2017年4月29日 (土曜日)

4月28日(金)

今夜は母の部屋に泊まります。

施設が布団を貸してくださったので、いつもより早寝。
母は意識あり、話もできるし、血中酸素濃度98%、脈も同じくらいだが、少しずつ幻覚が見えるようになり、時々無呼吸になる。
午前中医師の診察、午後は訪問看護。施設の方たちも至れり尽くせり。褥瘡の危険性ありの部位が発見され、看護師さんたちテープで予防。そして、ただちにエアマットが手配され、夕方には交換。
夜勤はベテラン介護士のFさん、一時間に一回見に来てくださるというので、私は寝かせていただくことに。
夜仕事帰りの夫が顔を出したらとても喜んだ。そして、夕飯後、私が泊まる支度をして戻ると、大喜び。
明日の夕方、兄が仕事のあと寄ることに。もう少し待てるかな。明日も午前中、看護師さん来てくださる。
ここに帰ってこられた母は本当に運が強いなあ。
寝不足続きなので、今夜は一時半にもうおやすみなさい。

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2017年4月28日 (金曜日)

4月27日(木)

・4:00前就寝、7:00起床。

・家を8:00過ぎに出る。夫に車で駅まで送ってもらう。新緑の季節。都内のキャンパスにてオーラルの仕事。いい季節だなぁ。初夏と晩夏が大好き。

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・終わってキャンパス内のベンチでおにぎりを一つ食べてから帰途に。仲間2人は、別の大学の郊外のキャンパスに。チーム仕事が重なった日。私の都合を優先してもらい、私はこちらの担当。

・デパートの介護用品売場で、パジャマではない寝間着を見る。いかにもという感じで、母には似合わないし、足元が頼りない。着心地も良さそうとは思えない。おむつ交換のときに体位を右に左に替えるのが体に負担をかけるという理由で、この寝間着を着せることにどれほどの意味があるのか、と思い、購入せず。15:00前帰宅。

・16:00前、母の部屋に。お昼前に訪看さん(今日は看護師2名体制)が、施設の介護職員さんたちと協力して、母の全身の清拭、着替え、洗髪までしてくださっていた。がさがさになっていた足にはローションが塗られ、きれいになっていて、ありがたいのなんの。着替えたパジャマ類は洗濯して浴室に干してあって。。。

・私が行ったときは母は一人で寝ていた。「ママ、来たよー」と顔をのぞきこんだら、眼をあき、私とわかると顔をくしゃくしゃにして、「いちばん嬉しい」と。「いちばん」は言っちゃだめとってあるのだが、必ず言うのである。しかし、ちょっと具合がよくなさそう。訪看さんのメモには、鼻・のどの吸引を嫌がったと書かれていた。水は5口くらい飲んだが、すぐに眠ってしまうとのこと。まあ、疲れたのは確かだろう。あとで、施設のNさんの話によれば、洗髪その他、「気持ちいい」ととても喜んでいたそうで、しかし、その後吸引されたのでその喜びも束の間だったようだ。

・口腔ケアしていただいているのだが、舌苔のようなものが見える。口の中ががさがさ。「ママ、起きて少し水を飲む?」と聞くと、こくりとうなずく。スポンジなどを外して、からだをいったん平らに直してベッドを起こす。まずは口をゆすごうか、と言うのだが、起こされても寝ている感じ。どうかなぁ、できるかなぁ。結局、少し口の中を湿らせたら、舌の上の気持ちの悪いものが感じられたようで、舌を大きく出す。かたくなっていてブラシでもなかなか取れない。もう少しふやかさないと。スポンジでぬらしたりいろいろ工夫して、ようやく取れた。今度は水を飲む。5口くらい飲んで、「疲れた、もういい」。一度少しだけ角度を緩めて休ませて、今度は吸引。「やらなくていい」と言うが、やはり口の中のねばねばは気になるようではある。

・結局今日は、もう一度吸引した。寝ていて、痰がのどに絡まって咳をし始めたので、母に「ちょっと取ろうね」と言ったら、「やさしくやってね」と言うので、「そうするね」と言って、体を起こさず寝たまま。入院時、点滴の水分が処理できずに痰が増えていたときの濃くて硬い痰ではなく、粘性ではあるが透明の痰なのだが、やはり切れにくいので、息が詰まるのである。

・仕事をしようと思うのだが、なかなかはかどらず。安否確認のヘルパーさんが見えると、それに対応するし。一人、おむつ交換も体位交換も、ちょっと驚くほど下手な方がいて、さすがに「それだとちょっと怖いので、こういうときはこういうふうにするといいんですって」と私が教えながら一緒にやっていく始末。この人にやってもらったら、かえってからだのどこかを痛くしたり、一瞬で褥瘡ができたりしてしまうだろう、というレベル。彼女も「教えてくださってありがとうございました」と言って帰ったが、本人としても肝を冷やしたことだろう。電話でいつものNさんに、「手がすいたらちょっとご相談が」と言う。Nさん、しばらくしてやってきて、「申し訳ありませんでした」と。「いえいえ。あのSさんがお一人だったらかえって気の毒なくらいでした。ちょっと危ないと思うので」と。そのあと、SさんはベテランのNaさんに付き添われてやってきた。しかし、おむつ交換は不要のタイミングだったので、おしゃべりをしただけで終わり。

・母は、声をかけて眼が合えば、誰に対してもしっかり笑顔で答えるが、今日はすぐに眼を閉じてしまうし、眉間にシワが寄っている。具合が良くないようである。酸素もどうかすると93くらいまで落ちる。夜に向けて、「お腹が痛い」「腕全体が痛い」という訴えが増えた。当初、着替え、体位交換等でどこかを痛くしたか、あるいはマッサージでおかしなところに力を加えてしまったか、と思ったりもしたが、こちらが手を加えたときではなく、じっとして寝ているときに痛みを訴えるので、どちらかというと炎症とか神経痛とか、そういったたぐいの痛みかなと思う。

・20:20頃まで、痛みをやわらげるような態勢をつくってあげるように工夫したあと、「おまじないをしておいたからね」と痛みのあるところに手をじっと当てて、「明日は午前中も来るし、午後も来るからね」と言って帰宅。

・帰宅後、すぐに夕飯の支度。21:00過ぎから、今日録音してきたものの整理と、音声ファイルのアップ、チームのMLに報告のメール。仲間2人からは、やはり今日の報告のメールと音声ファイルのアップ。それについて互いにやりとりをして。

・連続オーラルのうちの日程調整が済んでいない案件の5月の日程調整メールが来た。私はあいにく別件と重なった。母のこともあるので、私のスケジュールを考慮に入れず決めていただくようお願いする。連休を挟むと前後は予定が詰まってくるのだ。

・毎年5月か6月に依頼のある某学会の学術大会の記録仕事、昨年は仙台まで出張したが、今年は愛媛。出張には及ばす、現地でテープ起こしの人を調達する、という話をだいぶ前にいただいていた。かえってラッキーだったなぁと思う。

・オーラル、今日仕上げられると思っていた案件が、睡魔にやられてまったく終わらず。今日は諦めよう。

・明日は、看護師さんの訪問が午後なので、私は午前中担当。午前中、ちょうど訪問医師の臨時往診があるので、その時間までに行って母のケアをしよう。腹痛その他のことも直接伝えて診察していただこう。

・午後は午後で、訪問看護ステーションの所長から重要事項説明があるので(契約は、訪問リハビリの際に済んでいるので新たな締結は不要)、その時間にも行かなければいけない。バタバタである。

・土曜日は11時に来てくださるとのこと。それ以降は相談ということになっている。連休中は基本、私一人で保水、吸引を担当するかたちになりそうだ。仕事も進めないといけない。ヘルパーさんにやっていただけることは、なるべくヘルパーさんにお願いしつつ、要所は私が、ということにしていこう。

・一箱古本市、夫が一人ででも参加できるといいのだが。みちくさ市と違って、準備も大変だし、お客さんは多いし、気合いも入っている。駐車して、荷物を運んで、と一人ではなかなか大変だと思うが、私が参加するのはやはり厳しい。。。車で運んで店開きするだけならできるが、帰りの荷物をどうするかという問題があるし。

・早寝するつもりが、今夜もまた遅くなった。

・昨日書き忘れたが、夕方、義母から私の携帯に電話がかかってきた。母の退院後の様子を心配してくれての電話であった。しかし、ちょっとずれていて、「お母様、どう? 気がついた?」 えっと、どういうふうな理解をしていての質問なのか……。退院ということはわかっているのか? 義妹から何か報告を聞いてのことなのか……。おそらくは「意識がなくなったママ退院した」という理解だったようだ。「あ、ありがとうございます。無事に退院しました。とても喜んでいます。皆さんが優しく話しかけてくださるので、表情が全然違います」。そういうときの義母の反応の特徴。「よかったわね」じゃないんです、「それはそうよ。それはよかった」。自分が思ったとおりだった、という台詞がかえってくる。心配してくれている気持ちはとてもとてもよくわかって、ありがたいし、その分義母に我慢を強いることになるからごめんなさいとも思うのだが、「そりゃそうよ。だから言ったでしょう」的なトーンには、もう慣れっこだけど、へっ? とやはり思うのである。物の言い方というのは、本人はそういうつもりはなくても、相手には違って響くものだ。そして、そういうふうに感じたときに、きっと自分もそういうふうに相手に思われるようなことをたくさん言っているのだろうな、とも思う。

・そして義母は想像を人と共有することが苦手なので、一つの話を聞くと、自分なりの思い込みで想像をするので、「とてもよろこんでいる」という言葉から、今度は元気になったのだ、というふうに思ってしまいがちなので、そこに釘を刺しておかなければならないのである。「でもね、先生からはここ数日が山場と言われているんですよ」「そんなこと言わないでよ」「物を食べないし、水もほんのちょっとしか飲めないし、点滴もしていないから、時間の問題というのは確かなの」と言うと、また「ほらご覧なさい」の勝ち誇った感じから一転、奈落の底へ、という感じになる。言葉で実態を伝えるのは大変である。義母自身も最近少々倦怠期。一番の倦怠期からは少し脱出しかけているが、よそ様向けの義母をもう3カ月近く続けているので、そろそろ疲れてきているのだと思う。義母も夫も、内と外が違っていて、外に対して一生懸命気を使い、ええ格好しいをするタイプなのである。外向けの自分も嘘の自分ではないのだが、無理をしている自分なので、家に帰ると、外向けの自分は脱ぎ捨てたい。しかし、老健で暮らしていると、そういうわけにもいかない。だんだん疲れてくるわけである。ナチュラルでいられればいいのにね~。あるいは、続かない無理はそもそもしなくてもいいのにね~と思うのであるが、人はそれぞれスタイルがあるから。

・さてさて、お風呂に入らねば。明日もバタバタの一日だろう。母の苦痛が増しませんように。








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2017年4月26日 (水曜日)

4月26日(水)

・4:30就寝、10:15起床。

・今朝は、10:15頃に訪看さんが見える予定。特別なことが何かあれば連絡が来るが、特になし。無事に一夜が過ぎたわけだ。

・洗濯2回。夫と食事。「今日のママはどんな感じかなぁ」。

・夫を駅まで送ったあと、仕事少々。

・お昼頃に、母の訪問リハビリに来てくださっていたPTのMさんに電話。昨日無事に退院したこと。退院してとても嬉しそうにしていること、しかし、どこに帰ったのかよくはわかっていない様子であること、ヘルパーさんほか職員の方たちの顔は皆、思い出せること、などを報告する。Mさん、「ああ、よかった。僕も退院の前の日に会いに行ったんだけど、僕の名前を忘れている感じだったんですよね」と。Mさんは、昨年2月に男の子が生まれ、母がいつもそのSちゃんのことを話題にするので、成長に応じて、写真を2枚ずつ持ってきてくださっていた。その写真を入れるために私が買ってきた小さなカードホルダーには、もう10枚ほどのSちゃんの写真が納まっている。Mさん、「あの写真を見て、時々僕のことを思い出していただければ」と。「そうさせてもらいますね~」。昨日のS医師のご所見を伝えたところ、母の状態をずっと見てこられているだけに、変ななぐさめの言葉を口にすることもなく、「病院を出られてよかったですね」と。

・13:00過ぎに、昨日買えなかった、吸引のチューブを消毒するためのエタノールコットンを買いに薬局に。小さいものしかなかったが、仕方なくそれを購入。我が家のための日用品も買って、そのまま車で母詣で。

・13:40頃、まず1階で責任者のYさんにバッタリ。今日の母の様子を知らせてくださる。部屋に入ると、兄がいて、ベッド際に椅子を置いて母と話していた。兄が入っていったら、眠っていた母がぱっちり眼を開けたのだそうだ。「気配を感じて眼を開けたからびっくりした」と兄。前回の病院見舞い時は本当に具合の悪い状態だったから、もう退院は無理かと観念したと言っていた。そのときからすると、見違えるほど普通に戻った感じがするのだ。いいとき、悪いときの両方を見ていると、いいときにも喜び過ぎず、悪いときにも覚悟は決めるが諦めることなく、というふうにできるようになるが、遠くから会いに来て、とても具合が悪い母親を見るのはつらいことだったろうと思う。

・いろいろしゃべっていると、母がいろいろなことを覚えているので兄は驚くわけである。そして、少しずつ説明が足りないので、ディテールがわからなかったり、真偽のほどがわからなかったりする。私に「ママがさっきこういうことを言ったんだけど」と言うので、「ああ、それはね……」と私が説明すると、「へえ、そんなことがあったの」という感じ。兄の記憶の空洞は(これは性格なのだが)人並み以上なのである。首その他をマッサージしてあげたりすると喜ぶよ、なんて言って、2人で母を囲んでおしゃべり。

・そのうちにヘルパーさん2人登場。1人は、しっかり者のヘルパーNaさん。母が秋から冬にかけて状態が悪くなったときに集中してお世話になった方。さまざまな介護知識があり、私にいろいろ具体的なことを教えてくださる。今日は、訪看さんが入られたとき同席していたとのことで、詳しく報告してくださった。母は、今朝37.7度の発熱があり、若干脱水だったという。酸素の機械が発熱することもあり、帰り際、布団が重いというので布団を減らした分、母が寒いと言うため暖房をつけておいた。それで部屋が暑すぎたのだ。吸引、水分の経口補給などの様子も教えてくださる。

・もう1人は、今回は結局母の担当を外れることになった、長くお世話になっており、母の個人的なおしゃべりにもつき合ってくださっていたKさん。ほかの方のお世話で見えたので、ついでに寄ってくださったという。病院には、入院時から3~4回面会に来てくださっていて、退院2日前あたりの最も調子の悪い日にも来てくださったそうで、そのときはほとんど眼を開けなかったようで、やはり今日の母の顔色、表情、話しぶりなどを見て驚き、私に「こんなに変わられるんですね~。よかった~」と言ってくださる。彼女は私より少しお若いくらい。明るく、逞しく、さっぱりしていて、頼りになる方なのである。また遊びに来てくださると言う。母も「また来てね。ありがとう」と言って、にっこにこ。

・2人が帰られて、また兄と2人で母を囲む。私が「なんか初孫を囲む親戚みたいに、皆さんがなんやかんやと世話を焼いてくださっているでしょう」と言うと、兄も「本当にそうだねえ」と。母の笑顔や返事に、皆さん一々喜んでくださって。そして、私が兄に「でも、ママは可愛がられ慣れているから、堂々としたもので、恐縮したりしないのよね。普通に“ありがとう”ってなものよ」と言うと、兄はまったくだという感じ。そして、私が母に「ねえ、ママは人気者ね~。皆さんが優しくしてくださるのね。でも、まあ、ママにとってはそれは特別じゃなくて、普通のことなのよね」と言うと、その意味がわかるらしくて、顔をくしゃくしゃにして笑う。私が兄に「否定しないものねえ」。

・兄は「ああ、安心した。また来るよ」と言って帰ることに。母は「また来てね。ありがとう。○○○ちゃんによろしくね」と兄嫁の名前を口にする。私が兄を駅まで車で送っていくことにして、母に「ママ、お兄ちゃんを送って帰ってくるからね」と言ったら、「何分?」「20分くらいかな」「長いわね」と、いきなり自分中心の母に戻るのである。おもしろすぎ。そして送って戻ったら、母は大爆睡。疲れたのだろう。

・その後20:15頃まで、母の部屋に居続けた。そのかん、施設責任者のYさんが一回登場。書類関係のことでいらしたが、また母をベッドの両サイドからさわりながら、あれこれと少し個人的なおしゃべり。「吸引を見せてもらっていいですか」と言われたのに、声をかけるのを忘れてしまった。また今度。

・昨日おむつ交換をしてくださった若いTさんが2回。体位交換を少し手伝いながら、母の様子を少しずつ話す。Tさん、昨日よりも丁寧な手つき。昨日は、大勢の人がいるなかで、きちんとできるところを見せなくちゃという緊張もあったのかもしれない。今日は、作業のみに集中する感じではなく、母の様子を見ながらの雰囲気に。それでも、やはり体に触れる瞬間、手にソフトな加減をする感覚は持ち合わせていないようでパッパッと触れるのである。触れる瞬間はそっと、そして作業は手早く、というふうにできるといいのだが、それは望み過ぎかな。母の特徴や面白さ、それから体の癖や気をつけてもらえると嬉しいことなどを、おしゃべりの中で少しずつ伝えていくと、「ああ、本当ですね。今度、そこ気をつけてみますね」という感じで素直である。今日は、タイミング悪く母がくったり寝ているときにあたってしまったが、「お時間あるときは、どうぞおしゃべりしていってね」と言ったら、「はい、お元気そうなときはそうします」と。

・ノートパソコンでの仕事は進みは悪いが、やらないよりはまし。母のマッサージなどもしつつ、爆睡しているときは仕事に集中。

・結局、今日の滞在中、兄がいるときに1回、兄が帰ってから2回、体を起こして水分補給。吸入は1回。モモのゼリーを口に運んでみたが、「味が濃い。食べたくない」ということで、小指の爪より小さいかけら、ほんの2口でおしまい。あとはとろみ水。でも、私の滞在中に50ccは飲めたかなあ。血中酸素濃度は98~99%を推移していて、その点は安心。血圧はやはりぐっと低くて上が100を切ったりしているようだから、やはりターミナルではあるのだ。

・「とみきちちゃんがいると安心」の台詞は、この半年の決まり文句。「寂しい」も出るけれど、「ものすごく長い時間一緒にいるじゃない。大丈夫よ。ヘルパーさんたちも呼ばなくても必ず様子を見に来てくれるから。また明日ね~」と。

・明日は、チーム仕事が重なった。恒例の大学でのワークショップに実務者からの講義という部分を担当させていただいている案件が先約であったのだが、別件でオーラル・ヒストリー(一つのテーマで複数の方にお話を伺うもの)の録音が重なった。依頼主の大学は別々だが、先日の集いでもご一緒だったし、私たちへのご依頼のスタートとなる研究者がお二人の指導者なので、根っこは一緒。双方に事情をお話しし、チーム内で相談して、母のこともあるので、私が都内で午前中で終わるオーラルを、私からするととても遠いところに位置するキャンパスでのワークショップに仲間2人が行ってくれることになった。諸々負担をかけてばかりで申し訳なく思うが、こうして協力し合う仲間のいることの心強さ、ありがたさ。人間関係って、一朝一夕ではできない宝物である。

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4月25日(火)

・多くの方の支えのおかげで、母は本日、無事に退院。我が家から徒歩10分の高齢者住宅に戻ることができた。夫と私とで病院に迎えに行き、ストレッチャーに乗せられて介護タクシーで到着。お世話になった職員さんたちが「おかえりなさい、おかえりなさい」と歓迎してくださって、3年間暮らしていた部屋へ。ほとんど眼を閉じてうつらうつらしている状態であるが、声をかけられ、眼が合って、見知った顔とわかると、相好を崩して笑う。本当に嬉しそうに笑うので、声をかけてくださった方もまた喜ぶという、喜びの輪が広がる雰囲気になった。

・お昼過ぎに、一度ヘルパーさんや責任者さんに来ていただいて、おむつ交換に必要な物や場所を説明し、試しにやっていただく。若くて、さばさばした、きれいなTさん。手慣れている。一生懸命やってくださる。が、申し訳ないけれど、繊細さ、相手の反応を感じる感覚にちょっと欠けるかな。美容師でも、マッサージでも、あるいは、楽器の演奏でも、何でも同じ。これは人の感性の問題なので、仕方のないことなのだけど……。

・午後、これまで訪問診療でお世話になっていたS先生(私より少しお若いくらいの女性の医師)が来てくださって診察。病院から受け取った数値等から、大変厳しい状況であるとのご所見。その診療所は離れているので、実際の訪問看護は、こちらの市内の訪問看護ステーション(入院、訪問リハビリでお世話になっているところ)が担当してくださることに。

・S先生のご所見では、既に最終の終末期である。病院では点滴をしていたが、既にむくみ等もあり、からだに負担がかかっている状態になっている。自然な死を望むということであれば、過剰な点滴は本人の負担が増えるだけという考え方もある。本人が食べたいという気持ちになって口からの摂取が少しでも増えることがあれば、少し持ち直すことはあるかもしれないが、今は話をするのも食べるのもつらいという状態になっている。点滴をするかしないかによって訪問看護の体制も変わるから、その点も考えるように、とのこと。

・訪問看護ステーションの方がまだ到着していなかったので、S先生は住宅内の別の訪問先に行かれた。ほどなく訪問看護ステーションのNさん到着。初対面。たまたま二人きりのタイミングだったので私からS先生からのお話を伝えると、Nさん、複雑な表情。「お嬢様はどういうふうにお考えですか」。母の「病院はイヤ。つらくても検査は受けない。私はこのまま自然がいい」というはっきりとした意思表示を長く見てきてくださっていたS先生は、入院を決めたあの日も母を真剣に説得してくださった。そして、今日、母の意思を尊重して覚悟のうえで退院してきた母と家族である私たちの考えに理解を示してくださったうえで、「その気持ちをまっとうするなら、点滴は要らないのでは」という医師としての見解をお知らせくださったわけだが、母のことも私のこともご存じないNさんは、なかなかいきなり「そうですね」とも言えないところだろう。年齢は私より一世代くらい上という感じだろうか。

・同時にS先生のお話を兄・兄嫁・夫(仕事に行くべく帰宅していた)にメール。ほどなく兄から電話が来て簡単に話して、「点滴はやめよう」という結論に。

・ほどなくS先生が戻られNさんと挨拶をされたあと、「毎日入(はい)れますか」。訪看さんは忙しいので、いきなり毎日の対応は厳しい様子。しかし、S先生は「ケアマネから毎日対応してくださいと指示を出しておきましたが」と厳しい。そして、私には「点滴はどうしましょうか」と聞かれたので、「兄とも相談しました。母の苦痛を増やすだけで何の治療効果もないのであれば、点滴は希望しません」とお返事。先生は、その結論をいったん受け止めてくださったあと、急な高熱その他の特殊な事情が生じた場合のみ、その症状への対症療法として点滴その他の処置を講ずることはあり得ること、また、点滴は無しと決めたけれど、やはり何らかの理由で考え方を変える、ということもあると思うので、そういう場合は遠慮なく相談するように、と言ってくださった。何が何でもこうでなければいけないということはない。ただ、一つの方針に基づいて対応を考えるので、まずは一つ方針を決めることが大事、ということだったので、「承知しています。何か迷い等が生じた場合はご相談させていただきます」と答える。

・その後、誤嚥性肺炎の危険が高いので、吸引のできないヘルパーさんによる飲食の提供は控えたほうがいいというお話。むせたときにすぐに吸引できれば問題ないが、そうでない場合はやめたほうがいい。少しずつ衰弱していって自然死に向かっている状態のところに、誤嚥性肺炎や痰による窒息などが起きるのは避けたい。また、喀痰吸引は、看護師と家族とで時間の調整をして、毎日確実に行なっていくことが必要とのことだった。たまってしまってからでは取ることができないし、今は自分で痰が出せるようになっているからまだよいが、弱ってくるとそれもできなくなるということ。また、点滴は痰を増やす原因にもなるということもあり、先生としては勧めたくないというお話だった。病院では酸素吸入はしていなかったが、93%程度に落ちていると少し苦しいので、0.5リットル程度の酸素を常に入れておくほうがよいとのご所見だった。

・S先生は「ここ数日が山場、とても大事なので、連携をとってしっかり対応していきましょう」とのこと。金曜日にまた往診してくださるとのことなので、その段階で母が衰弱していくのか、安定しているのかを見て、医師の特別指示書による医療保険の対応の措置をとるかどうかなど、連休中の対応を考えましょうということに。

・S先生が帰られたあと、あれやこれやと相談。私はいったん帰宅して夕方また来ることに。戻って、仕事に行く夫を駅まで送り、その帰りに介護用品を手広く扱っているヨーカドーに車で。尿パッドやアルコール綿(これがちょっと違うものを買ってしまった)、口の中のジェル、口の中を拭くウェットペーパー、そして食料を買っていったん帰宅。食料だけ置いて、再び母の部屋に。ちょうど在宅酸素の機械を業者の方が持ってきてくださり、施設の方々に説明してくださっているところだった。また、NさんYさんと私とでワイワイ。仕事っぽくなく、一緒に母を見守ってくださる明るさ、優しさが嬉しい。早速、0.5リットルの酸素を鼻から。そして、今日届いたばかりのオキシメーターで母の血中酸素濃度を測ったところ、おう、98まで上がった! 私が「自分で測ったら97だったり、98だったりで、結構がっかり」などと言って、母のベッドを囲みながら、Nさん、Yさんも測定。二人とも99%! 「100%じゃない」とがっかりする2人。

・そんななかでも、Yさんがコールで呼び出されたり、ピッチで呼び出されたり。利用者は母だけじゃないのに(50数軒入居している)、皆さん、本当にちょっと仕事以外の感じで集まってくださって。これだけで病院を出てよかった~と思えるのである。また、S医師の真剣な対応もとてもありがたい。「万が一のときは」という話ももちろんしてくださって。

・その後、Nさんだけ残って、ベッドの両脇から2人で母の肩や首をもみながら、時々母に話しかけつつ、2人でべらべらと四方山話。母は、病院では周囲のおしゃべりが気になると、「うるさい」なんて言っていたが、今日は疲れていることもあると思うが、全体に親和的な雰囲気がわかるのだろう、うるさいなかでもすやすや寝ている。そして時々眼を開けて、「気持ちいい」とか「手が動かせないの、しびれちゃって」とか「もっと強く押して」とか、大変シンプルな物言いをする。Nさんと2人で、そのたびに目配せして、「わかりやすくていいですね~」とか「嬉しいと瞬間的に口角が上がりますね。病院にいらしたときより、ずっと顔色がいいですね。よかった~、帰ってこられて」などと言ってもらえて、家族だけではなく、皆さんに受け止めてもらえるありがたさをしみじみ感じるのであった。母が眼を開けたときに、眼が合った人が必ず母に向かって微笑みかける環境というのが、母にどれほどの安心感を与えてくれていることか。

・いい加減にやめないと、一生マッサージを続けなければならなくなるので、「ママ、もうずーっとマッサージしていただいていたから、そろそろ終わりよ~」と言ったら、母は眼をあけて、「ありがとう」とNさんに。

・そのあと、私は少々仕事。19:00に若くて、優しい草食系男性ヘルパーのIさん(一度病院に面会に来てくださった)が、担当で登場。母に優しく話しかけてくださる。手を握って。母はことのほか嬉しそう。返事にもバリエーションが増え、握っている手も力が入っている様子。Iさんが私のそばに来て、小さな声で聞いてくださったのは、自分もおむつ交換のシフトに入っているのだが、僕とFさん(男性)が対応するのはおイヤじゃないでしょうか。大丈夫でしょうか、ということだった。私が即座に「大丈夫だと思いますよ。聞いてみましょうね」と言って、母に、「ママ、あのね、Iさんはね、おむつ交換も上手にできるんですって。すごいねえー。ママのおむつ交換もしてくださることはできるんだけど、ママが、男性のIさんにしていただくのおイヤじゃないですかって心配して聞いてくださったの。ママ、イヤなんていうことないわよね? Iさんなら逆に安心よね?」と言ったら、母はにっこり笑って、「イヤじゃないわよ」。そのトーンは、当たり前じゃないの、という感じ。Iさん、「ああ、よかった。それなら僕、担当させてもらいますね。○○さん、イヤじゃないかなってちょっと心配だったんです」と。私が母に、「そういうふうに心配してくださるって、デリカシーがあるわよね。それだけで、もう安心よね~。逆に男の人ほうが優しくて丁寧だったりするしね~」などと言って、Iさんに安心してもらった。母は私の言葉を聞いて、「もちろんよ。Iさんは大好きだもの」のノリである。

・そのあと、母が「あのね、体の向きを今変えてほしいの」と言うので、早速Iさんにやっていただく。見ていたら、丁寧なのである。やはり、これは人の感性、感覚の問題なのだ。丁寧だし、母の気持ちを考えながら、しかも基本に忠実にやってくださっている。安心、安心。そういうときは、私はもちろん手放しで誉めて感謝する。「一つひとつが丁寧だから、母は安心だと思います。ガーッと動かされたりするのが苦手なんだけど、Iさんは感覚が細やかで上手」。Iさんも、乱暴なやり方の人を見て「うわっ」と思うことがあると言っていた。そうなのよね、仕方ないのだけれどね、という気持ちを共有。

・本来、母に食べさせたり飲ませたりも含めての介助の予定だったので、30分の幅が取ってあるのだと言う。「それじゃあ、これからもゆっくりおしゃべりしていってくださいね。Iさんが疲れちゃったときは、ここに遊びに来てください。ねえ、ママ、Iさんがつらいときは、この部屋に来て休んでもらえばいいわよね」と言ったら、「いつでもどうぞ。歓迎します」と母。根っからの優しさというのは、理屈抜きで伝わるのだなぁと思う。勁き優しさ、といったものもあるが、本当ににじみ出る優しさや共感というものもあって、自分が元気なときは、ちょっと弱々しい、女々しいくらいに感じるような優しさについても、自分が弱ってしまうと、そういう優しさこそ受け入れやすく共感を覚えるのかもしれないなぁと思う。

・20:30頃までいて、午後、卵豆腐2口、マンゴープリン1口、お茶、お水。吸引1回。帰る少し前にプリンを一口食べさせたけれど(母が食べてみると言うので)、「甘いものは今日は欲しくない」というので断念。水を少し飲んだ程度で、口腔ケア2回。水分はとれなかったなぁ。まあ、朝までずっと点滴をしていたからまあいいかと思うが、明日からはもう少し口から保水しないと。

・20:30頃帰宅し、少々仕事。20:50に夫を迎えに行く。夫も、GWのはざまに責任ある仕事を担当する予定だったが、穴をあけてしまう可能性もあるので、責任者に事情を話して相談してきたと言う。4月30日の一箱古本市の参加も、私はもちろん無理だけれど、夫の参加も危ういかもしれず。そうだとしたら余りにも残念なことである。今年のテーマはとても気合いが入っていて、是非是非参加したいところなのだが。

・義弟夫婦とのラインに事情を報告。このあいだの日曜日、母がウーウーとうなるばかりで発語できなくなっていた日、老健の義母のところで面会に来ていた義弟夫婦にちょうどタイミングよく会ったので、火曜日退院を控えているのに母がこんな状態に!と直接話すことができていたので、「いよいよ秒読み」ということを伝え、義母の洗濯物の対応をしばらくお願いした。義弟から「こちらのことは任せてください。お母様のことを第一に考えてください」と返信。ありがたい。やはり日頃こまやかな連絡をしてあるからこそ、こちらも頼みやすいし、向こうもすっと引き受けてくれるのだなと感じる。何も言わずに「わかってほしい」は無理だし、相手の厚意を信頼しないとしたら、それは自分の了簡が狭いのだ、と自戒を込めて思う。

・食後、仕事をしようと思ったが、あれやこれやの雑事あって、2:00になってしまった。しかし、今宵は仕事を少し進めておくべきだろう。明日は午後、兄がやってくるし、昼間は仕事が進まないだろう。また、木曜日は朝から都内で仕事。午後は母対応ということになるから。

・あとは神のみぞ知る。母が病院から出て、笑顔、笑顔になったことが嬉しい。そして、関わる方々が、なるべく苦痛のないかたちで母を見送りましょう、というふうに思って力を貸してくださっている、そういう状況がつくれたことで、心から安心することができた。母の体の状況は変わらないのに、明るい時間が流れている感じがする。なるべく苦しまず、なるべく不安なく、旅立っていかれますように。

・私の最期はどうなるかなぁ~。

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2017年4月24日 (月曜日)

4月24日(月)

恒例の14時に来たら、母は昼食後、からだを起こされたまま、左に倒れ込み、助けてほしくて困っていたところだった。

私が行ったら、困っていたところに、とみきちちゃんが来てくれて、ああ、助かった、と長いセンテンスを自発的に。
昨日は発語ができなくなっていて、ウーウーうなるばかりの時間帯があり、驚愕したのだった。
新しいパジャマに着替えさせてもらってあり、退院もうれしそう。なんとか帰ることはできそうだ。

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