)

『昭和の読書』 荒川洋治 (幻戯書房) 2011年

『昭和の読書』荒川洋治(幻戯書房、2011年)を読んだ。6割が書き下ろし、その他は、2009~2011年の間に「毎日新聞」、「日本経済新聞」、「モルゲン」、「日本近代文学館年誌 資料探索」、「學鐙」、「週刊朝日」に書かれたもの、そして、夏葉社『レンブラントの帽子』の解説、である。

はっとする言葉が、いつもながら、随所に散りばめられている。付箋を貼りながら読み進めると、付箋だらけになり、あまり意味を成さないほど。長年、荒川さんの書かれるものを読んでくれば、「あ、また怒っている」とも思うし、「この作品が好きなんだな」と思うし、「この主張はやはり変わらないのだな」とも思う。

本書の特徴は、タイトルでもある「昭和の読書」シリーズである。あとがきによれば……

昭和という時代に、内容、形態の面で、いまはあまりみかけない書物が刊行された。そのなかから、文学の風土記、人国記、文学散歩の本、作家論、日本文学史、文学全集の名作集、小説の新書、詞華集などを選んだ。(中略)

作家論は、何冊くらい刊行されていたか。文学史は、どうなのか。名作集は、いつまで存在したのか。(中略)本を並べる作業は、単純だ。でも並べて見つめると、それまでは感じなかった一冊の世界や位置が見えてくる。新しい楽しみがはじまるのだ。(中略)

昭和が終わるあたりから、読書の世界は変わった。失われたもの、よわまったものも見えてきた。この時期、自分なりに整理をしておきたくなったのだ。

とある。

昭和の時代を振り返るために、書物の世界を広く眺めての力作。しばらく読書から離れていた私は、改めて本の世界の地平を示してもらえた心地がする。

作家論を紹介するくだりでは、荒川さんのまとめはこのような感じ。

読者にとって、作家論とは何か。その作家像を知るための基礎的な参考資料である。作家単位なので、読み物としても味わえる。だが作家論はいきなり、<野間宏が「暗い絵」で書いたように>とか、<丸岡明は、「生きものの記録のような>というふうに作品名を出して、どんどん前へ進む。読む人の知識は顧慮せずに。ある程度作品を知らないと、つらい。十分な読書経験のある人が対象なのである。いっぽう、こんなこともある。

たとえば二〇人の作家論で、興味のある作家のところを読んで、時間が余るとき、興味のない人のところをしぶしぶ読むうちに引き寄せられ、興味の幅がひろがることも。現在は、ひとりの国際的人気作家の論集は出るが、その人だけをめぐるものがほとんど。複数の作家を論じるものは、読者に敬遠される。知らない人のものは読みたくないという思いが強いからだ。いまは自分の興味をひろげないための読書が押し進められている。(「昭和の本Ⅰ」より)

前半は、知識のない一般読者に寄り添っているのに、後半は、いきなり現状への怒りのトーンに満ちている。「自分の興味をひろげないための読書が」という表現がすごい。

「昭和の本Ⅱ」では、文学史のおもしろさについて語る。

意外なものを結びつけて、読者の興味をひろげる。それが文学史のおもしろさだ。次に挙げる文章は、文学史の本のなかにあるものではないが、文学史的な見方とはどんなものかを教えてくれる。『日本の文学9徳田秋声(一)』(中央公論社・一九六七)の「解説」で、川端康成は記す。

日本の小説は源氏にはじまって西鶴に飛び、西鶴から秋声に飛ぶ。

これには、いわれがあるという。(中略)

こんな視点があるのかと、おどろく人も多いはず。「飛ぶ」ということばで、すべてがおおえるわけはないとしても、直線的で、爽快だ。どこかで何か「飛んで」いないか。そんな興味も生まれる。文学史の風景は、作品のもつ景色よりも楽しみが深い。見たことのない世界を加える。(中略)

少し置いて、村松定孝による『丹羽文雄』(東京ライフ社・一九五六)については、「作家論の本筋を離れて、大胆な見方を披露。明治から昭和の歩みを、ひとふでがきで表す。」として、次のような紹介をする。

(略)

そのあと、新感覚派、プロレタリア文学、そして戦争期へと続き、丹羽文雄登場の意味へと導く。川端康成と村松定孝の文に共通するのは、徳田秋声、丹羽文雄という個々の文学者の存在を中心にして書かれている点だ。顔のないものをただつらねるのではなく、個人に焦点を合わせるとき、文学史は熱くなる。その熱さが個人と全体をつらぬくとき、文学史は輝きをます。

後半は、いかにも荒川さんらしい文章。輝いている。そして、続くのが現状批判。厳しい。

現在、文学はどのようになっているのか。それをクリアなことばで表現できる批評家はとても少ない。波風を立ててでも、全体をひっぱって行こう、景色をゆさぶろうという人はほとんどいない。作家たちの話題作はいつも出て、読書界、文学の世界をにぎわすが、すべて単発。騒ぎは、点で終わる。線にならない。作家の個人活動が、新聞の文芸欄や広告欄に掲載されるだけで、文学そのものの方向を考察する記事は少ない。あっても内容が鈍い。表面的には文学は存在するものの、実は「なにもない」という状態なのだが、作家も批評家も、いつも誰かのそばにいるという感じで、飛び出す力をもたない。気がつくと、書く人だけがいて、歴史どころか景色すらない世界になってしまった。

ああ、もう絶望的。。。「文学史のない時代」と、このあとの文学史に記されるのかもしれない、とまで。

ある種の詩人への批判の激しさはいつものことなので、ここで挙げることは控えるが、本書で救われたのは、「散文と詩歌のとけあう空間」への肯定、賛美であった。「詞華集の風景」の中で、荒川さんはその点を繰り返す。山本健吉『現代文学風土記』(一九五四)の紹介のなかで、紹介された詩を丁寧にすべて列挙したあと、このように書く。

二四〇頁の本文のなかで、これだけ多数の詩歌を適所におさめること、語ることはいまの批評家にはできない。各地の風土を伝えるには、短い詩歌が適切ではあるが、詩歌についての知識がなければ、こうしたことは不可能である。それはともかく、散文のなかに出てくる詩歌はうけいれやすい。違和感がない。散文は砂だとすると、詩歌は石みたいなもので、やわらかい砂がないと、石そのものがぶつかったり、割れたりする。散文と詩歌のとけあう空間を知る。それが山本健吉の著作の卓越した点だと思う。

またまた、いまの批評家にはできない、と言うわけだが、日本は著しく散文偏重だ、というのが従来からの荒川さんの主張。そんななかでのこの指摘には救われる。結びは、必ずしも希望に満ちているわけではないが、トーンはだいぶ穏やかだ。

それでもぼくは山本健吉の本のなかで詩が現れるようすが、とてもいいものだと感じている。石は砂をかぶり、砂は石をかぶる。詩と散文が引き合い、とけあう情景だ。人間の書物として、自然なものだ。一般的な文章の歩調のなかで、ものを感じるひとときも与えられる。このような本を書ける批評家も、そのような本を読む人も、そのあと少なくなったように思う。石は石だけになり、砂は砂だけになった。

さらにいえば、一冊の本の内容だけでも、形式だけでもないものに、何かがひそんでいる。そのような書物がなくなる方向にあるのかもしれない。

昭和の読書関連の紹介はこれくらいで終えておくとして。

さて、本書を読んで、『トニオ・クレーゲル』(本書では『トーニオ・クレーガー』と記載されている)を再読してみたいという気持ちにさせられた。余りにも魅力的に本作を紹介している「芸術の人生」を読んだから。「読んだばかりでも、また読みたくなるのは、この小説のことばと、そこに示される真理に、何度でもさわりたいためだ。ずっとふれていたいのだ。こうして読者の内側に新しい読者が、無数に現れることになる。」などと書かれていたら、ええっ、そうなの? 大変、大変。全然覚えていない。読まなきゃ損しちゃう、という気持ちにさせられるのである。

挑発的で、楽しい本。現在の文学の世界、詩の世界への怒りは時にとぐろを巻き、容赦ない言葉で切り捨てる。そう、荒川さんは怒る人だから。そして、荒川さんは、本当に読むことが好きなのだなぁとしみじみと感じる本でもある。荒川さんの目に映る現在の文学状況がたとえ絶望的であろうとも、さまざまなかたちの読書の喜びを示してくれる。もっともっと紹介したいところはたくさんあるけど、あとは、ご自身でお読みください。

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2008年12月31日 (水)

2008年に読んだ本。

今年も読書時間は減少の一途でした。とはいえ、すばらしい本に出会えました。マイベスト3を選ぼうと思いましたが、3冊に絞りきれず、4冊になりました。(順不同) 奇しくもどれをとっても、人間の生き様が見事に描写されていて、読む者の心に突き刺さるような手応えのある作品でした。

『岡本太郎の見た日本』(赤坂憲雄)。私の読書日記の記事はこちらです

『荒地の恋』(ねじめ正一)。私の読書日記の記事はこちらです

『シズコさん』(佐野洋子) 私の読書日記の記事はこちらです

『寡黙なる巨人』(多田富雄) 私の読書日記の記事はこちらです

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2008年10月11日 (土)

「秋も一箱古本市」いよいよ明日。

さて、「秋も一箱古本市」、いよいよ明日です。スタートは11時。フライングは無し、だそうです(笑)。公式サイトはこちらです。お天気も良いようですので。「不忍ブックストリートMAP」を入手のうえ、ぶらぶらと気軽にお運びください。大家さんは3カ所で、「とみきち屋」は宗善寺にて開店させていただきます。

幼稚園の工作のようなことになってしまいましたが、とみきち屋の看板はこちらです。これを目印にお越しください。そして、ネット上でのお知り合いの方がもしお越しくださった場合は、必ず、必ず、お声をかけてくださいね~。お目にかかれるのを楽しみにしております。

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それから、こちらがPOPの写真です。POP作りはとても楽しかったですね~。「もっと作るのないの?」と番頭に聞いたら、「もう要らない」と言われて残念でした~。

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「秋も一箱古本市」が盛り上がりますように!

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2007年4月12日 (木)

『本よみの虫干し ―日本の近代文学再読―』 関川夏央

谷口ジロー・画、関川夏央・原作の『「坊っちゃん」の時代』(全5巻)は、傑作であり、本好きであれば必読書だと思う。啄木や漱石、鷗外等々が生きた時代を、微細に描き、現代と地続きにした。彼らは遠い昔の文豪ではなくて、血肉をもって、今よりほんの少し前の時代にリアルに生きていた人々であったことが伝わってきた。関川は、時代の中で文学や文学者を捉える人であることが、この漫画(と言っていいのか)を読むとよくわかる。

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2007年4月 9日 (月)

『読書の腕前』 岡崎武志

本を読み、文章を書くことだけをよりどころに生きてきた、運動も勉強も苦手という筆者が、大好きな読書について綴ったエッセイ。本好きが読めば読書欲がいやがおうでも刺激されること請け合い。そういう意味では、「一般中級」以上の読者向けかもしれない。

しかし、本を読むのは面倒だ、テレビのほうが楽でいい、と思っている人が万一この世にいるとしたら(笑)、あなたが読書の楽しみを知らないことでどれだけ損をしているか、ということが本書を読めばほんのちょっとわかるかもしれません。

そして、

……「ゴルフ」に夢中の人は、ゴルフ雑誌やゴルファーの書いた技術書に手を出すだろう。それと同じく、本をたくさん読めば、自然に「本の本」が集まってくる。ときに、本それ自体を読むより、本について書かれた本のほうがおもしろいくらいだ。そこで紹介された本がまた読みたくなり、あるいは著者が本を読む姿や仕種を追うことで、読書欲が刺激される。これは読書の永久運動だ。

と本書にあるように、「永久運動」に組み込まれてしまえば、あとは自動運転状態になります。本書は、その運動のスタートのきっかけになり得るかもしれません。

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