京都散策。
新大阪から、各駅停車のJR京都線に乗って京都に。話には聞いていたけれど、京都駅の変身ぶりにびっくり。それぐらい長いあいだ京都駅で下車していなかったわけで。伊勢丹があるよ~。ひょえ~という感じで、駅ビル内の観光協会に行って、市内の地図とバスマップと、「京の冬の旅スタンプラリー」の用紙をもらう。
地下鉄烏丸線で上ル。今出川駅下車。目指すは同社大学の裏手の相国寺。小雨がパラパラと降り続くなか、まずは相国寺内の瑞春院へ。ここもただいま特別公開中。観光客はバラバラと10人程度。5人ぐらいで説明を聞くことができるので、のんびりできて良い感じ。
上がったところに、襖絵が。今尾景年らの描いた孔雀の絵。説明によれば、水上勉は口減らしのために瑞春院に預けられた。厳しい修行がつらかった。あるとき逃げ出してしまう。さまざまな職業を経た後に小説家になる。寺での小僧時代のつらさを紛らわせてくれた襖絵を思い出して、『雁の寺』を書き、直木賞作家となる。逃げ出した寺に帰ることはできずにいたが、『雁の寺』が映画化されることになり、監督その他が瑞春院に挨拶に行くことになり、水上勉は出奔して初めてともに訪ねる。そして襖絵を見たところ、雁だと思い込んでいた襖の鳥が孔雀であったことに初めて気づいた。
その横の部屋は上官の間といって、小僧がのぞくことなどできない部屋であった。長じた水上勉が初めて足を踏み入れたとき、そこの襖に描かれていた絵こそ、雁であった(上田萬秋筆)。そのとき、水上勉は背筋がぞっとしたのだという。その話をあちこちで講演するたびに話していたというから、よほど心が動かされた出来事だったのであろう、とのこと。
格狭間(こうざま)、上官の間と回りながら、説明員が代わって、あれこれと丁寧に説明してくれる。禅寺の庭にはアカマツが多いこと。西国霊場33をあらわすために、33の石が置かれていること。
お庭は、夢窓国師風の作庭になっており、水琴窟の音色は美しかった。お花の大変きれいなお庭だそうで、梅のつぼみがほんの少しついていた。窓の外に見える柚木(ゆのき)灯籠の形の説明などを聞き、ぐるりと一回り。こぢんまりとして、きれいに増築された気持ちのいい空間でした。
そこから今度は、特別公開中の法堂(はっとう)と開山塔へ。法堂の中はうすぐらく、天井が恐ろしいほど高く、その天井に、これまた何故にここまで巨大な、と思うような龍の絵が(蟠龍図)。瑞春院の襖絵にもあった、八方睨みの龍。龍の目を見ながらこちらが移動すると、その目がどこまでもついてくる、というもの。狩野光信の筆。
教科書に載っていそうな、足利義満公の像などもあったけれど、薄暗くてよく見えず。ただただ法堂の空間の巨大さに圧倒されたのでありました。禅宗、おそるべし。
開山堂は、京都御所から移築された部分の周囲に増築もしてあって、夢窓国師の像などは、その増築部分に上手に祀られていた。禅寺と天皇家の深く不思議な関係。この開山塔は、普段は公開されていないにもかかわらず、杉板戸などはかなりの傷み具合。丸山応挙による絵も消えかかってきていた。
山水の庭と枯山水の庭が連繋している庭は美しかった。相国寺は大変大きな、格の高いお寺であるにもかかわらず、参拝者があまり多くないようで、その静けさが禅寺にふさわしい感じがした。受付にいるシルバーらしきおじいさんたちの愛想は、あまりよくなかったけれど、法堂、開山塔(パンフレットには開山堂とあるけど)の内部を見ることができて、とてもよかったわ。飾り立てないけれども、力強い建築の中に流れる空気感に、私は親和性があるみたい。
相国寺は、好きなお寺に加わりました。幸せ。好きなお寺、といったときにすぐに思い浮かぶお寺がそうそうたくさんあるわけではありませんが。また行きましょう。
さて、承天閣美術館に心惹かれながらも、こういう機会はそうそうないからと、初公開の立本寺(りゅうほんじ)に向かいました。なんとなく歩き始めて、うっ、こ、これはと思ったけど、結局歩き通しましたが、30分ぐらいかかったかなぁ。小雨だし、ボストンは送ったとはいえ、荷物はそれなりに重たいのでありました。でも、ダブル・カイロ(お腹と腰)とロングブーツ、しっかり厚着をしていたので、寒さのほうは大丈夫でした。
立本寺は、日蓮宗のお寺。ここも人が少なくて、ゆっくり説明を聞くことができました。日蓮八本山の一つ。日蓮が亡くなるときに、京都で日蓮宗を広めるようにとの命を受けた日像が、1341年に妙顕寺を建立。しかし、叡山僧兵に破却され、1393年に日実上人が「立本寺」と改名した寺を再建。再び僧兵に破却されたり、大火で焼失したりと、なかなか大変であったとのこと。
十六羅漢図、雪舟の筆になる寒山拾得図などのお宝が展示されていた。また、本堂の建築は、これまたなかなかすばらしい。柱や天井は相当なもの(あまり好きではないけれど)。それから、日蓮宗のご本尊は、仏様ではなくてお題目だ、というのは初めて知った。というか、聞いたことがあったかもしれないけれど、今日聞いて、へ~っと改めて認識。そして、ご本尊であるお題目の左側にお釈迦様、右側に多宝如来(漢字は合っているかどうか?)がいらっしゃる。二仏両座(にぶつりょうざ)というのだそうだ。さらに、日蓮宗にしか見られない四人の如来様というのもあり、曼陀羅図も見慣れているものとは違っており、日蓮宗独特の雰囲気が感じられた。
今回が初公開ということもあり、お寺そのものが観光用にこなれているとはいえず(観光寺になりきっているのは好きではないけど)、かといって、素朴な感じを受けるかというとそうでもなく、中途半端な印象ではありました。稟とした空気がないというか……。
スタンプラリーでスタンプが3つたまると、所定のお店で一服させてもらえることになっていますが、ちょうど立本寺の近くに接待箇所がありました。長五郎餅(ちょうごろうもち)本舗。入ると、お店の奥に緋毛氈をかけたお休みどころがありました。私一人のために、ストーブをつけてくれて、お茶とあんころ餅二つを接待されました。お茶は、期待はずれの出がらしのようなお煎茶だったけど(よく見たら、“抹茶と菓子”と書いてある接待場所もありました。失敗した・笑)、朝ごはんを8時に食べてから飲まず食わずだったので、あんこが美味しかった。
そこから金閣寺が近いことに気づき、雨も上がったので、当初考えていた東寺はやめて鹿苑寺に。バス停で地元の女の子に、何番のバスに乗ったらいいか教えてもらって向かいました。鹿苑寺についたのは3時頃。たぶん中学の修学旅行以来じゃないかと。もしかしたら高校の修学旅行でも行ったかなぁ。
ほとんど覚えていませんでしたが、以前の印象は青空の下の金ぴかの建物、という印象だったので、今日は、ほんの少しもやっている中、池の向こうに浮かび上がる建物はそれなりにきれいでした。一日早ければ、雪景色の中の金閣が見られたようです。でも、雪の中、あの境内を歩くのはちょっと大変。
金閣だけはさすがに人が多く、修学旅行の女子高校生たちは、お庭なんか見ちゃいない。金閣をバックに、きゃーきゃー言って写真を撮っているだけ。もうテンション上がりまくりで、一人、濡れた石段で滑って転び、足をくじいたりしていました。やれやれ。
バスで京都駅まで戻り、新幹線に乗って帰京しました。そうそう、新幹線の中で食べたお弁当は、行きは焼き鯖寿司、帰りは柿の葉寿司。アルコールはこらえましたけどね(笑)。
あまりよい写真はありませんが、雰囲気だけでも(という割には枚数が多いけど)ということで、アルバムにアップしました。、スライドショーになります。こちら
私はどうやら、禅寺、しかもその建築が好きなんだなぁと感じた半日でした。
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