2010年2月18日 (木曜日)

寒さが続く。

今日も寒い一日だった。とはいっても、10時~7時頃まで高井戸倶楽部でセミナーを聞いていたので、そのかんは大丈夫だったけど。帰途、みぞれまじりの雨が落ち始めていた。寒かろうと何だろうと、エクスマセミナーの一日はいつも楽しいし、元気がもらえる~。気力はだいぶ回復。

講演デビューの方の講演を聞きながら、伝えることの難しさを感じた。あそこまで話すのはきっと大変だっただろうとは思うものの、結局、何を伝えたかったのか。そこがぼんやりしてしまったかも。本人の中では納得感はあったのだろうけれど。伝えることは難しい。

電車では『子規・漱石』をちょろちょろと読む。ほんの十分程度しか乗らないので、たいして進まず。

私が漱石氏に就いての一番古い記憶はその大学の帽子を被っている姿である。時は明治二十四、五年の頃で、場所は松山の中の川に沿うた古い家(うち)の一室である。それは或る年の春休みか夏休みかに子規居士が帰省していた時のことで、その席上には和風姿の居士と大学の制服の膝をキチンと折って坐った若い人と、居士の母堂と私とがあった。(略)他の二人の目から見たらその頃まだ中学生であった私はほんの子供であったであろう。(略)その席上ではどんな話があったか、全く私の記憶には残っておらぬ。ただ何事も放胆的であるように見えた子規居士と反対に、極めてつつましやかに紳士的な態度をとっていた漱石氏の模様が昨日の出来事の如くはっきりと眼に残っている。漱石氏は洋服の膝を正しく折って静座して、松山鮓の皿を取上げて一粒もこぼさぬように行儀正しくそれを食べるのであった。そうして子規居士はと見ると、和服姿にあぐらをかいてぞんざいな様子で箸をとるのであった。

などという描写がある。想像するだに楽しい。

今日は早めに寝て、明日は一日、何の予定もないので、みっちり働きましょう。

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2009年12月 5日 (土曜日)

瀬戸際。

昨夜は、完全に風邪引きのパターンに足を踏み入れていたので、引き返せるポイントを過ぎているだろうなぁ~と半ば諦めつつ、2時半ごろに寝ました。遅くとも10時には起きようと思っていましたが、一度も起き上がることなく眠り続けて、長く複雑な夢の途中でパッと目が覚めました。時計を見ると、午後1時半!!!!!! うっそ~~~。昨夜の「完全に風邪パターンでしょう」という症状は無くなっており、鼻声ながらも、咳は出ないし、のどの炎症もだいぶましに。あーー、なんとか戻ってこれた。

私のからだは、風邪ではほとんど熱が出ません。のど・鼻のあたりのウイルスが気管支から奥のほうに入ってしまうと、とにかくひどい咳と痰でものすごく苦しみます。声も出なくなります。そんなときでも熱は出ません。菌と戦っているときは、とにかく本当にからだがつらくてつらくて……。熱を上手にパーンと出せるからだのほうが、現代に適応しているんじゃないかと思うんですが、こういうからだなのでねー。とにかく瀬戸際でこっち側に引き返してくることができたみたいで、助かりました。でも、いったん外に出ると、途端に、あー、万全じゃないな、と感じます。

義母の通院送迎以外は仕事仕事。夫が帰宅する11時前にちょうど一段落。はぁ~~~。10日までの仕事がいろいろあるから、実家行きも親友とのお酒ご飯も後回しにして働かないとダメだな~。

12月は比較的余裕ができるはずだったけど、大阪出張、それから銀座ミーティングの新たな案件とが想定外でした。昨年十分できなかった大掃除を、今年は少しずつのんびり、丁寧にやろうと思っていたのよね~。どうなるかな~。実家にも長らくご無沙汰だし。でも、とにかくまずは仕事優先。そして当然ながら健康維持が必須です。まだまだ気が抜けません~。

今日はいちおう目標地点まで行きました。明日もがんばろー。

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2009年1月26日 (月曜日)

奇妙な夢と仕事の日。

必要な睡眠時間がどんどん長くなっているようです。本日は10時間寝ました。いろいろな人が登場する長い長い夢を見ていました。ほとんど意味がない夢なんですが、リアルだけれど意味不明な一シーン。

今住んでいる集合住宅とその前にある駐車場は、現実とほぼ同じ。そこで私は掃除か何かをしていたのかな。そうしたら、右肩にドサッと何かが乗ったんですね。かなり大きなもので、顔にも腕にも触れるような感じ。生き物です。肩に捕まっている足に水かきがあることを、見ていないのに、私は何故かわかるんです。いちおう確認してみたら、黄色くて、大きな水かきつきの足が、肩をむんずとつかんでいます。吸盤みたいで容易に引きはがすことはできなさそうな感じ。

そして、からだがすごく大きくて(私の頭の10倍以上)、くちばしが長く突き出ている。一瞬、私は記憶をたどります。この鳥、なんだっけ。次の瞬間、思い出すのです。「ああっ、ペリカンだ!」

ペリカンの画像はこちらで見られます(笑)。

ペリカンであることを思い出せたことで、私は冷静さを取り戻します。これはまず救援を呼ばなくては。やはり大家さんがいいかな。そして私は大家さんを呼びます。どうやって呼んだのかわかりません。テレパシーかも。そうしたら、2階の何軒かのドアが開いて、まず出てきたのは幼い子どもたちばかり。「遊ぼう、遊ぼう」と言って、階段を下りてきてしまいました。

こんな夜中に(って周囲は明るいんですけど、夜中らしいんです)、小さな子どもを起こしてしまった。まずかったかなあなんて思っているうちに、その夢は終わり、ほかのシーンに変わりました。

ペリカン……。少なくとも目が覚めているあいだにペリカンのことを考えたことは、ここ何年のあいだに一度もないような気がするのだけれど……。首やら頬やら肩に触れたあの感触は、かなりリアルで気持ちが悪かった。ペリカン、君は何のメッセンジャーだったのか?

そのほかにも山のように夢を見ながら、10時間寝たのでありました。昨夜の雪が嘘のように暖かい午後。洗濯物を干して、一歩も外に出ないで仕事をしました。そろそろ終わりにしようかなあ。

マイミクさんの日記を読んで知ったのですが、ノーム・チョムスキーのオバマ評をこちらの動画で聞くことができます。話は英語、字幕はフランス語、かな? 日本で報道されない別の視点を知ることができます。英語のできる方は見てみてください。

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2006年1月15日 (日曜日)

たまっています

仕事と待機本。ま、仕事がたまるのは当たり前。昨年から持ち越した「会いたいね~」というお約束を着々とこなしているのですからね。黙って働かんかいっ!

読みかけ本

  • 世に出ないことば』 荒川洋治  まだ5分の1。
  • 永遠のジャック&ベティ』 清水義範  あと80ページ。
  • 子どもは判ってくれない』 内田樹  あと15ページ。
  • 見上げれば 星は天に満ちて 心に残る物語――日本文学秀作選』 浅田次郎編  あと60ページ。

待機本 

  • 対話の回路』 小熊英二対談集
  • 対岸の彼女』 角田光代
  • 脳と創造性』 茂木健一郎
  • 『その日のまえに』 重松清

ほんのわずかを読み残して何カ月も経過しているのは、持ち歩き本にしたら、あっという間に読み終えてしまって手持ち無沙汰になるのが嫌で、次の本に手を出しているうちに、続きを読むのが面倒になって放り出したままになっているもの。読み終えたら読書日記にアップしなければならないから、忘れている前半をちゃんと読まなきゃね、と思ってそのままになっている。

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