2018年10月21日 (日曜日)

10月16日(火)~20日(土)

サボり始めると、ずるずるとサボり癖が。普通に暮らしています。相変わらず明け方就寝、お昼頃起きる、という昼夜逆転生活がなおらず、情けないこと。4:00に寝ても、3:30に寝ても、6:00とか7:00に目は覚める。ごみ出しもできる。そのあと、頭が起きてしまって、寝るのに苦労するのだが、お昼前あたりがまた深い睡眠に突入してしまう。そのリズムになってしまっているのだ。眠い時間帯であっても、動いていれば大丈夫なのだが、パソコンに向かったり、読書をしたり、となるといけません。頭が働かないので時間のムダということになる。

◆10月16日(火)

・義父が最後にお世話になった病院に、入院費等の支払いに行った。

・母がお世話になっていたサ高住に、使わなかった紙おむつや高カロリードリンクを届けに行った。責任者のYさん、介護士のEさんと久しぶりにお会いした。Yさんには、転勤になったもう一人の責任者だったNさんから義父母の他界について聞いてご存じだったけれど、Eさんはご存じなくて、私の顔を見て、「お元気そうですね」と。母を見送った頃は、疲れが今の比ではなかったので、やつれていたようだ。その当時から比べれば、4キロくらい体重は増えているし、よく寝ているし。たぶん顔つきも違うのだろう。顔面麻痺の後遺症のことだけいえば、今は鍼を1カ月半くらいお休みしているので、ひきつり感がだいぶ強くなってきていて、マスクをしたい感じなのだが、張り詰めた感じがないのかもしれない。「元気そう」と言われるほうが、「お疲れですね」と言われるよりも、ずっとよい。

・洋服の断捨離進める。フィットネスに行こうかなぁと思うだけで、結局行かず。

・夜は、久しぶりにしっかり仕事。

◆10月17日(水)

・昨日、より分けたごみをまた大量に出せた。まだまだだけど、進んではいるので、気分よし。

・午後、義妹がお線香をあげにやってきた。「お疲れさまでした~」と言っておしゃべり。その後の義弟の様子を聞いたり、義父母のことばかりでなく、子どもたちの様子を聞いたり。夫は「お兄さん、運動したほうがいいですよ。歩くといいですよ」と何度も言われていた。義母顔負けの巨大なお腹になっているからね~。

・パソコン作業は疲労する。ぐったり。今日は仲間の原稿チェックを半日。

・夜から、自分の仕事の再開。フィットネス、今日も行かれず。ずるずるしている。日が短いことや、顔がひきつることなどが、言い訳になっている。行けば気持ちがいいことはわかっているのに。

◆10月18日(木)

・仕事、仕事で、ほとんど蟄居。オーラル、難しい。話そのものは難しくないのだが、オーラルを通じて明らかにしたいプロセスが複雑。組織のこと、法律のこと、運動の問題点、課題等々、客観的な資料や事実はわかっている。しかし、実際に誰がどの時点でどのように動いて、そしてどのような気持ちで、どういうきっかけで物事が動いていったのか、というそれを解き明かしたいがためにインタビューをしている。つまり、インタビュイーだけでなく、インタビュアーの方たちもおおまかな流れ、外から見える流れはすべてわかっているのだ。だからこそ、インタビューの中ではわざわざ語られない単語、事実がある。「あの委員会」「あのとき」「向こうは」といえば彼らには自明なのだが、読んでいる人にはわかりにくいことが多い。となれば、注釈は最低限に抑えたいと思うのだが、それでも何らかの、あるいは大量の注釈を入れる必要が出てくる。それには私が正確に理解している必要があり、また、どんな注釈がどこにどの程度必要なのかの判断が的確である必要がある。何度も何度も聞き直し、読み直し、そして小見出しをつけ、流れを確認しながら、注釈を入れたり削除したり、説明の量を増やしたり減らしたり。あっという間に数時間が経過する。

・いや、とても楽しいのだけれどね~。私が注釈を(うるさ過ぎない程度である必要はあるが)入れたがために、話し手がご自分の発言を読み、「そうそう、こういうことを言いたかったんだ。うまく話せているな」と思ってもらえることがまず大事なこと。そして、時代を越えて、あるいは門外漢の人が読んだときに、一読しだだけで(他の資料などを参照することなく)全体の流れがわかること。これを目指してテキストを作っていく。根気が要る。でも、きれいに仕上がったときは気持ちがいい。どこかいまいち、というときもある。

◆10月19日(金)

・昨日の仕事の仕上げ。うん、かなり整理されてきた。頭の中も、原稿も。

・全体をチェックするために読み直すときは、タブレットで縦書きで読むのが最近のお気に入り。文章のリズムがチェックできるのがよい。横書きのディスプレイで見ているときに気づかないことに気づけるし。

◆10月20日(土)

・朝から夫と一緒に健康診断。私たちの年代はメタボ健診である。血圧は昨年とほぼ同じで、正常血圧より上も下も高い。体重は2キロほどアップ。したがって、BMIも20の大台に乗った。その他はわからない。

・内科の先生はサバサバ、テキパキとした女性だったが、既往症に書いたヘルペス→顔面麻痺→味覚障害を見て、「まだ5年だから大丈夫だと思いますけれど、再発しないように気をつけてくださいね。自費になるかもしれませんが、ヘルペスの抗体検査をするのもいいかもしれません」と言われた。5年前に抗体検査をしたのかと言われたので、「していないと思います」と言ったら驚かれた。まあ、ヘルペスと言っても、耳の中だから大きく広がったわけではないし、外耳がものすごく腫れ上がったので、耳鼻科で検査をする前にただちに抗生剤をバンバン出されたのだった。その後、麻痺が出てきたところで「今すぐ大学病院に行って」と、耳鼻科のおじいちゃん先生が直接大学病院の耳鼻科の女医さんに電話をしてアポを取ってくださったのだった。大学病院ではたしか聴力検査はしたけれど、血液検査はしなかったように思うのだが……。あまりよく覚えていない。とにかく入院するかもしれないと言われたので、「同居中の義母のケア、実家のケア、老健に入っている母のケア」を誰がどう対応するかということで、夫を中心に義妹や兄嫁にメールしまくっていた記憶がある。2013年。血液検査、したのかなあ。

・お昼前に終わって帰宅。洗濯して、食事をしてから、昼寝を90分。

・起きてから仕事の仕上げ。共有のクラウドにアップして、アップしたことを連絡し、あとは現物納品の準備。録音ファイルなどをCDに落としたり、テキストを印刷したり、請求書を作り、送り状を作り。また、先日納品が終わり、校了の連絡が昨日来た件は、雑誌の見本刷りを送ってもらえることになった。楽しみ。

・今年は、私の事情もあり、クライアント側の事情もあって、驚くほど仕事が少ない。今はまだ家の片づけその他もあり、アクセル全開というわけにはいかないからよいのだが、こんな状況が続いたら困ってしまうなぁ。新しいことを始めたいという気持ちもあるのだが、まずは体のメンテをしてからでしょうね。運動、受診、生活改善(これが一番!)。

・『孤独の発明』、ゆるゆる読んでいる。三浦雅士らしさがよく出ている箇所を引用してみる。

「観法の地平」より

 人は自分の人生を生きるということになっているが、意図通りにではない。人生そのものが文学のかたちをしているのであって、これは言語を獲得した人間の宿命であるというほかない。歴史も文学であり、伝記も文学である。史料の物質性に規定されるが、それはしかし、その規定のされ方においてすでに文学なのだ。この事情は、史料の物質性の一例として、たとえば写真というものの用いられ方ひとつを考えるだけでもすぐに分かる。写真は光学現象にすぎないが、人はさまざまな写真のなかから文脈にふさわしいものを選ぶのである。

(……中略……)

 言語にとっては見ることが特別な地位にあるからである、と私には思える。
 聞くことも重大だが、言語においては、それはあくまでも見ることの系として展開しているように思える。
 見ることが人間にとって特別なのは、人間はなぜか、見ているその対象にやすやすと自己同一化することができるからである。このことは野球観戦ひとつに明らかである。数千人の観衆が投手と他者の一挙手一投足に瞬間的にどよめくのは、観衆が投手や打者に同一化しているからにほかならない。(中略)
 人はどのようにして相手の身になることができるようになったのか。むろん、母を見習うことによってである。人は、自分の身になって世話してくれる母を見習うことによって自分なるものを形成するのであって、これは要するに他者として対面することによってはじめて自己を見出すということ、つまり他者として自己を見出すということである。その媒介として離乳期以後、人形や自動車などの玩具が用いられることはよく知られている。
 人は他者として見出された自己を自己として引き受けるのである。思索の起源は自己にあるのではない。かりに自己であるとすれば、それはすでに他者によって媒介された自己なのだ。思索の出発点を自己に置くことはしたがって致命的な誤りであることになる。

面白いなぁ。このくだりの前には、大岡信の『うたげと狐心』で小西甚一の『梁塵秘抄考』について触れている部分を引用したうえで、小西の国文学者としての創見について語り、そこから西行に関する見方の中にある「自意識の煩悩」に話を進めていく。西行、小林秀雄……。このあたりについて述べるなかで、「観法」と文学の関係を説いていく。読み進めては、元に戻り、という読書なので遅々として進まないが。

ちょっと考えてみたいと思っているテーマとういのは自然に目に入ってくるもので、健康診断のときに待合室のソファの隣にいる夫が持っている新書をのぞきこんだところ、小見出しに「話し言葉と書き言葉」と見えた。「何か私に役立ちそうなことが書いてあったら教えてね」。ちらと読ませてもらったところ、見出しから想像されるような(私が期待したような)内容の書かれた段落ではなかったが。テープ起こしについて、もう少し体系的に考えてみる必要があるなぁと思う。

 

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2018年10月16日 (火曜日)

10月15日(月)

ブログの日にち間違い、タイプミスなどを直さなくてはいけないのだが、今日のことも書いておかないと。

・明け方入眠、4時間で起床。まずはごみ出し。とにかく我が家から不要なものをどんどん排出していかねばならぬのであります。紙ごみに出せないような紙くずを大量に含んだ燃やせるごみどっさり。空き缶。そして、明日が本来の収集日である容器・包装プラスチックごみも大量に。

・夫は仕事の日。私は、手持ち仕事はあるけれど、事務処理、家の片づけが急務なので、今日はそちらを重点的に。涼しいが洗濯。もちろん乾かない。

・昨夜、お供えいただいたお香典、弔電、お花などをエクセルの一覧表にしたものを義弟に送って確認など。これから義母のお香典返し、義父の葬儀の残金支払い、義父のお香典返しのほか、お世話になったけれどご連絡を差し上げていない方々に、義父逝去の報告をせねばならない。もちろん役所関係の手続きは諸々あるし、見舞い、葬儀の写真の現像などもせねば。

・義父が、のどにニンジンを詰めて吸引してもらったショックから食べられなくなり、IVHになってしまったあと、転院先を考えている時期に相談に乗ってもらった方々の中に、母がお世話になったサービス付き高齢者住宅(サ高住)のNさんがいらした。「食べたいというお気持ちがある方でしたら、こういう介護食もありますよ」と教えてくださったのが、大塚製薬が出している「あいーと」。彼女は試食もしたことがあるそうだが、見た目もにおいも普通の食事にかなり近く、それなのに舌で崩すことができるくらいの柔らかさなのだという。お値段もそれなりだけれど、「食べた」という満足感が少しは得られるのではないか、ということで教えていただいた。

・結局、転院後、2週間もしないうちに亡くなってしまったので、葬儀の前日、お礼かたがた報告のお電話をした。Nさんは「ええっ?」。食べたいという意思を示している、話もできるという状態だという情報は、「まだ大丈夫」のサインだから驚かれたようだ。

・「あいーと」を教えていただいたお礼を申し上げ、周囲には「あいーと」を知らない人が多かったと報告したところ、彼女は福祉フェアのようなものに極力足を運ぶようにしている、と話してくれた。そして、ちょうど電話で話しているその日が最終日だったのだが、毎年、ビッグサイトで3日間、大々的な福祉機器展があり、そこでは、福祉器具のみならず、介護食その他、さまざまな商品が紹介されている、と教えてくれた。全国から人が集まり、カタログなどをその場で宅急便で送ったり、リュックやキャリー持参でカタログやサンプルを持ち帰る方が多いイベントなのだそうだ。国際福祉機器展、来年は9月25~27日だそうですよ。今すぐどうにかしなければ、という切羽詰まった状況でなくても、介護や福祉の知識を得ることが不可欠という方は、要チェックです。

・さて、今日のタスクはタンスの中身の整理。着られない服、着ないけど捨てられない服のほかに、整理できずに突っ込んで突っ込んで、どうなっているかわからなくなっているストッキング、ハンカチ、下着などの発掘作業。最近お気に入りのBluetoothヘッドホンで音楽を聴きながら、結局6時間近く没頭してしまった。BGMは、まずはモーツァルトのレクイエム。そして、キース・ジャレットのソロコンサート2枚組。フォーレのレクイエムは葬儀の往復の車で聴いた。キース・ジャレットはケルンコンサートを探したのだが見つからず、1973年のブレーメンとローザンヌでのソロコンサートを。音が止まると、頭の中には、昨日のモーツァルトやブルックナーが鳴り始める。私の場合、脳内に音楽が響いているときは、精神が健全なとき。何かにつまずくと音楽が鳴らなくなるのである。

・たいしたワードローブではないのだが、それなりの対価を払って購入した服はなかなか捨てられず、今となっては似合わないのにタンスの中にぶら下がっている。クリーニングに出してあっても、年月が経つとタンスの中で埃をかぶってしまう。20年ぶりに着てみたら意外に今の自分に似合うものもある。そういうものは再度クリーニングに。もう、これは絶対に着ないでしょうというものは、迷わず水曜日の古布の日に出すことに。下着も、買い物に行く時間がないからネットで購入してあって、サイズや素材がいまいちだったり、ちょうどよかったり、いろいろなのだが、それらが出てくる、出てくる。何十枚という数の未使用の下着が(笑)。古いものは捨てましょう。Tシャツ、カーディガン、ポロシャツ、ハイネックのトップス、シャツ、ブラウス。分類してしまうだけで、なんと見やすくなるのでしょう。

・整理をすることのメリットは、全貌が見えること。足りないもの、だぶついているものが把握できるので、買い物に行ったときに、買うか買わないか即決できるようになる。「あれ、あったかなぁ」から始まるのは無駄なのである。呑まず食わずで働いて、完全に片付くところまでいかなかった。しかし、水曜日の紙・布収集の際には、また、一度では運び切れないほどの量のものが捨てられる。頑張ろう~。

・今夜は少し仕事(仲間の原稿チェック)をしよう。明日は、義父が最期に入った病院の入院費などの精算と、もし気が向いたらフィットネス。そして、今日出てきた衣類をクリーニング屋さんに。今日、クリーニング屋さんからどっさり受け取った際、「これで衣替えは万全ですね」と言われ、「うーん、でも、まだ何か発掘されるかもしれないので、見つかったら持ってきます」と言ったら、「はいはい、お待ちしておりますよ~」と言われたのだった(笑)。明日、参りますよ~。

・少しずつ早寝生活に移行しようと思っているのに、結局今夜もワインを飲みながら夜更かしをしている。どうにかせねば!!!

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2018年10月15日 (月曜日)

今朝読み返したところ

昨夜書いた日記は、前半の日付がずれていることに気づいた。
義父が亡くなったのは9日(火)に日付が変わった頃だから、朝まで葬儀の打ち合わせをして、帰宅後仮眠、仕事に行ったのは、その9日のうちの話。

他方、もう一度仕事が予定されていて、仲間に代打で行ってもらったのは、12日(金)で間違いない。

10、11に何をしていたのか。あまりよく思い出せないが、仕事はせず、片付けをしていたのは確か。

あとで訂正せねば。

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10月10日(水)・11日(木)・12日(金)・13日(土)・14日(日)

◆10月10日(水)

・午前4:00半頃まで、義弟夫妻、私夫妻ともに、葬儀社にて葬儀の相談。6:00頃帰宅。夫にの神経が張り詰め過ぎないように、病院から葬儀社、葬儀社から我が家への運転は私が。片道20キロ弱。頭がくらくら。

・帰宅後、私は90分寝て、12:00過ぎに家を出て仕事に。夫は15:00頃出る予定だったので、私が出かけるときに起こす手はずだったが、11:00過ぎにいったん目が覚めてしまった私はその後、アラームを消した古い携帯を握りしめて寝てしまい、夫に起こされる始末。ひょえ~、ありがと~。起きて、バタバタとシャワーを浴び、着替えて13:00前に家を出た。14:00からオーラル同席なので、念のため夫に電話をして起こすことになっていたのに、ぎりぎりに現場に到着したため電話しそびれてしまった。オーラルは第5回。とてもとても良いチーム、素敵なインタビュイーで、次回が最終回というのが残念。同じチームでのオーラルは、別のインタビュイーに継続する予定ではあるのだが。16:00に終了。夫はちゃんと自分で起きて仕事に出かけていた。よかった。

・義父他界の連絡をしなければならない親戚関係には、夫が連絡をしてくれた。私が急ぎ連絡すべき相手には、昨夜のうちにメールやラインでしたので、とりあえずは我が家のことを。土曜日までは日にちがあるので、お金のこと、喪服のこと、お棺に入れるもののことなど、一つひとつゆっくり考える猶予があってありがたい。

・などと書いているが、実際、どうやって過ごしていたのかあまり覚えていない。夫はいつもどおり23:00前に仕事から帰宅。粗相があってはいけないけれど、とにかく私たちの健康管理が最大の課題だ。寝られるときはしっかり寝て、なんとか頑張らないと。

◆10月11日(木)

・具体的にどうやって過ごしたか覚えていないが、いつものように明け方寝て、3時間ほどで目が覚めて、ごみ出しをして、二度寝をしたのだったと思う。霧雨が降って、夏はどこへやら。

・義父の遺骨と大きな遺影がやってくることを考えて、考古学にいそしむ。とにかく処分できるものはなるべく処分する、ということで。粗大ごみの処分は少し先にするしかないから、とにかく紙類、衣類を集中的に。ひたすらひたすら発掘作業。前屈みの姿勢が長いので、腰が痛いなぁ。運動しなくちゃ。時々ストレッチなどをしつつ。

・夫は、仕事前に実家に遺品を取りに。そしてその後は普通に仕事の一日。しかし、両親を一度に見送るというのは、覚悟していたとはいえ夫と義弟にとって相当大きなダメージに違いない。私は、父が逝って2年5カ月、母が逝って1年5カ月、気持ちのうえではまだまだリハビリまっただ中だもの。

・紙おむつはまた母のお世話になっていた高サ住に使っていただこう。義母の衣類も、感傷もあってたくさん残しているけれど、「これだけは置いておこう」というもの以外は捨てよう。義父のものは、入院後の関連だけだけれど、下着やバスタオル、パジャマや入院時に着ていた義弟たちが買ってあげた衣類など。下着は未使用分以外はジョキジョキとハサミで切ってウェスに。入院時の服は除菌・洗濯済みなので、義弟たちに形見として返そう。私の母の遺品ももう一絞りしなくては。

・というわけで、終日片づけをしていたら、あっという間に日が暮れた。

◆10月12日(金)

・本来、私が担当しているチーム仕事の録音同席の予定だった。チームは3人。ここのところ録音同席のインタビューが何回かあって、その都度相談して担当者を決めていた。今回の前の録音に私が行く手はずだったのだが、メンバーの一人の事情が変わったため彼女に譲って、今回は私が行くことにんたていた。危篤になった段階で、直前にドタキャンになると申し訳ないので、チームに相談して、いざとなったら代打OKと言っていただいていた。その後、あっという間に亡くなってしまい、葬儀は土曜日となったため、今日の録音に行かれないkとはなかった。とても迷ったけれど、やはり一度お願いしたわけだし、クライアントには代打をお願いする理由は「家庭の事情」としかお伝えしていなかったので、「やっぱり行かれます」と言うのも身勝手過ぎるかと考えて、お願いを取り下げることはせず、代打をお願いした。

・お願いしたおかげで、私はおおいに助かった、という結果になった。ハプニング自体はもちろん私の責任ではないけれど、いろいろハプニングもあって代打で行ってもらった仲間にはご苦労をおかけしてしまうことになり、申し訳ないことをした。

・私は、午前中は葬儀社から花のことやら食事のことやらで何度も連絡があったし、親戚の出席、駐車場の件等々の最終確認もあったし。しかも、この件はインタビュイーのご自宅に4時間近くもお邪魔して行うもので、今回が第4回。今回で最後という予定なので、インタビュー前に研究者2人+録音者で事前に打ち合わせをしてから臨む予定だったので、拘束時間が異常に長い、そんなこともあってお願いしたのだが、無理をせずにお願いしてよかった。。。

・靴を磨いたり、喪服をチェックしたり。1カ月前の夏服では寒そうなので、冬物と迷ったが、結局30年前の合服にした。

・夫が仕事から帰宅して、喪主挨拶の最終確認、精進落としのときに皆で見る写真や義父が画いた作品などを確認。

◆10月13日(土)

・11:00から納棺式。夫と私、義弟夫妻と子ども3人が参加。

・12:00~13:00、告別式。そして火葬。葬儀社に戻って精進落とし。1カ月前と親戚も参列者も、ほとんど同じ。会場も会社も違うのでだいぶ印象は変わるが。。。

・2年5カ月に親4人を見送ることになった。私の両親のときは、告別式その他の事務的なことは兄が仕切ってくれたけれど、夫の両親の場合は、入院、転院、医師との相談、親戚への連絡、その他もこちらが中心になって担当するので、並大抵ではない。とはいっても、とにかくほとんど内輪だけの話だから、その範囲内でのことでいいわけだけれど。

・18:00には帰宅していた。前日スペースを作っておいたところに義父の遺骨を置き、遺影は壁にかけることにした。それでもものすごい存在感である。納骨は一周忌の頃に、という心づもりでいるので、これから一年、この遺骨、白木の位牌、大きな遺影とともに暮らすのね。でも、両親の位牌などは兄夫婦のところにあるので、日頃はお墓参りに行くしかないのだが、義父母の場合はお線香を焚いて、チーンとやって手を合わせればおしゃべりができる。なるほど、拝む場所が欲しいという気持ちがわかる気がする。

◆10月14日(日)

・15:00から夫と一緒に、NHKホールでのN響定期演奏会。ブロムシュテット指揮によるモーツァルトの「リンツ」とブルックナーの交響曲第9番。良かった~。ブロムシュテット、91歳。先日のマリア・ジョアン・ピレシュの引退公演に次ぐ演奏会だったけれど。芸術家にとって加齢は敵ではない。N響、良かった。木管は言うに及ばず、ブルックナーのホルン。そして、はっきり見えないのだが、コンマスがどうやら外国人らしい、ということで帰宅後ネットで調べてみたところ、ライナー・キュッヒルさんという方で、ゲスト・コンサートマスターなのだそうだ。夫は演奏会のあと、職場主催の年一度の懇親会兼慰労会に参加するために、私とは別行動。20:00過ぎに帰宅した。

・私がネットで調べて、「今日のコンマスはライナー・キュッヒルっていう人だった」と報告したところ、夫が言うには、キュッヒルさんがかつて所属していたウィーン・リング・アンサンブルのレコード化に、義父の友人が参加しており、デモCDを生前いただいていた、と言うのである。そういう話は聞いたことがあったが、義父の葬儀翌日に行った演奏会のコンマスだ、とは、何かの縁を感じずにはいられない。

・義父がその友人と出会ったきっかけがまた普通ではないのである……。

(書きかけ)

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2018年10月11日 (木曜日)

10月10日(水)

日記は追って書ければ。

秋の夜長に、三浦雅士の『孤独の発明』を少しずつ読む。第二章 「観法の地平」に引き込まれる。国文学における小西甚一の創見を主軸にした論考。何の知識も持たない私が読んでも、興味深い。

人の生き死にに触れたとき、音楽や文芸の癒す力に救われる思いがする。おそらくは野山にあそんでも同様であろう。今宵、静やかな心持ち。

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