2019年3月16日 (土曜日)

3月17日(日)は鬼子母神通り みちくさ市です!

明日、3月17日(日)は、鬼子母神通り みちくさ市が開催されます!

<とみきち屋>は、いつもどおり、いつもの場所に出店しております。

名ばかり店主も一日店番に出張っておりますので、どうぞお越しくださいませ。

番頭・風太郎が、いつものように出品本の一部をブログでご紹介しております。

ちなみに、店主であるわたくし、まだ商品チェックをしておりません。

これからスリップを挟む作業をしながら、「へえ、この本初めて見た」とか、「あれ、この本出すの何回目かしらね~」など、すっとぼけた感想をつぶやく予定でございます。

でも、出し惜しみせず、結構いい本が出るみたいです。

気温は低いようですね。暖かくしていらしてください。お待ちしております!

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3月13日(水)・14日(木)・15日(金)

あれ、またサボっていたわけですね。体調不良だったせいもあり。

復活したので、書きたいと思いますが、今夜はもう眠い。写真アップだけしておきます~。

近所の白木蓮(たぶん)。無数のつぼみをつけて、開花を待っていまーす。鳥がとまっているみたいです。

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菜の花でござる。美味しそう(笑)。

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台湾のちょっと珍しいお土産。落花生のお菓子です。花生酥(読みは北京語でホワーセンスー)。澎湖(ポンフー)という島の名産なのだそうです。実は、私、澎湖島と言われてすぐにわかるんです(笑)。仕事でね、台湾については結構詳しい。鍼のR先生のお土産です。「これは台北でも、どこでも買えるわけではない。たまたま澎湖島に行った人がお土産に買ってきてくれたんだ」とのことで、有り難く頂戴いたしました。台湾のお菓子ではパイナップルケーキ、鳳梨酥(台湾語でオンライソー)が有名ですが……あ、「酥」の字がお揃いですね。これは塊、というような意味みたいです。

こちらに紹介がございますよん。

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美味ですし、日持ちするのでお薦めでーす。

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2019年3月13日 (水曜日)

3月12日(火)

今、アップする前にいったん書いた記事を存しようとしたら、「リクエスト拒否」みたいなメッセージが出て、一度に消えた。_l ̄l○

朝起きたら風邪を引いていたことから、始まり、体調やら、ちょっとした出来事やらを書き、筍ご飯がわたくし史上最高に美味しく炊けたことなどを書いたのだが……。

もういいや。熱は出ないものの、のどの痛みと頭痛、そして夕方になったら改善したけれど、透明の鼻水のような唾液のような痰がとどまることなくどんどんと排出されてくるような風邪で、外から見たらただの疲れたおばさん程度の消耗ぶりだけど、本人的には結構つらい、という体内での戦いが繰り広げられていた。風邪薬の力も借りて、悪化は防げたような気がする。

明朝は一週間ぶりに鍼治療なので、風邪対策もしてもらおう。筍ご飯を持って。

あー、しんど。

あ、筍ご飯ですけど、今回の味つけは、初めて白ごはんドットコムの こちらのレシピを参考にさせていただきました。お世話になりました!

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2019年3月12日 (火曜日)

3月11日(月)

・3:00前就寝、6:00前に勝手に目が覚めた。なんで? 今日が3月11日だからだろうか。いろいろな不思議な夢も見ていた。8時頃起きてごみを捨てようと思っていたが、そんな早くに目覚めてしまって……。外は大雨、夜中からざんざん降り。東北も荒れ天みたいだ。今日は晴れてほしかったのに。

・布団にもぐっても、あまりちゃんと眠れず、うつらうつら。昨日たくさん寝たのと、やはり体のリズムが、明け方就寝、3時間ほどで起床。活動、お昼前後から昼寝、ということになってしまっているようだ。それは自分の責任です。

・昨日、今日は、どうしても気持ちが沈みがちになる日。災害のこともあるが、自分が何もできなかったこと、これからも何かができるようになりそうもないこと、それだけでなく被災者になる可能性もあることなどを考えてしまう。人を助けるどころか、自分が助けてもらうことになってはいけない。自助と共助。怪我の応急手当とか、咄嗟の人命救助とか、いろいろな危険回避の基本知識とか、身につけて、訓練しておく必要がある。最低限持ち出すものも、欲張らず小さな荷物として作っておくほうがいい。避難用リュックは2つあるのだが、ろくなものを入れていない。

・お昼前に図書館に借りていた本を返却し、予約していた本を借りる。『枕詞はサッちゃん 照れやな私人、父・阪田寛夫の人生』内藤啓子著、新潮社、2017年。ムック本である。いきなりどうした? という感じであるが、ひょんなことから、「文士の子ども被害者の会」のサイトで内藤啓子さんを見つけて、「この人、面白そう」と思って借りてみたのである。

season1 阿川佐和子(父・阿川弘之)×遠藤龍之介(父・遠藤周作)×斎藤由香(父・北杜夫)×矢代朝子(父・矢代静一)

https://www.bookbang.jp/review/article/525024
https://www.bookbang.jp/review/article/527413

season2 阿川佐和子(父・阿川弘之) 内藤啓子(父・阪田寛夫) 矢代朝子(父・矢代静一)

https://www.shinchosha.co.jp/nami/tachiyomi/20180327_1.html
https://www.shinchosha.co.jp/nami/tachiyomi/20180427_1.html

面白い、面白い。文士の子どもは大変だ。が、夫の両親もこれに近い。また、私が今のような性格になったのも、親は文士ではないが、自分の両親及び夫の両親の力によるところ大であると思う(笑)。ありがとうございました。おかげで、どんなことでもどこか面白がったり、茶化したりする目を養うことができたと思うのだ。

内藤啓子のこの本の結びが良い。「あなたの娘でいるのは、大変だけれど面白かった。ありがとうございました。」 うん、これ、よくわかる。私はうちの両親よりも、夫の両親にこのお礼は言いたいなぁ。

妹さんは、大浦みずきという宝塚スター。亡くなって一年で妹のことを書いた本が『赤毛のなっちゅん』(なっちゃんではなく)。ついでに(失礼)、お父様の詩集。「さっちゃんはね~、さちこっていうんだ……」を作った方でございます。この阪田家と阿川家がご近所で、家族ぐるみで交流していたのだそうだ。また、遠藤周作、北杜夫、阿川弘之などの交流については説明は不要でありましょう。北杜夫と辻邦生も固い友情で結ばれていたし、私は評伝も好きだが、こういう作家のちょっとした日常の話も大好きなのである。内藤啓子、文才ありますよ~。観察眼も鋭いし、なんといっても歯に衣着せぬ物言いが良いです。サイトも、本も、読んでいると元気が出ますよん。お薦め。

・すべきこと山積。でも、全然大丈夫なのよん。なぜかというと、確定申告がもう終わったからなんです~。

・午後から晴れて、気温がぐんぐん上がり、花粉は大量に飛散し。花粉症はだいぶおさまっている私も、「はっくしょーーい」という花粉症ならではの豪快なくしゃみ連発。鼻水は出ないので、まだ踏みとどまっておりますが。

・あ、今日ホタルイカを食べるのを忘れた! 明日は予定がないので、タケノコを茹でるのでーす。くるぶしはまだ変色している。でも、だいぶましになってきた。もう少しの我慢だ~。暖かくなると運動したくなる。動物の資格、まだありますね。

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2019年3月11日 (月曜日)

3月10日(日)

・4:30就寝、9:00過ぎから、電話やら何やらで寝たり起きたり。布団から出たのは12:00過ぎ。確定申告が終わった解放感が、からだの隅々まで行き渡っています(笑)。夫は、実家明け渡しラストスパート。さすがプロ、という手際の業者さんがすべての物を持ち去ってくれてから、電気、ガス、水道などを止める手続、そして管理事務所とのやりとりなど。あと一息で完了というところ。借りている倉庫はもうパンパンになっているらしい。今はとりあえず良いとして、私たちがもっと年をとったらどういうことになるのか……。我が家は子どもがいないから、義父母のようなことになったらどうしようもない。なるべく物を減らし、いざとなったらどうするのかということのプランを少しずつ考えておかねばなりません。

・と思いつつ、片づけをする予定だった本日、私は本を読んで過ごしてしまったのでした。『原民喜 死と愛と孤独の肖像』梯久美子著、岩波新書。すばらしくて、一気読みしてしまった。原民喜は西荻窪と吉祥寺の間の線路で自死をするのであるが、本書はその死から始まる。

・コミュニケーション障害と言ってもおかしくないほど、普通の会話ができなかったという原民喜には、彼を敬愛する友人がたくさんいた。読み始めて、名前が覚えきれないから、人物名をA4の紙に書いていった。原民喜を有名にしたのは、原爆投下の広島を抑えた筆致で綴った『夏の花』で、そのことは知っていたし、若い頃に新潮文庫で、『夏の花』と『心願の国』は読んだ。が、何歳のときに、どういう経緯でそのとき広島にいたのかといったことは知らなかった。

・本書によれば弔辞を読んだのが、「近代文学」の埴谷雄高と、「三田文学」の柴田錬三郎である。それだけ聞けば、文壇の真ん中にいたのかと思いそうになるが、彼が自死したのは1951年。『夏の花』は1946年に「近代文学」での掲載を模索したが、GHQの事前検閲(実際にはGHQとの間をつなぐ通訳による忖度)があって掲載不可となり、商業雑誌、総合雑誌ではなく文学雑誌とみなされて検閲もない「三田文学」で、当初の『原子爆弾』というタイトルを『夏の花』と替えて、3箇所ほど削って、1947年6月に掲載されたという。

・本書に描かれる原民喜は、幼少の頃から、死者とともにあるような、死者たちによって生かされている人物である。その彼は、生きにくさを抱えながらも、最愛の伴侶、貞恵と巡り合い、夫の才能を信じ切っている彼女に支えられて、愛と喜びに包まれた日々を送るのだが、その最愛の妻を病気で失ってしまう。彼女がいなければ一年で自分もこの世を去ることになるだろうと予感していた彼が、故郷広島に戻り、被爆する。

・序章から引用。

 死の二年前、一九四九(昭和二十四)年に発表したエッセイの中で、原は「私の自我像に題する言葉は、/死と愛と孤独/恐らくこの三つの言葉になるだらう」と書いている(「死と愛と孤独」)。原の人生は、死の想念にとらわれた幼・少年期があり、妻の愛情に包まれて暮らした青年期があり、広島での被爆をへて、孤独の中で書き続けた晩年の日々があった。

・原爆投下直後の周囲の阿鼻叫喚の情景を見ながら、貞恵の死と、この原爆による死とは、意味が違うと感じた彼は、「このやうに慌ただしい無雑作な死が「死」と云へるだらうか」と思うのである。本書では、「妻を看取ったその目で見たからこそ、広島の死者の無惨さは原を打ちのめしたのである。」と書かれる。

   我ハ奇蹟的ニ無傷
   ナリシモ、コハ今後生キノビテ
   コノ有様ヲツタヘヨト天ノ命
   ナランカ。サハレ、仕事ハ多カルベシ。

と彼のメモにはある。そして、妻を失ったら長くは生きていられないと思っていた自分の役目は、この有様を書いて伝えることだ、と感じ、飢えと貧しさに苦しみながら、書くために生きるのである。

・本書が描くのは、原爆作家原民喜ではない。遠藤周作その他、同人誌仲間や編集者が、献身的に原民喜の面倒を見る様子などから、原が周囲の人に心から敬愛されていたことが感じられる。人は皆、生まれ落ちた境涯、生まれもっている性質などによって、それぞれに悩み、生きにくさを抱えている。健康、経済、時代の影響もあれば、家族や社会の中で出会う障害や悲しみもまたそれぞれである。しかし、何かの偶然でふと出会った人同士が、直感的にひかれ合い、心を許し合い、相手の存在によって救われたり、居場所を見つけて、人生の踊り場を得られることもある。つらく孤独で、自死という最期を選ばざるを得なかったこの人にも、そうした出会いがあり、彼自身がほかの誰かの心のよりどころになっていたこともあった。そして、何よりもすばらしい作品を残した。作品も含めて、その生き方、そのたたずまい、心のありよう全体は、周囲の文学者たちに、「かくありたい」と思わせる何かを持っていたのだろうと思わせる。

埴谷雄高の弔辞の一部を引用する。

「あなたの作品は この地上に生きるものの悲しみの果てを繊細に描き出してゐます そして生のいとほしさ 優しさ よろこび などがそのあなたの陰影の深い悲しみの果てからゆらめきでて来ることは 芸術のみの持つ深い不思議であつて 私達はそのあなたの作品を数すくない宝玉として愛着してきたのでした」

フランスで原の死を知った遠藤周作の日記。

「原さん。さようなら。ぼくは生きます。しかし貴方の死は何てきれいなんだ。貴方の生は何てきれいなんだ。」

遠藤周作は、原民喜にキリストを見ていた、というか、原民喜を百倍くらい強くしたらキリストになる、と感じていた、というような描写を読んだ気がするのだが、今、パラパラをページをめくってみても見つからない。これは私の妄想だろうか?

・あとがきから一部引用。

 発言し、行動し、社会に働きかけていく――たしかにそれは、ペンを持つ人間のひとつの役割であろう。作家の自死を美化し、いたずらに持ち上げることも慎まなければならない。だが私は、本書を著すために原の生涯を追う中で、しゃにむに前に進もうとする終戦直後の社会にあって、悲しみのなかにとどまり続け、嘆きを手放さないことを自分に課し続けた原に、純粋さや美しさだけではなく、強靱さを感じるようになっていった。
 現在の世相と安易に重ねることもまた慎むべきであろうが、悲しみを十分に悲しみつくさず、嘆きを置き去りにして前に進むことが、社会にも、個人の精神にも、ある空洞を生んでしまうことに、大きな震災をへて私たちはようやく気づきはじめているように思う。
 個人の発する弱く小さな声が、意外なほど遠くまで届くこと、そしてそれこそが文学のもつ力であることを、原の作品と人生を通して教わった気がしている。

・今日は、仕事の師匠の命日から8年。そして、明日は東日本大震災から8年である。 本書を今日読んだことで、気持ちが揺さぶられつつも、心の奥底が澄んで鎮まる、そんな一日になってよかった。

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