2017年6月27日 (火曜日)

6月25日(日)・26日(月)

◆6月25日(日)

・2:30就寝、その前に床で気絶少々。入浴してバタンキュー。お昼までは寝ようと思っていた。途中何度も目が覚めるけれど、こんこんとよく寝る。寝過ぎて首が凝ってきた。13:00頃に初めて起き上がり、そのあと未練たらしくもう一度横になってみたら、さすがにあまり眠れないので諦めて、14:00近くに布団を上げて活動開始。半日を越えなかったので、私基準では「どか眠」のちょっと手前。

・ブランチどころか、レイト・ランチの時間。お天気は冴えないので、蟄居の日と決める。洗濯もせずに仕事。眠りが足りていると、PCに向かっていても、姿勢はしゃんと保てるし、目も見えるし、指も動く。集中力もあるからぐいぐい進む。仕事や家事のためには朝型になったほうがいいのにね~。そうすると、ワインを飲む時間がない……。

・オーラル、進む、進む。しかし、調べることが山のようにあって、ある程度頑張っても調べ切れないときはいったん諦めて、進捗優先とする。

・夕飯もあるもので簡単に済ませることで、夫との協議が整い(笑)、完全に一歩も外に出ない一日が完成。おそらく500歩も歩いていないことでありましょう。

◆6月26日(月)

・4:10就寝、8:10起床。午後まで寝ていたので眠くはなかったが、ごみ出しがあるので、3時半頃仕事を終えて、4時過ぎには寝ていた。この頃日の出が早いので、布団でストレッチをしている頃にはもうすっかり明るくなっており、世間様は既に活動を始めている。雨の予報だったが、どうやらあまり降りそうもない。

・ごみを持って出る。3階のツバメたちは、大きく乗り出して、からだを振るわせている。もうすぐ飛び立とうとしている感じである。そして、1階の巣はもぬけの殻でした。昨日巣立ったのかもしれない。蟄居していたのでチェックできなかったけど。

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このあと、もう少し書くことがあるのですが、続きはまた今度~。

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2017年6月25日 (日曜日)

6月23日(金)・24日(土)

◆6月23日(金)

・4:15就寝、8:00過ぎにアラームで起きようと思っていたら、7:00過ぎに夫がごみ捨てをしてくれたと言うので、追加で寝ることに。何度も目を覚ましながら、11:00起床。

・今日は14:00から都内でオーラル。ブランチを済ませて、12:30に早めに家を出る。ムシムシする。現場近くの郵便局で、親関係の振り込みやら、レターパックプラス購入やら。家の近くに郵便局があったら便利なのになぁといつも思う。とにかく営業時間が短いから、用を足したくても、アクセスが悪いと一日の計画にうまく組み込みにくいのである。カフェでコーヒーとバウムクーヘンで30分。それから現場に。

・もう3年以上続いているオーラルも、あと1~2回で終わりになりそう。オーラル・ヒストリーは、研究者が自身の研究テーマ、関心事を中心軸としつつ、話し手に質問をするかたちで語ってもらうもの。テーマオーラルであれば、そのテーマに関連する話を尋ねることになるが、人物オーラルとなると、もちろん研究者のテーマ、狙いはあるとはいえ、生まれてから世の中に出て、キャリアを重ねていくプロセスを順を追って聞いていくので、話し手がなぜ今このような姿でそこにいるのか、ということがそれなりに納得できるのが普通である。記録者である私は質問をしないし、とにかくその場で口を開かないのだから、完全に第三者なのであるが、ある意味で、そこにいた人よりも何度も繰り返し、しかも、誰よりも細かくそのやりとりを聞くことになるので、小さなエピソードも、ちょっとした言い回しも、もしかしたらその話し手の最も近い人の次くらいに、正確に記憶に留めることになっている、かもしれない。その意味で、どんな話し手にも親近感を覚えるようになるのだが、この話し手は格別で、個人的好悪をはるかに越えて、畏敬の念を覚えることが多かった。畏敬の念といっても、ごくごく普通の方なので、手の届くところにいる一般人であるにもかかわらず、こんなにすごい人がいるのか、という感動。サラブレッドで、そうなるべくしてなって……という人は多くいるわけだけれど。だから、もうすぐ終わってしまうのがとても残念なのである。私のような本当に普通に生まれて普通に育って「ただの人」が、お手本にできるような行動指針、行動パターン、物の考え方を示してもらえたことは、この仕事ならではの役得だなぁと。

・16:00過ぎに終わり、帰りにターミナル駅のデパ地下の魚屋さんであれこれと魚介類を買い込み、18:00に帰宅。実は一食しか食べていないことに気づき、激しい空腹感を覚える。夕飯は、夫帰宅後の23:00頃だから、これはもたない。というわけで、買ってきた鰹のタタキを食べることに。炭水化物はやめておこう、お菓子類もちょっと、という消去法の結果の結論である。日本酒飲みたいなぁと思いながら(笑)、貝割れ大根とタマネギのスライスを乗せて。

・洗濯機を回しながら、鰹のタタキを横に置いて、録音してきたもののバックアップ。そして仕事。仕事が進むんですよ、このところ。暑がりの夫がいないときは、極力扇風機のみで過ごします。

・夫帰宅が23:00前で、夕飯後仕事をしたら、朝までやってしまいました~。

◆6月24日(土)

・6:15就寝。なんと、まあ、チーム仕事のチェックをしていたら、5:30になってしまって。21日の夏至を過ぎたばかりのこの季節、朝は早いのですよね。入浴前に世の中はすっかり朝です。あーあ。それでもちゃんとストレッチをして、9:00前にアラームをセットして寝たわけです。

・7:42、枕元のスマホに電話。すぐに目が覚めて画面を見ると、義母の老健から。この時間の電話は「何か事が起きました」の連絡なのである。声が出そうもなかったので、とりあえずやり過ごす。留守電が入ったのを確認して、留守電再生。介護関係の方は、留守電に用件を入れることはしない。大変そうな声は出さない、という鉄則がある。教育を受けているのだろう。用件は言わない、焦った声は出さない、コールバックを要求しない、というかたちでメッセージが残されている。

・今日は午前中に行くということになっているのに、この時間に電話が来るということは、また何かやっちゃったのかなぁと思いながら、声が出ることを確認して電話する。留守電を残してくれていた介護職員Kさん(男性)が応答。今朝は、朝食のために食堂に行ったのだそう。そして、歯磨きをする洗面台のところまで職員の方が誘導した。そこまでは確認したのだが、その後、車椅子を自走させて部屋に戻ったらしい。そして、部屋のベッドとポータブルトイレのあいだくらいで尻餅をついて、自分でコールを鳴らして職員さんを呼んだ、ということだった。怪我はなく、背中に少し圧迫したようなあざがあるが、本人に特に大きな変化はないとのこと。「申し訳ありません」と言われる。いえいえ、仕方ないんです。自分で何ができるかできないかわからないので、100%アテンドしてもらえないときは、「皆さん忙しくて大変なんだから」という気持ちと、「早くしないとトイレが間に合わない」という思いから、自分の判断で動いてしまうのでありますよ。これは6年間なおらなかったところで、今はとにかく脚力が落ちて、車椅子やベッドから自力で簡単に立ち上がれないようになっているのに、それでもまだ自分の判断で動いてしまうわけで、この方の日々に安全を確保するためには、大げさでなく24時間監視が必要でございます。そういう思いがあるので、こちらが逆に介護の方を慰める感じ。「いえいえ、どうしても自分のできること、できないことがわからないので、これはしようがないんですよ。大けがにならずによかったです。これからもどうぞよろしくお願いいたします」と。そして、お昼までに医師と面談があるので行きますから、「ちょっと話してみますね」と。

・1時間半ほどで起こされてしまって……。夫が9時過ぎに仕事に出かけるので、できれば駅まで送るつもりではいたが、無理だったら一人で出かけてね、ということになっていた。しかし、頭が起きてしまったから、二度寝というわけにもいかず。一応布団でうつらうつら。起きてきた夫に簡単に報告する。熟睡は無理なので、9:20頃駅まで送る。帰宅して、しようがないから洗濯をたくさんしながら、11:00まで仕事。

・11:00に車で家を出て、老健に。いつもは混まない道が渋滞。5分で着くところ、15分近くかかる。1階で相談員Mさんに「おはようございます」。一緒に3階に上がり、医師のI先生(女性)と面談。先日もベッドサイドでお会いして、過敏性胃腸炎の過去の話などを報告させていただいたばかり。書類を渡される。最近の義母の様子、経過が書かれており、高齢であること、食事が十分にとれていないことなどから、急変のリスクがあること(脳梗塞、脳内出血その他、睡眠中の急死など)が書かれており、緊急の際には建物内の病院に運んで処置をすることなどが書かれていた。事前の承諾をとっておかないと、緊急時の措置が老健内ではできないし、家族に連絡してからということでは手遅れになることもあるし、というわけで、書面を作成したということ。書かれている内容は至極もっともなことばかりなので、サインした。(印鑑持っていくのを忘れた)

・シーツを汚すと申し訳ないので(派手に汚したのは一度だけだったようだ)、使い捨てシートを持参した。また、おむつや下痢で皮膚がただれたりしていそうだったため、母の褥瘡防止で使ったアズノールという軟膏(金額が高いのである)を「必要があったら使ってください」と持参した。老健で出してもらう薬はすべて老健負担になるので、例えば目薬も持参して点眼してもらっているのだが、アズノールも持参したものがあれば安心して塗ってもらえるかと考えたわけである。

・義母の部屋に行くと、いびきをかいて眠っていた。声をかけると、「はい」と返事はするものの、まぶたがくっついてなかなか開かない。ようやく開いたら、いきなり転んだことについての報告を一方的にする。義母の頭の中では、「転んだ」→「助けてもらった」→「老健中に報告が回る・相談員Mさん、介護チーフKさんから怒られる」→「家に電話して言いつけられる」→「とみきちから怒られる」というふうに展開しているので、私が電話を受けて注意しに来た、と思っているわけである。怒られるかどうかが問題であって、自分の身の安全は周囲の人と自分とで確保するのだ、ということなど思いもよらない。我が家にいたときからここは直らないので、今さらわかるだろうとは思わないのだが、こういう対応を目の当たりにすると、この義母をどうやったらさらなる事故から守れるのか、途方に暮れる思いである。

・それでも、老健の方たちは決して義母を叱責したり、長々と忠告したりといったことをされないので、義母の中ではそのうちに「転んではいない」というふうに脳内変換されていき、しまいには「転んでいない」ということになる。そして、怒るのは「とみきちさん」のみ、(PTのYさんも率直で厳しいけれど)ということになり、とみきちに言いつけられさえしなければ、なんとかごまかせる、というふうに考えるのだ。「転んだときに怒ったことなどないですよ」と、私はいつも言う。「転ばないように注意しているのに、言うことを聞かないときに怒っているんです」とも言う。義母は全面的に賛成する。しかし、「とみきちさんに怒られる」と言う。何のために怒るのか、と考えることはない。妙手浮かばず。

・前夜から便が固形になってきたということで、それは喜ばしい。朝はお粥を頑張って食べたのだそうだ。昼食が終わるまで滞在し、お隣席のMさんにツバメの写真を見せたり、季節の話をしたり。義母の顔はさらに痩せて、表情がなく、もごもごと前を向いて話す。あれだけ栄養やパワーの蓄えがあった義母でも、あっという間にここまで衰えるのだから、母の粘りは相当なものであったと改めて思う。

・食堂でも、「おかあさん、とにかくもう転ばないでよ。そのためにはどうしたらいいかわかる?」「はい、わかります」「どうするの?」「ピッ」。コールを押して職員さんを呼ぶということを、こういうふうに省略して投げやりに答える人なのである。女王なり。一生懸命私に気を使い、周囲を盛り立て、弱った人たちを助けているのは、そういう自分が好きだから。具合が悪いときはできないのはもちろん誰でもそうだけれど、具合が悪いときは自分も含めて人はにこにこできるものじゃないのだ、ということを認めないのが困ったもので。もちろんまったく悪気はないのだが、無謬説であるだけに始末に負えないことがある。そんなふうでもいいから、また元気になってくれたらいいのだが。そして、調子が悪かったときのことなど何処吹く風で、また、意気揚々と人の面倒を見て、職員さんと軽口を叩いて、という姿になったらいい。なりそうな気もするし、徐々に下り坂かなという気もするし。復活したら、改めて恐れ入るばかりである。

・前日の予定では、そのままフィットネス(土曜は14:00まで)に行くつもりだったが、1時間半程度の睡眠では無理と思い直して帰宅。洗濯し、昼寝などしたら夜まで眠ってしまうと思い、行けるところまでというわけで仕事を。意外と捗るわけですね、これが。

・夫が16:00過ぎに帰宅。夕飯はいつもより早めに。そこでワインを飲んだために、その後仕事をしたけれど、24:00頃、さすがにガソリン切れ。ゴロンと床に横たわって休憩。入浴して2:00過ぎには寝る態勢に。厳しい一日でありました~。

ツバメは順調に成長中。こちらは1階の巣。これは親鳥ではなく、雛です。たまたま2羽しか見えませんが、日頃は6羽ぐらいが押し合いへし合い、巣から落ちんばかり。夜は親鳥も帰宅しますから、縁につかまって尾を外に向けて、まあ寝苦しそうなこと。巣立ちは近いでしょう。

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こちらは3階の巣。もう羽は完全に黒くて、こちらも一見しただけでは、親鳥と区別がつきません。1階の巣よりも深く、おそらくスペースに余裕があるのでしょう。1階の尋常でない乗り出し具合に比べて、餌を待つ態度もややおっとりした感じです。何羽いるのか全貌わからず。しかし、糞は相当なことになってきましたから、それなりの数はいるのでしょう。

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2017年6月23日 (金曜日)

6月20日(火)・21日(水)・22日(木)

◆6月20日(火)

・3:20就寝、6:20起床。朝食。7:10に家を出て、夫と二人で鍼治療に。(←こう書いたけれど、私一人で出かけたのだった……記憶が……)。8:00~9:00。行き帰りとも道がすいすいで、9:30頃帰宅。明日も朝鍼なので、睡眠不足対策で昼寝をしようと思うものの、晴天なので洗濯。2回目を回していたら、10:00前に特養・相談員Sさんから電話。今日は15:00にSさんが、私立ち会いのもと、老健の義母面談に足を運んでくださる予定だった。が、老健から、「過敏性胃腸炎を発症しており点滴中。面談はもう少し回復してから改めて」という連絡が入ったのだという。先日私からもSさんには電話で、「転倒もどきを2回起こしており、全体的に状態が落ちている」と報告してあったこともあり、Sさん、「老健から連絡をいただいて、日時は再設定することになっています。これで申し込みが無しになるというようなことではないので」と、励ましてくださるような感じ。90を越えて、施設で元気を維持できる人は稀なのである。だからこそ、元気なうちに特養に移って……と考えてくださっていたわけで。われわれの申し込みのタイミングが遅かったから、リハビリの回数が減る3カ月を過ぎてしまって、一気に状態が下り坂になってしまった。仕方ないとはいえ、もう少し早ければね~。

・面談がなくなったので、それなら少し眠りましょうかと、11:00~14:00まで、断続的ではあるが3時間眠った。これで合計6時間睡眠か。まあ、なんとかなるでしょう。

・起きてから仕事。

・16:00過ぎ~17:30まで、義母老健に。まず一階にいる相談員Mさんにご挨拶。Mさん、私の顔を見るなり、「すみませーーん」と頭を下げられる。「ぎりぎりまで様子を見たんですが、今日はまたちょっとお元気がなくて調子が上がらない感じだったので、キャンセルさせていただきました」と。私も「いえいえ、こちらこそお手数、お世話をおかけして申し訳ありません」と。5月分の利用料をお支払いする。

・3階に上がり、義母の部屋に。点滴はしておらず、パジャマではなく洋服を着ていた。午前中、お風呂にも入ったのだそう。朝食は無理と断わったが、昼食は食堂に行って、お粥を少々食べたのだと。おやつの時間にはゼリーが出されたが、食べられない、と。便意を催したということで、本人がコールを押して介護士さんを呼ぶ。私より年上の、私もおなじみの男性介護士さん。ベッド脇のポータブルトイレでの用足しの手伝いをしてくれる。自分で立ち上がれないから、もちろん下着を下ろすことも上げることもできない。我が家ではトイレに自分で行っていたのにね。まだ便は緩いから、もちろんおむつだけれど、それでも寝たきりの人用のものではない。しかし、コールされるたびに、そのケアに要する時間は軽く10分かかったりするわけで。トイレ対応だけであっても、家族による介護は到底不可能である。ありがたいことだ。

・顔がすっかり痩せてしまって、皺だらけである。頭のほうは、おかしなことを言うわけではないが、かなり同じことを繰り返すようになっている。入れ歯もガタガタにずれているし、しっかりした発声ができなくなっているから、口の中でもごもごしゃべって聞き取りにくい。「もう一回言ってくれる? ここまでは聞こえたからその続きを」みたいな感じで、極力ちゃんと話をさせるようにする。

・義父の写真を見せたり、様子を話したり。ツバメの報告、お隣の子どもたち、そして赤ちゃん誕生予定のことなども話す。本人は相変わらず、自分の状況を客観的に考えることなく、老健内の人々のことをあれこれ言う。自分がいちばん心配されているのに、「Mさんが心配なのよ」みたいな感じ。あくまでも「人のお世話をする私」でいたい人なのである。

・それでも、あれこれしゃべっていると、精神状態は穏やかで、特に大きな問題はないように感じられる。表情は確かに明るくはないが、暗く沈みきっているときの義母を知っているので、そこまで落ちていない様子だから、少しずつ食べられるようになれば大丈夫かなと思う。食べられるようになるかどうかは大きな問題なんだけれど。

・食堂に車椅子を押していき、テーブルの周囲の方と一緒に少しお話をして、義母には少し渇を入れて、いとまを告げる。心配している義弟夫妻に(義弟は日頃優しい言葉や表情で対応する余裕がないのだが、心ではものすごく心配している。それならそれを言葉や態度にあらわせばいいのにできないのである)ラインで報告。「今日は笑顔も出たので」と。

・そのままフィットネスに。しっかり汗をかいて、買い物をして、19:30頃帰宅。

・義母の汚れ物を洗濯し、自分のウェアも洗濯し、それから仕事。

・夫帰宅までに夕飯の支度をして、迎えに行き、夕飯。そしてまたまた、夜は仕事さ。

・下の写真は、1階のツバメたち。左のほうから親が飛んでくるので、全員左向き。後ろのほうの子は、どうかすると、きょうだいを踏み台にしているようで、尾羽も含め全身、巣からはみ出さんばかりの勢い。餌を獲得するには顔の位置が勝負。生存競争激しいです。

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◆6月21日(水)

・3:30就寝、6:15起床。眠い……。朝食。今日は私一人で鍼治療に(←昨日も一人だったことにあとで気づいた……)。7:10に家を出て、8:00~8:40。荒れ天の予報だが、9:05頃、大雨など降らないうちに帰宅できた。ラッキー。

・ややあって風雨強まり、予報通り荒れたお天気に。今日もまた3時間の昼寝。出かける予定がないので、蟄居して仕事。ひたすらひたすら仕事。目標地点に到達したのが、20:00過ぎ。低気圧は去ったようで、雨も上がり、強風もおさまりつつあり。

・徒歩で近くのスーパーに買い出しに。本日の歩数は1000歩。ぎゃ~、どれだけ運動不足なんでしょ。本当は今日もフィットネスに行きたかったのだが、天候に負けて「蟄居・仕事日」として、家事もしなかった。食事は作っているけれど。

・母を見送ってから、少しずつ食事の時間が長くなり、食事の量が増え、酒量も着実に増え(笑)、ついでに自分の時間も増えてくるなか、じわじわと体重が元に戻ってきている。とはいえ、フィットネス再開のおかげもあって全体的にはサイズダウンしたままで、からだ全体のシルエットに「角(かど)」があるし、体が薄い印象である。ぽっちゃりした人、という第一印象はないかも。とはいえ、筋肉量、骨量はなかなか立派な数値であるし、顔はもう完全に丸顔に戻っている(笑)。食事は大切。ジャンクフードや調理済み食品もジャンジャン食べてしまう生活なので、できる限り野菜、根菜、海草、良質のタンパク質、カルシウム、発酵食品などを摂るように心がけよう。

・しかし、一日8時間くらい仕事をするとこんなに捗るのね~、と感動しきり。

・国家公務員共済組合に、母の死亡を電話で伝え、年金をストップしてもらう。このあと、書類を整えるのが面倒。

・夜はいつもどおりのパターンで、またまた仕事。

◆6月22日(木)

・3:50就寝、11:00過ぎ起床。8:00過ぎに起きようと思っていたが、夫が「ごみを出してきたよ」と。やった~、というわけで安心して二度寝。しかし、電話が鳴ったり、ドアホンが鳴ったり、あれやこれやで何度も目が覚める。11:00前に義母から携帯。横になったままフガフガしゃべるので聞き取りにくいが、用件は「明日のお風呂に備えて、今日、着替え一式をスタッフさんが取りに来るけれど、とみきちさんが用意してくれたものがどこにあるかわからないの」ということだった。火曜日に、お風呂の着替えの用意はしないでおくけれど、引き出しに足りる分はわかるように入れておくからね、と言っておいたのだが、もちろん忘れているのである。今はスタッフルームから近い部屋に仮住まいをしているので、衣類すべてを持ってきているわけではない。しかも、いつ下着やズボンを汚すかわからないから、数日後のお風呂のために一式用意しておくことは控えておいたのである。「ああ、そうなの。わかりました。それじゃ、適当に用意してもらえばいいのね」ということで、一応伝わったようだった。、今本人は、ベッドで体を起こすのがやっとであって、タンスのそばに行くこともできないのだから、すべてお任せするほうがよいわけなんだけれど。それでもそうやって気を使うのである。そのやりとりで7分くらいかかり、おかげで私はすっかり目が覚めた。

・昨日は荒れ天をいいことに洗濯をしなかったので、今日は洗濯。3回回す。

・実家の査定をしてもらうために、ずっとお世話になっていたハウスメーカーに電話する。昨日かけたら定休日だったので、今日改めて。母が実家に居た頃から我が家を担当してくださっていたKさん。父が一人暮らしになってからも、エアコンの買い替え、床暖房の不具合、ガス給湯器の買い替えなど、あれこれお世話になった。信頼できる方なので、買い替えは別会社とわかっていたけれど、グループ会社だからKさんを通すのがよいだろうと。幸い彼はまだ在籍していたので(転勤がない地元採用なのかもしれない)、父母とも他界したこと、兄も私も住むつもりがないので手放そうと思うことを伝えた。無料で査定してくれることはわかっているし、上物や備品などを分けて査定する仕組みであるから、ここ数年のうちに上記のあれこれを新しくしたことなども社内にデータがあることを考えると、これまで関係のなかったところに頼むよりもより細やかな査定をしてくれるのでは、と期待するわけである。さて、どういうことになるだろう。

・もう一つ、延ばし延ばしにしていたカタログギフトの申し込みを、昨夜ネットでしてみたら「期限切れ」と出たので、これは電話に限ると電話をしてみた。電話のオペレーターさんが確認してくれたところ、やはり一週間ほど前に期限切れになっていることがわかった。が、ギフトの葉書に有効期限は発行日から一年間とあるが、発行日の記載がないことを告げたところ、注文OKということになり(まあ、当然だけど)、気持ちよく注文することができた。年金、実家の査定、期限過ぎのカタログギフトの件など、たいしたことはないけれどちょっと億劫で後回しにしていた懸案事項を一つひとつ片づけて、少し気分よし。

・そして仕事、仕事。夜に完成して納品~~。ああ、すっきり。

・夕方、フィットネスにも行った。動きが小さくなっているせいなのかどうなのか、心拍数がいつもより上がらないが、じんわりと汗をかいて気持ちよし。そのまま図書館に寄り、仕事で確認したかった雑誌記事3件見つけてコピー。これもやや面倒だし、雑誌が借りられていたりするとできないわけだが、運良くスムーズにできて、さらに気分よし。

・往復徒歩で、本日は6300歩。フィットネスは30分で8000歩強相当だそうなので、まずまず合格の運動量でした。

・帰宅後、仕事の続き。そして夕飯の支度。今日も具だくさんみそ汁。手当たり次第入れています。本日の具は、キャベツ、タマネギ、シイタケ、ベーコン、油揚げ、ワカメ、オクラです。お味噌は2種類を混ぜて、お出汁は煮干し。ほんだしなど塩分の強いものを使っていないのに、味が複雑になってとても美味。しかし、食後、PCに向かいながら、今度は、昨日の残りのマカロニサラダ、ゴーダチーズ、ピクルスをつまみに赤ワインを飲んでしまうわけで(笑)。体のことを考えているのか、考えていないのか。我ながらビミョー。

・ツバメはすくすく成長しています~。

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2017年6月19日 (月曜日)

6月19日(月)

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1階のツバメたちは、もう少し大きくなって無秩序に顔を出していて楽しいのだが、日影になっていて暗くて、写しにくいのが残念。これは3階のツバメたち。既に和毛がほとんど抜けて、黒い頭になりかかっている。声も大きくなってきた。餌をもらおうと伸び上がると、天井に頭がつきそうになるほど高い位置に巣がつくられている。エレベーターの扉の前に糞が落ちる位置。気をつけていれば頭に引っかけられることはないと思うが、うっかり端に寄っていると、危ないかも。

・3:45就寝、8:00過ぎ起床。昨夜は仕事をしながら、久しぶりに首ががくんがくんとなるほどの睡魔が一時的にやってきた。そのあと復活したのだが。今朝もかなり睡眠不足感が強い。ごみ出しをしてから、夫と朝食。喪服に着替え、供物を乗せて、9:45頃車で出発。実家のそばの菩提寺に向かう。夫は昨夜、不調だったし睡眠不足なので、そういうときに運転してもらうと私も安心できないので、私が往復運転。

・暑い。義姉が我が実家のことに絡む日は、相当の確率で晴れる。それもちょっと行き過ぎるくらい晴れて暑い。「カントク(義姉をこう呼んでいる)、お手柔らかにお願いします」と言っておいたのだが、やはり暑過ぎる(笑)。

・お寺には10:45頃到着。当初から遅れてくる予定のいとこを除き、参列すべき人は既に全員集まっていた。叔父夫婦、叔母、その娘であるいとこに、遠方からの参列にお礼を申し上げる。兄家族も元気そう。

・11:00から法要開始。お位牌の入魂と四十九日の法要。そして、お墓に移動して納骨。お花がきれいだった。お寺のホールに戻って食事。和尚様はこれから名古屋に行かれるとのことで、お食事は辞退されたため、身内だけの気楽な時間になり、あれやこれやと寛いでおしゃべり。遠方から来てもらった叔父叔母たちには、かえってよかったように思う。堅苦しいことが似合わない一族である。母の四十九日ではあったが、集まったのが全員父方なので、いきおい父の話になる。それでよい、と思った。母のことはまた母を知る人が思い出してくれたらいいので。

・13:30過ぎに解散。皆さんはタクシーで、われわれ夫婦は車で。兄も夫も遅れてきたいとこも、このあと仕事という話である。平日だからね~。

・15:00頃帰宅。夫は一休みしてから仕事に。私は、フィットネスに行きたい気持ちもあったが、明日は鍼&老健での面談があるから、今日、なんとしてもここまで進めたい、というところまで仕事をしていたら19:00を回ってしまって断念。

・義弟夫妻から、日曜日の老健、義母の様子をラインで知らせてもらった。食事をせず点滴をしているので、ベッドでずっと寝ている。そういう状況なので、頭もあまり活発に動かない様子。肋骨を打ち付けることになった行動を、今とても反省しているようだ。まあねえ、いつもそうなのだ。弱気になるとドーンと落ち込み、元気になるとすっかり忘れて、自信をもって自分の好きなように行動する。そこがいいところなのだが、怪我や体調不良を防ぐ予防の精神がないうえ、記憶と判断力の問題が上乗せされ、よい状態を保つことが難しくなっている。我が家にいた6年間はその繰り返しだった。いったん老健に入ってこうなると、なかなか厳しいが、諦めずに働きかけ、老健の方々にもなんとか支えていただければと思う。

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6月17日(土)・18日(日)

◆6月17日(土)

・5:00就寝、13:00起床。8:00頃から1時間置きくらいに目を覚ましては眠るという繰り返しで、粘って午後まで。本当はやること山積みなのだが……。

・午後はとりあえず仕事。

・17:00過ぎに夫を車で家を出て、義父宅に父の日のプレゼントを届けに。プレゼントといっても、一人で頑張ってくれているので、アルコール類あれこれと鰻やお刺身など、つまみになり、かつ、栄養のとれるものを見繕って。それから、メッセージカードとお小遣い。義父はだいぶ痩せたが、玄関に出迎えてくれたとき、ちゃんと真っ直ぐ立っている。それだけで感動である。95歳。強靱な人だ。耳はかなり遠いし、世の中のことがそもそもわからないところがあって、その意味では若い頃からトンチンカンだが、それ以外の点はまだまだ相当大丈夫。例えば、数年前にテレビを買い替えて、ビデオとのつなぎ方が変わったため、ビデオを見るときはちょっと面倒な手順が必要なのだが、それもきちんと覚えているし(90歳を越えて、新しい操作を覚えるということがすごい)、何をするにも自分なりの手順があるし。整理整頓はまったくできない人で、また、清潔にすることもできない人なのだが、それでも自分なりの物の置き場所のルールがある。義母がいた当時は洗濯なんてことはしたことがないわけだが(夫も同じ)、今は自分でちゃんと洗濯しているのである。洗濯機の使い方も90歳を過ぎて覚えたわけだ。しかし、お風呂が大嫌いなので、自分の体を洗っていない……。「お父さん、もう少しお風呂に入りましょうね~」と言ってみる。あまり長いことお風呂に入らなかったので、お風呂の点火の仕方を忘れてしまったのだそうだ。毎週末来る義弟に聞いたところ、「このつまみを1、2とやるんだ」と教えてくれたそうで、義父は、そのスイッチが2段階になっていることを忘れていたのだと言う。しかし、いちど義弟に教わったらもう大丈夫だし、自分が忘れてしまって義弟に教えてもらったというプロセスの記憶が正確であることに感動する。

・そんなこんなで小一時間ほど過ごし、「もう少しうちが片付いたら、ご飯を食べに来てくださいね」と。とにかく会ったらまず、母への悔やみを言ってくれるのである。「お母さん亡くなってから初めて会うんだね」といった感じ。一人暮らしで、その時間のプロセスの記憶が正確に頭に留めておけるのがすごい。しかし、家の中の混沌ぶりは天下一品である。夫は確実にこの父親の血をこの点は引いている。日頃の行動はほぼ母親から来ており、このところそれが顕著であるため、年老いてからが大変に心配なのである。しかし、親子というのは似てくるものなのだなぁ。

・19:00ぎりぎりにクリーニング屋さんに飛び込み、ワイシャツその他を受け取り帰宅。簡単夕飯を20:30から。そして、翌日は「みちくさ市」なのである。不忍ブックストリートの一箱古本市出店をキャンセルしただけに、ぜひとも晴れてほしいところだが、天気予報は降水確率60%。うーみゅ。

・夫一人で全部準備して、私はひたすら仕事。てるてる坊主は、以前義母が作ってくれた2体そのまま。

◆6月18日(日)

・3:45頃布団に入るも、午後まで寝ていたため、まったく寝付かず、5:00を回ってしまった。あーあ、やはりどか眠はいけませんね。8:00起床。主催者による開催可否のアップは8:00。一応開催とのこと。途中で雨が降った場合は、時間によって参加費を全額あるいは半額返金しますとあった。なんとか降らずにいておくれ~。

・食事をして、9:20頃、車にあれこれ積み込んで(いつもより少なめ)出発。道路がすいていたので、10:00少し前に到着。「東京アメッシュ」をスマホで頻繁にチェック。雨雲無し。なんとか数時間はもつでしょう。

・いつもはしっかり時間を守って11:00開店するようにしているが(フライングで売ってしまうと、遠くから足を運んでくださる常連の方などに申し訳ないので)、今日は雨のことがあるから特別に、と10:30過ぎから開店。お客さんも同じことを考えるようで、予想よりもお客さんの数が多く、それなりに売れていく。

・今回は、野球のユニフォームの小学生が注目度№1のお客さんだった。手に取る本も、本を選ぶ目つきも、私などより数段、本屋さん、あるいは書棚とのつき合いが深いことが見て取れる感じ。「中学生ですか」と私が聞いたら、「いいえ、小学校6年生です」と。そして、「ここの本って幾らでしたっけ」と聞く。「それぞれの本の後ろに値段を書いた紙が挟んであります」と私が説明し、風太郎が「でも、読んでくれるなら100円におまけしますよ」と言ったら、「じゃあ、ください」と言って、哲学の本をお買い上げでした。手に取った本2冊、そしてお買い上げの1冊の書名は、風太郎がいずれご報告することと思います~。媚びることもなく、淡々と本を選び、お尻のポケットから千円札を出し、お釣りをもらって。「ほかに気になる本があれば、そちらもおまけしますよ」と言ったら、「とりあえず今日はこれでいいです」と。たいしたものである。宮本君が「はみかみ高校生」だった頃を思い出すわけで、その話をそのあと宮本君が来たときにしたのでありました。

・結局13:30頃からぽつぽつと来始めて、主催者の方が即座にテントを立ててくださり、本降りでなければしのげるかなと思ったけれど、結局、それからだんだんと雨量が増えてきて、あちこちのお店の方が店をたたみ始め、わがとみきち屋もさすがにもうお客さんが来ないねということで途中閉店。それでも何十冊かお買い上げいただけたようである。お天気の悪いなか、いつもありがとうございます。朝一番に足を運んでくださる方々が、「あ、これこれ」という感じでピックアップされるものがあると、足を運んでいただいた甲斐があってよかった、という気持ちです。選書も、何をお買い上げいただいたか覚えているのも番頭・風太郎ですけど、店番をして、お客さんとおしゃべりするだけの役目の私めも、嬉しいわけでございます。

・雨が降ったりやんだりの中、新宿の渋滞は避けたものの、家までの道のりで一カ所、結構長い区間渋滞する場所があり、時間がかかった。渋滞嫌いで、かつ、私よりもさらに寝不足の夫の運転は危険過ぎるので、帰りはもちろん私が運転。

・いったん帰宅したのが18:00前。それから、私は金曜日に頼んでおいたお供えを取りに、駅前の百貨店に。これがまた駐車場、そして駐車場のエレベーターが混むのである。「あわてない、あわてない」とのんびり気分でいると、イライラすることもない。果物、お菓子を受け取り、ついでに夕飯のお寿司、親戚への手土産も買って帰宅。

・お寿司だけでは体に良くないので、ワカメとキュウリの酢の物、小松菜とシイタケの炒め物をつくり、今日は具だくさんみそ汁はお休みにして、インスタントみそ汁にしてしまう。

・夕飯後、夫は車でまたブックオフかどこかに。私はワインを飲みながら、夜は仕事さ。かなり捗る。23:00前に帰宅した夫が、その時点でダウン。これが困るところなのである。好きなことをやるのはいいが、自分の生活を管理しなさいね、というのが私の理屈。今日は疲れたから早く寝る、というのでもいいし、遅くまで起きていてもいい。とにかく何も考えず、計画も立てず、そのへんで寝るというのは駄目です、と言うのだが、なかなかなおりません。最初は普通の声で起こすのだが、30分、30分と経ってくると、「起きなさい!」と声を荒げることになる。そのときまで起こされている自覚のない夫は、いきなり怒られた感じがして、これまた怒る、という不毛な状況になる。こちらは怒っているのではないのだが、夫を動かすにはそういう手しかないのだから困る。なんとか起きたら、「頭が痛い」とか言っているが、それは自分で対応していただかないとね。

・明日は母の納骨である。(父の一周忌もという話だったのだが、その話はどうやらなくなったようだった)

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